05.◆◆◆夏の風はまだ重い
盛夏のしめった風が部屋の中を吹き抜ける。
夜、自分の部屋で夜更かしをしながら窓を開けていると、たくさんの音が聞こえてくる。
虫の音に風の囁き、そして夜更かしさんの声。
普段は寝っているような時間だけれど、今日はすぐに眠れるような気分じゃなかった。
ベッドの上で、まだ新しい芸能雑誌をパラパラとめくる。
雑誌の中にはわたしが居る。
この前のライブの終わり、汗だらけの額を光らせてふらふらのわたし。それでも笑顔で撮った写真がインタビューと一緒に載っている。
ステージに上がったあとは、あっという間だった。
世界を埋め尽くすペンライトの色。わたしの背中を押すスタッフさんの期待に満ちた視線。覚悟だけを胸に秘めて、ただ必死に演じてアイドルみたいに振舞うことができたんだ。
やり遂げた満足げな顔が、その証明なんだ。
でも、それを見るわたしの顔はとても人には見せられない。
本当にギリギリだった。全部が終わって自分の部屋に時には体中がガクガクで、床にへたり込んでしまった。
それが、夏のはじまり。それ以降、どの仕事もしっくりとこない。
その場その場で全力を出しても、部屋に戻ってくれば反省ばっかり。
あの映像の中のわたし。何度も見返した『星美ユナ』の姿は、こんなものじゃなかった。
どうすればいいんだろう。
かみ合わない違和感が、わたしの中でずっと燻っている。
焦りだけが頭の中でぐるぐる回っている。もう、ずっとだ。
きっと今日も、気持ちだけが空回りして、そのまま疲れて眠ってしまうのだろう――
◆◆◆
レッスンスタジオに、ぼんやりとした音が響いている。
音の主は女の子。顔もぼんやりとしていて良く分かれないけれど、汗のような光が額に浮かんでいる。
――ああ、夢だ。
不確かな視界と、自由に動かない手足、だけどハッキリとた思考がそう告げている。
誰だろう。知っているようで、知っていない気がする。
わたしに似ているけれど、きっと違う。
わたしは、こんなに一生懸命な顔を出来ないから。
幽霊みたいに漂いながら、女の子を眺めている。
何十回、何百回もステップを繰り返すのを、ただぼんやりと眺めているだけ。
それでいいのかな――
――ううん、ダメなんだ。
◆◆◆
気が付けば、朝になっていた。なんだか、随分とハッキリした夢を見た気がする。目を閉じているだけで、ずっと起きていたような。体は休めたはずなのに、全然休んだ気になれない。
ロクに眠れた気分のない、ぼうっとした頭を抱えて用意をして部屋を出る。せめて朝ごはんだけはちゃんとしよう。
寮の食堂には、今日もみんなが集まっていた。
みんな、いい顔してるなあ……
「どうしたの?」
みんなが心配してくれた。みんな、自分の事でも大変なのに、本当にありがとう。
「大丈夫だよ」
カラ元気で応えたけれど、うまく笑えたかは分からない。
朝ごはんは、何を食べたか覚えてない。味も覚えてないし、十分に食べたかもわからない。
機械みたいに食器を重ねて返却口に。
そこにちょうど、寮母さんが居た。
あれ、なんでそんな険しい顔をしてるのかな。もしかして、わたしが酷い顔をしているから、しっかりしなさいって思ってるのかも。
「ユナちゃん――」
真剣な声だ。きっと、怒ってる。
だけど、続く言葉は全然違った。
「あなたは、真実を知る覚悟はありますか?」
心配するような、低めの声。
「もしあなたが、自分を知りたいのなら――今日の夕方、ここに来てください」
そうして、一枚の紙を手渡された。
いかにも、どこにでもありそうな真っ白な紙。だけど、とっても重く感じた。
◆◆◆
寮母さんは、わたしたちのお母さんだ。親元を離れて都会でアイドルの仕事をするわたしたちのお世話をしてくれる、とっても頼りになる大人。
ちょっと太り気味の身体に、まあるい顔に優しい笑顔。だけど怒るとちょっと怖い。
世界で信用できる人間は誰か、なんて言われたら、真っ先に名前を上げる自信がある。
だから、この紙に従っても大丈夫だと思った。
紙に描かれていたのは地図。電車で4駅先の小さな駅からの道だ。
手書きの地図には、赤い点が記されている。『覚悟があるのなら訪ねなさい』そう、注訳付きで。




