07.◆◆◆アイドルの定義
二十世紀末――だいたい、今から三百年くらい前にアイドルは社会全般に浸透していた。
彼女たちを見ない日はなかったし、それが当たり前のように続くとみんなが思っていた。
けれど、ある日忽然と姿を消す。
――才能の枯渇。
人を惹きつけるだけの個性や目立った才能を持った人間が居なくなった。
仮に居たとしても、歌手や俳優のような専門性の高い分野に進んでしまい、『アイドル』という存在に空白が出来てしまう。
焦った末に似たり寄ったりの量産型と言っていいアイドルたちの乱造。品質の低下は客離れを誘発し、ついには『アイドル』という言葉自体がなくなってしまう。
それを嘆いた一人の人間が居た。
もう一度『アイドル』を蘇らせようとした、あきらめの悪い人が居た。
舞台は用意した。けれど、肝心のアイドルが居ない。
いくら探しても、アイドルにふさわしい人はいない。
迷った末に、その人間は一つの決断をする。
居ないのなら、作ってしまおうと。
データはいくらでもあった。おおよそアイドルと呼ばれる人間のパーソナルデータを知っている。
内面性なんて知ったことはない。ステージの上でどのように振舞って、どんな風に世間からイメージを持たれていたか、それは知っている。
だから、作ったのだ、アイドルを。人口の生命体、アイドルを――
そうして生まれたのが、『星美ユナ』をはじめとするアイドルたち。
◆◆◆
寮母さんの話が終わるころには、すっかり暗くなっていた。
すでに空は茜色から紫色に代わっている。
寮母さんは話を終えると部屋に灯りをつける。
人工の明かりで照らされた『星美ユナ』さんの顔は、やっぱりわたしと瓜二つだった。
「お話は、分かりました」
与太話なんて、言えるわけがない。
「わたしも、あの人も――誰かの代わりでしかないんですか?」
遥か昔に居た、アイドルの代わり。偽物のわたしたち。
「あの子――ひとつ前の『星美ユナ』がここにいるのは、事情によってステージに立てなくなったためです」
「だから、もう一回作ったんですね」
「はい」
無情な言葉だった。顔を抑えると『星美ユナ』さんは逃げるように駆け出すと、部屋の外へと出ていってしまった。とても追いかけられない。泣いてた。かける言葉も思いつかないし、そんな余裕もない。
残されたわたしは、どうしようかと思った。どうしようとも思えなかった。
月が昇ってきた。だけど、何もできなかった。
寮母さんは、じっとわたしを待っている。
「どうして――」
ようやく言葉を絞り出せたのは、どれくらい時間がたってからだろう。
「どうして、わたしに本当のことを教えたんですか?」
寮母さんは、口を開く。口から出た言葉は、さっきまでと少し様子が違っていた。
「たぶんだけど」
ずっと優しくて、温かい音色になっていた。
「このまま知らなかったら、二人とも幸せになれないと思ったからです。自分が何者であるかを知らないで、誰かになれるのか、分からなくて」
きっと、ここ数週間のわたしはそれくらい不安定だったんだと思う。
そして、きっともう一人のわたし――『星美ユナ』さんは、もっとボロボロだったんだと思う。
「だとしたら――あの人は……ひとつ前のわたしは、幸せになれるんでしょうか」
寮母さんは、分からない、と言っていた。
ようやく、身体が動いた。
足取りは重いけれど、わたしと寮母さんは寮に向かって歩き始めた。
空に浮かぶのは満月。星が綺麗だけれど、それを美しいと思える余裕はわたしの中になかった。
寮について、遅い夕飯を食べたらもう何もする気もなくなっていた。
ベッドの上に倒れこむと、一気に疲れが襲ってくる。指一本動かせる気もしない。
だけど、眠れなかった。
胸の奥にゆらゆらと漂う不安はわたしを離さない。
何も考えないでいると、弱い心が鳴き声を上げる。
何かすることはないか。必死に手を動かすと、硬い何かにあたった。
引き寄せると、それはテレビのリモコン。無造作にボタンを押したら、テレビが起動した。




