10.◇◇◇夏の終わり
ライブが終わって、外に出る。
熱がまだ身体に残ってる。
鼓動がまだ落ち着かない。
これだけ心を燃やしたのは、いつ以来だろう。
夏の終わりの夜は涼しいけれど、私の熱はまだまだ冷めそうにない。
ただ、ぼうっと空を見上げる。半分の月はそれでも煌々と輝いていた。
徐々に人の気配が減っていく。
皆が、楽しそうに感想を言い合っている。それが聞きたくて、耳を傾ける。
どうしてだろう、自分のことじゃないのに、聞いていると嬉しくなる。
そうして、どれくらい過ごしただろうか。
「ユナさん!」
あの子が――来てしまった。
声を聴いた瞬間に背筋が凍り付いたように冷たくなった。
顔は、もう見れない。
「来てくれたんですね、ユナさん」
足音が少しずつ大きくなる。無邪気な声が、私を押しつぶそうとしてくれる。
「ちが――」
かすれた声を、やっと喉から絞り出す。
ぎゅっと手のひらを握って、足を動かさないようになんとか堪える。
「もう、私は違う。『星美ユナ』じゃない。その名前はあなたの物だから」
迫ってくる足音が消えた。戸惑うような微かな声が聞こえた。聞き取れない、だけど、私の言葉があの子を傷つけたのはわかった。
「心配ないよね。あなたなら大丈夫」
慰めにならないけど、言葉だけは投げつける。
「だって、私たちは偽物で」
本当は自分だけが偽物だけど。
「もう、あなたが私の場所に立っている」
あの子は、何も言わなかった。もしかしたら、もう居ないかもしれない。それを確かめる勇気も、今の私にはないけれど。
風が吹いた。秋の気配が混ざり始めた風は、ライブの熱狂に温まった私の身体を嫌と言うほど冷やす。
額についた汗が飛ぶ。頭の中身が、凍り付いたみたいだ。
「それでも――」
確かに、声が聞こえた。
「それでも、わたしはあなたの姿を素敵だと思いました」
迷いのない声に、何も言えなくなる。
もしかしたら、泣いているかもしれない。だけど、それも分からない。
風の強さも、夜の涼しさも、人の声も聞こえない。
ただ、あの子の言葉だけが響いてくる。
「一つ前のわたしが居たから、わたしはここにいるんですっ!」
聞いた瞬間、逃げ出した。歯を食いしばって、走り出す。
追いかけてくる気配はない。よかった、追いかけてきたら、甘えてしまいそうだったから。
その言葉があまりにも真っすぐで、辛くて、聞いていられなくて、私は逃げ出してしまった。
どれくらい走ったのか分からない。気が付いたら、寂れた町の隠れ家まで戻ってきていた。
アパートの入り口には寮母さんの車が止まっている。
階段を上ると、案の定、寮母さんが居た。
「行ってきたんですね」
「はい」
糸が切れたように、床にへたり込んでしまった。
「もう、『星美ユナ』は大丈夫です」
自然と、そんな言葉が出た。
「でも、私はこれからどうしよう」
空を見上げた。半分でも月が綺麗で、星に負けないくらい輝いている。
その下に居る私は、床にはいつくばって何をしているんだろう。
「ねえ、貴女はこれからどうするの? 私は――どうするの?」
零れ出た言葉を、寮母さんは聞いていてくれた。
そして、優しい口調で答えてくれた。
「何をするにしても、私とあの子は、貴女の味方ですよ」
ああ、そうだよね。
なら――どうしよう。
今の私はどうしようもなく空っぽだ。
存在のすべてを奪われて、必死になっていた日々さえなくなってしまった。
それでも、残っているのはなんだろう。
なにを、したいのだろう。
◇◇◇
『ねえ、貴女はこれからどうするの? 私は――どうするの?』
自分から問いかけられた言葉は、それからずっと私の中でずっと消えなかった。
頭の中を何度も跳ね返って音を出す。ぶつかる度に、音を聞くたびに心がざわついた。
どうしよう。
アイドルでなくなった私は、どうなるんだろう。
何も思い浮かばない。
私は、何になりたいんだろう。
何を素敵だと思ったんだろう。
考えてみて、最初に思い浮かんだのは自分と瓜二つの顔。ステージの上で歌う、一つ後の私の姿。
ステージで輝くあの子は、間違いなく素敵だった。
瞳はいつだって真っすぐに前を見て、悲しみなんてまったく感じさせない笑顔を世界に向けている。
その先に自分が居ることが情けなく感じるくらいに、あの子は本当に強い。
同時に、ちょっとだけ悔しかった。
私だって歌える――歌ってみせる。
そうと決めたら、行動はすぐにはじめた。なんてことはない、午後に時間を見つけて公園で歌うだけだ。
入口からまっすぐ進んだ白く磨かれた石畳の広場。真ん中にある噴水の前で、古びたラジカセと水の音をバックに歌う。
どうしてこんなことをするんだろう。未練かもしれない。
情けないけれど、私には他にやってみたいことが思い浮かばなかった。
幸い、最低限の生活は寮母さんが保証してくれる。
考えてみれば、贅沢だ。だけど、それくらいじゃないと今の私には何もできない。
◇◇◇
歌っていると、自然と余計なことを考えなくなってくる。
外からの刺激が消えていって、自分の中にある錘が見てくる。
どうして諦めたんだろう――
悔しかった。
自分を信じられなくなったのが、一番つらかった。
だって、アイドルは誰かのコピーで、最初からそうなるために作られた存在なら。
アイドルは、作られたものしか存在でしかないなら、私はどうして歩いてきたんだろう。
それが信じられなくて、歩くことが出来なかった。
でも――今はどうなんだろう。




