03.◆◆◆リスタートは見えない壁の中
こうして、『星美ユナ』の一日ははじまった。
今日もまた、なんでもないけれど大切な一日が昨日から明日へと続いていているのだ――
……
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………………
と、言う夢を見た。
いや、夢だよね。うん、だって今、わたしはベッドの上で呆然と天井を眺めてるから。一日は始まってすらいないよっ!
えっと、事務所まで走って行って、健康診断を受けて、それから……それから。どうだったかな。
ベッドから半身を起こしてちょっとだけ考える。でも、まあ、いいかな。
「うーん」
大きく伸びをしたら頭の中がすっきりした。身体から悪いものが抜けていったみたいに。でも、それと一緒にたくさんのものが抜けていったような気がする。おかしいなあ。
何を置いてきたんだろう。何に置いていかれたんだろう。
カーテンの開かれた窓から差し込むのは、まだ昇りたての太陽と優しい光。微かに雀の鳴き声が聞こえてきます。寮母さんの怒鳴り声よりも早く目が覚めるのも久しぶりかな。うん、それは気持ちいいよね。
だから、何かが欠けたみたいな寂しさは勘違いだと思う。
「はっ!?」
なんてボーっとしてちゃだめ。二度寝しちゃう。
布団を天井に向かって跳ね飛ばして、枕もとの時計を見る。時計の針はまだ朝早く。今までの新記録。
「え、えーと」
うん、しっかりしないと……えーと、今日のお仕事は。
机の上のデジタルカレンダーを見ると。
「ライブ当日!?」
思わず叫んでしまう。おかしいなあ、前に記憶があったのはライブの一週間前なのに。
忙しかったのかな。でも、なんだろう。
覚えていないというか、そもそも……そこにあるべきものが無いというか、頭の中が空っぽのような気がする。
あーだめだよね。こんな感じじゃ、失敗しちゃう。
両の頬をちょっと強めに叩く、部屋にパチンとよくとおる音が響いて、頬がちょっとだけ痛くなる。
「がんばろうっ!」
強がってみても、まだやっぱり胸の奥にチクリと刺す痛みがある。
きっとこれは、不安だろう。
◆◆◆
『珍しいですね、そんな顔でご飯を食べるなんて』
寮母さんから食事の時に、そんな言葉をかけてくれたらしい。
らしい っていうのは、事務所に着いた後にマネージャーさんから聞いたから。心配して寮母さんが電話してくれたみたい。
上の空のわたしは機械みたいにガチガチの動きでご飯を食べていたらしい。
「緊張してる?」
マネージャーさんから穏やかに問いかけられた言葉。首を縦に振る。ガチガチでブリキのおもちゃみたいな動きだと思う。自分でも眉間に皺がよってるのがわかった。
それに、マネージャーさんの目も険しくなったから。
会場についてリハーサルの段階になっても胸の中の痛みは消えない。
ミスも連発で、スタッフの人にも怒鳴られた。
ライブ当日、そう分かった時から、胸が早鐘をならし続けてる。
失敗しちゃだめだから。わたしはアイドルだから、逃げられないから。
どうしてだろう。何度も経験してきたはずの行動なのに、なんでこんなに胸がざわつくんだろう。
まるで、初めての時みたい。何も知らなかった時みたいだ。
不安を抱えていると、時間はあっという間に過ぎていく。
あっという間に開幕前。時計の針が一歩進むたび……一秒一瞬がわたしを追い詰めていった。
『これより、観客の入場を開始します――』
無機質な声で館内放送が流れる。同時に、建物が静かに揺れ始めた。
たくさんの人が動き始めたんだ。自分のライブのために。
開幕は迫っている。ライブの会場はついに開かれて、観客の入場が始まっている。
楽屋に居ても、建物全体が蠢いているのを感じる。
ひどく、惨めだと思った。自分が揺れているのか、世界が揺れているのかはわからないけれど、視界が常に揺れている。
逃げてしまおうか? でも、そんなことはできない。だって建物一つを揺らすくらいの人たちを裏切ることなんてできない。
ドアを見る。黄土色の古い扉は閉まっているけれど、時間がくれば開けないといけない。開いた先で、わたしはちゃんと歩けるかすら分からない。それどころか、開くことさえできるか分からない。
いっそ時間が止まって、永遠に閉じていればいい。
だけど、そうはいかなくて――




