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そっくりな顔の『私』と『わたし』  作者: 狼二世
□ひとつ前 の お話 は 続く
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10/13

10.◇◇◇夏の終わり

 ライブが終わって、外に出る。

 熱がまだ身体に残ってる。

 鼓動がまだ落ち着かない。

 これだけ心を燃やしたのは、いつ以来だろう。


 夏の終わりの夜は涼しいけれど、私の熱はまだまだ冷めそうにない。

 ただ、ぼうっと空を見上げる。半分の月はそれでも煌々と輝いていた。


 徐々に人の気配が減っていく。

 皆が、楽しそうに感想を言い合っている。それが聞きたくて、耳を傾ける。

 どうしてだろう、自分のことじゃないのに、聞いていると嬉しくなる。


 そうして、どれくらい過ごしただろうか。


「ユナさん!」


 あの子が――来てしまった。

 声を聴いた瞬間に背筋が凍り付いたように冷たくなった。

 顔は、もう見れない。


「来てくれたんですね、ユナさん」


 足音が少しずつ大きくなる。無邪気な声が、私を押しつぶそうとしてくれる。


「ちが――」


 かすれた声を、やっと喉から絞り出す。

 ぎゅっと手のひらを握って、足を動かさないようになんとか堪える。


「もう、私は違う。『星美ユナ』じゃない。その名前はあなたの物だから」


 迫ってくる足音が消えた。戸惑うような微かな声が聞こえた。聞き取れない、だけど、私の言葉があの子を傷つけたのはわかった。


「心配ないよね。あなたなら大丈夫」


 慰めにならないけど、言葉だけは投げつける。


「だって、私たちは偽物で」


 本当は自分だけが偽物だけど。


「もう、あなたが私の場所に立っている」


 あの子は、何も言わなかった。もしかしたら、もう居ないかもしれない。それを確かめる勇気も、今の私にはないけれど。

 風が吹いた。秋の気配が混ざり始めた風は、ライブの熱狂に温まった私の身体を嫌と言うほど冷やす。

 額についた汗が飛ぶ。頭の中身が、凍り付いたみたいだ。


「それでも――」


 確かに、声が聞こえた。

 

「それでも、わたしはあなたの姿を素敵だと思いました」


 迷いのない声に、何も言えなくなる。

 もしかしたら、泣いているかもしれない。だけど、それも分からない。

 風の強さも、夜の涼しさも、人の声も聞こえない。

 ただ、あの子の言葉だけが響いてくる。


「一つ前のわたしが居たから、わたしはここにいるんですっ!」


 聞いた瞬間、逃げ出した。歯を食いしばって、走り出す。


 追いかけてくる気配はない。よかった、追いかけてきたら、甘えてしまいそうだったから。

 その言葉があまりにも真っすぐで、辛くて、聞いていられなくて、私は逃げ出してしまった。


 どれくらい走ったのか分からない。気が付いたら、寂れた町の隠れ家まで戻ってきていた。

 アパートの入り口には寮母さんの車が止まっている。

 階段を上ると、案の定、寮母さんが居た。


「行ってきたんですね」

「はい」


 糸が切れたように、床にへたり込んでしまった。


「もう、『星美ユナ』は大丈夫です」


 自然と、そんな言葉が出た。


「でも、私はこれからどうしよう」


 空を見上げた。半分でも月が綺麗で、星に負けないくらい輝いている。

 その下に居る私は、床にはいつくばって何をしているんだろう。


「ねえ、貴女はこれからどうするの? 私は――どうするの?」


 零れ出た言葉を、寮母さんは聞いていてくれた。

 そして、優しい口調で答えてくれた。


「何をするにしても、私とあの子は、貴女の味方ですよ」


 ああ、そうだよね。

 なら――どうしよう。

 今の私はどうしようもなく空っぽだ。

 存在のすべてを奪われて、必死になっていた日々さえなくなってしまった。

 それでも、残っているのはなんだろう。

 なにを、したいのだろう。


◇◇◇


『ねえ、貴女はこれからどうするの? 私は――どうするの?』


 自分から問いかけられた言葉は、それからずっと私の中でずっと消えなかった。

 頭の中を何度も跳ね返って音を出す。ぶつかる度に、音を聞くたびに心がざわついた。


 どうしよう。

 アイドルでなくなった私は、どうなるんだろう。

 何も思い浮かばない。

 

 私は、何になりたいんだろう。

 何を素敵だと思ったんだろう。


 考えてみて、最初に思い浮かんだのは自分と瓜二つの顔。ステージの上で歌う、一つ後の私の姿。


 ステージで輝くあの子は、間違いなく素敵だった。

 瞳はいつだって真っすぐに前を見て、悲しみなんてまったく感じさせない笑顔を世界に向けている。

 その先に自分が居ることが情けなく感じるくらいに、あの子は本当に強い。


 同時に、ちょっとだけ悔しかった。

 私だって歌える――歌ってみせる。


 そうと決めたら、行動はすぐにはじめた。なんてことはない、午後に時間を見つけて公園で歌うだけだ。

 入口からまっすぐ進んだ白く磨かれた石畳の広場。真ん中にある噴水の前で、古びたラジカセと水の音をバックに歌う。

 どうしてこんなことをするんだろう。未練かもしれない。

 情けないけれど、私には他にやってみたいことが思い浮かばなかった。


 幸い、最低限の生活は寮母さんが保証してくれる。

 考えてみれば、贅沢だ。だけど、それくらいじゃないと今の私には何もできない。


◇◇◇


 歌っていると、自然と余計なことを考えなくなってくる。

 外からの刺激が消えていって、自分の中にある錘が見てくる。

 どうして諦めたんだろう――

 

 悔しかった。

 自分を信じられなくなったのが、一番つらかった。

 だって、アイドルは誰かのコピーで、最初からそうなるために作られた存在なら。

 アイドルは、作られたものしか存在でしかないなら、私はどうして歩いてきたんだろう。

 それが信じられなくて、歩くことが出来なかった。

 でも――今はどうなんだろう。

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