11.◇◇◇秋風そして冬空
季節が本格的に秋に変わるころ、ちょっとだけ気が付いたことがある。
私は、自分で思うよりもずっと歌を歌うのが好きだったんだ。
『星美ユナ』は頑張っている。少し前は、パフォーマンスが落ちただのひどい評価も聞かれたけれど、最近は精彩を取り戻したなんて話を聞く。
そんな訳ないのにな。だって、今の『星美ユナ』は私が『星美ユナ』をやっていたころよりも、ずっと素敵なんだから。
だから、負けられない――私の心にも火が付いた。
ちょっとずつ、公園の観客も増えてきた。歌の終わりに、次はいつやるのかと聞かれることも増えた。
時々、リクエストを聞くことも増えた。一緒に歌わないかと誘われて、即興でデュエットをすることもあった。
そうして疲れて隠れ家に帰る。だいたいは一人だけど、日によっては寮母さんが出迎えてくれる。
今日の成果を語り合ったり、寮での出来事を教えてもらったり。
友達だった子や、あの子の事を教えてもらえる。
なんというか、危なっかしい子みたいだ、あの子は。
そんなことを言ったら、お互い様だと寮母さんに言われてしまった。
◇◇◇
冬になった。
コートが無ければ震えてしまう季節。
外に出るのも億劫なはずなのに、私の歌を聞きに来てくれる人は増えた。
「あの子は、もっと素敵だった」
「アイドルは――もっと素敵だった」
ようやく、自分の中で欠けたピースが埋まった気がした。
私は、アイドルになりたんだ。あの子のような、素敵な私になりたいんだ。
ああ、なんてことはない。
『星美ユナ』なんて皮をはがされてしまった私は――裸の私は、結局アイドルになりたいんだ。
◇◇◇
月の光に影が伸びる。夜の公園に似つかわしくない人の気配が広場に満ちている。
噴水は今日も水しぶきを上げて涼やかな音を生み出す。月明かりが水しぶきに反射してキラキラと広がっていく。中途半端なライトよりも、ずっと綺麗だと思った。
もう、半年以上お世話になってきたラジカセはすっかりくたびれてしまってる。だけど、音はいつだって絶好調だ。
ここが、私の舞台。コンディションは万全だ。
今日は、ちょっと気分を変えて夜に出てみた。
事前に何度も来てくれる人には言っておいたけど、大丈夫かな。
なんて不安は、噴水の前に来た時に吹き飛んだ。
思ったよりも待ってくれてる人が居る。
だって、これは、私からの返礼。
無価値だと決めつけた私の狭い世界を、違うと言ってくれたあの子への返事だ。
ここで歌っても届かない。意味なんてないかもしれない。
――違う、意味は私が与え続けるんだ。あの子がしてくれたように。
◇◇◇
歌が終わると、一斉に拍手が鳴り響く。深々と一礼をして、その音を心に刻む。
だけど、突然拍手がやんだ。まるで水をうったように突然途切れた。
いつもはしばらくは音が残っているし、パラパラと少しずつ減っていく。
でも、おかしい。雑踏の音は聞こえない。ただ、凪のように穏やかなざわめきだけが響いている。
衣擦れ、呼吸――そして、興奮に震える心臓の音。
「あのっ!」
声が聞こえた。頭から心臓にかけて、貫かれたような気がした。
知っている。私はこの声を知っている。
「ユナ……ちゃん」
顔を上げる。戸惑う顔の人日の合間、まるで花道の様に割れた人の海の先に、一つ先の私が立っている。
「よく似てるよね」
「うん、でもちょっと違う」
「噴水の前の子は、ちょっとお姉さんで」
「もう一人は、ちょっと子供っぽい」
みんなの声が聞こえる。
ああ、もうわかってるんだ。あの子と私が、もう違うって。
いつかの時の様に、動けなくなる。
あの時は、逃げ出したくても逃げられなかった。
だけど、今日は違う。
もっと、話してみたい。
貴女が素敵だと、伝えたい。
「素敵でした、ええと」
「名前は、あとで教えるよ、ユナちゃん。もうその名前は貴女の物だから――」
ユナちゃんが眉を寄せてしょぼくれた顔をする。
「そんな顔をする必要ないよ」
いつも自分がやっているように、両手で軽く頬を持ち上げる。
綺麗な瞳がそこにある。
「気になるんだったら、貴女が新しい私を教えて欲しい。私も貴女も、もう別のモノになったんだから」
頬に触れた手から、温かさが伝わる。ユナちゃんの顔でキュッと結ばれていた口元が緩んで、笑顔になる。




