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凡庸

カエリアンの心臓は激しく脈打っていた。興奮した群衆の叫びが耳をかき乱す中、彼は考えた。


(どの魔法を使うべきだ? ウルセがどんな魔法を使うのか分からない以上、対処できない。根の魔法でも使うか? いや、人前であの魔法を使うのは良くない)


ウルセが言った。


「おい新米! さっさとお前の一番強い魔法を放ってこい!」

「し、します……」


カエリアンは自分のナリスを小さな球状に収束させ、それを回転させながら火花を生み、その火花が込めたナリス全体に火を宿す。やがて炎の球が大きくなり始めた。

しかし、そのとき白い光が異常な速度で彼へ迫った。カエリアンが反応する間もなく、その光に打たれ、炎の球は一瞬でかき消えた。


「な、なんだ?!」


ナリスを展開しようとしたが反応しない。さらに身体を動かそうとしても動かなかった。


(なっ……なんだこれ!)

(……クソ、火花になる前の火花を拘束してた“あれ”を覚えてる?)

(今それを言うな!)


ウルセは笑いながら歩み寄った。

カエリアンは必死に言おうとする。


「な……何を……した?」

「ハハハ! 知らねぇのか?!」

「し……知るべき……なのか?」

「基礎魔法だぞ、バカ。ハハハ! こんなの知らねぇとかどういうことだよ!」


群衆が笑い、罵声が飛ぶ。


「封印も知らねぇのかよ、あいつ」


ウルセはナリスの結界を緩めながら近づいた。


「へっ、お前みたいな凡庸な魔術師がどうやって銀等級まで上がったんだ? 本気で頭悪いだろ」


カエリアンの顔が固まった。


(き……基礎?)


ウルセは頭の後ろに手をやった。


「アングサルに勝ったのも運だろ。へへ、馬鹿な子ども。なあ、知ってるか?お前にぴったりの冒険者名がある。『バカエリアン』!」


群衆が笑い、遺産が言った。


(はぁ?! あいつ精神年齢5歳かよ! ムカつくんだけど)


ウルセはようやく笑い終え、一歩引いてカエリアンの顔を殴った。彼の顔はアレルギーの影響から免れていたが、その一撃は腹を殴られたかのような衝撃だった。

カエリアンは叫ばないよう必死に耐え、動けるようになってから地面に座ろうとした。そのとき群衆の中に火花の姿が見えた。火花は飛び出そうとしたが、カエリアンの視線が「何もするな」と告げた。火花の心臓は激しく打ち、抑え込んだ怒りに突き動かされるように耳を強く押さえつけ、目には薄く涙が浮かんだ。

火花は思った。


(な、何もしないでって?! で、でも……っ!)


遺産が火花に言った。


(やめろ。お前が見られたらあいつが困るだろ。分かるよな?)

(わ、分かるけど……あんな扱い、イヤ……)


カエリアンは右目を押さえ、荒い呼吸をしながらウルセが再び殴ろうと近づくのを見た。

カエリアンはゆっくり立ち上がり言った。


「もう……終わりだ。あなたの勝ちだ……殴ったんだから」

「へっ、忘れられねぇ敗北にしてやるよ」


ウルセが拳を振り上げたが、カエリアンが声を張った。


「さあ来いよ! 冒険者としてたった一日の経験しかない、しかもお前より等級が低くて、年齢も最低でも半分の相手に勝って誇らしいんだろ! そんなの、酒場で胸張って自慢してみろよ!」


群衆の一部がクスクスと笑い、ウルセはその視線を感じ、拳を下ろして背を向けた。


「こ、これはお前が絶対に届かない高みってのを見せただけだ! じゃあな、バカエリアン!」


カエリアンは地面に手をつき、血がぽたぽたと落ちてきたので、顔をそらした。

人々が散っていく中、火花が駆け寄り、涙を溢れさせながら飛びついた。


「カエリアン!!」


カエリアンはそのまま倒れ込み、火花は泣き止まず、彼の衣を涙で濡らし続けた。カエリアンは急いで火花の耳を手で隠した。


「だ、大丈夫だよ、火花」


カエリアンは火花に触れても不快さを覚えなかった。ただ、伝わってきたのは彼女の体温と心配だけだった。


「ほら、もう泣かなくていい。俺は平気だよ……本当に」

「ほんとじゃない!」


火花はゆっくり膝をつき、両手で耳を覆った。

カエリアンは火花の頬に触れ、涙を拭い、右目を閉じながら微笑んだ。


「甘いもの買いに行ったら……泣き止む?」


火花はうつむきながらこくりと頷いた。


***


数時間後、カエリアンと火花は、蜂蜜とナッツをかけたリンゴの屋台の前にいた。

カエリアンは火花に自分の外套を貸し、耳を隠さず歩けるようにしていた。二人は皿を手に屋台を離れ、火花はカエリアンの肩に体を寄せて歩いた。

そのときナエヴィアが現れた。


「こ、こんにちは……」

「ナエヴィア?……もう街を出たと思ってた」


火花は目を細め、カエリアンの腕にさらに強くしがみついた。

ナエヴィアは答えた。


「え、いえ、その……」


彼女は考えた。


(絶対に言えない……道に迷って、誰かに聞くのが恥ずかしかったなんて!)

「……早起きして走りに行ったら、時間の感覚がなくなってしまって」

「そっか、リンゴ食べる?」


カエリアンはリンゴの乗った皿を差し出した。ナエヴィアは視線を落として言った。


「い、いえ……ありがとうございます……その……目はどうしたの?」


火花が言った。


「アンタには関係ないでしょ、金髪」


カエリアンが言った。


「こら、そんな言い方するなよ」


カエリアンの目から赤い涙が一筋流れた。ナエヴィアがそれを拭こうと手を伸ばすと、カエリアンはすぐに身を引き、目を覆った。


「……大したことない……」


ナエヴィアは手を組んだ。


「戦い、見てたから……説明はいらないよ」


カエリアンはうなずいた。

ナエヴィアは少し近づき、言った。


「見せて」


カエリアンは右目を開いた。強膜が真っ赤に染まっている。


「っ……ナリスにかけて!痛くないの?」

「顔だけだよ」

「わたし、治癒魔法が使えるの。治させて、痛くないから」

「う、うん……ありがとう」


カエリアンは目を閉じた。ナエヴィアは両手をカエリアンの顔へと寄せ、ナリスを広げ始めた。カエリアンに触れた瞬間、ナエヴィアは破れた血管の一つ一つを感じ取り、治癒を試みた。しかしその瞬間、カエリアンは針が背骨を貫く感覚と、赤熱した鉄で皮膚を焼かれる痛みに襲われ、短い悲鳴とともに飛び退いた。

火花が前に出て言った。


「グルル……何したのよ!」


ナエヴィアは両手を上げた。


「な、何も……治そうとしただけで……こんなはずじゃ……」


カエリアンは早い呼吸を繰り返し、さらに目から血が流れた。


(な、なんで……触れてすらいないのに……)


(……どうやら治癒魔法は、かえってお前に痛みを与えているようだ。すまない、カエリアン……どうやら自分で癒すしかなさそうだ)


***


部屋で、カエリアンは火花に外で待つよう頼み、ナエヴィアと二人きりで話すことにした。彼は荷物に歩み寄り、スイナにもらった最後のポーションを飲んだ。

ナエヴィアは寝台に腰を下ろした。


「助けてあげられなくて……ごめんなさい」


彼は振り向いた。


「え?気にしなくていいよ。別に義務じゃないし」

「そう……ね」


ナエヴィアは目を上げて言った。


「ねえ、その……ついていくことなんだけど……」

「そ、その……言ってくれて助かった。考えててね……サーンウッドに行くのもありかなって思ったんだ。母さんに俺の名前を出せば、きっと君のことをちゃんと大切にしてくれるよ」


ナエヴィアは大きく目を開いた。


「お、お母さん……?」


「そう。母さんと一緒なら何も心配はいらないよ。まあ……一人で行きたいなら、その選択もあるけど」


ナエヴィアは思った。


(え……一緒に行く選択肢はどこに行ったの?)

「わ、わたし……一人でサーンウッドには行けない……」

「火花を説得してついて行ってもらえばいい。難しいけど、多分承諾する」

「ちょ、ちょっと待って……じゃあ、あなたは東の地へ誰と行くの?」

「一人で」

「……え?……」

「本当は……火花をサーンウッドまで連れていってほしいんだ。俺じゃ彼女を守れない。でも、一人にしておくこともできなくて」

「ごめん……意味が……よく……」


カエリアンはため息をついた。


「聞いてくれ……俺は誰かを直接殺すことができない。血を見ると体が固まるし、剣なんて恐ろしくて握れない。俺なんて平凡な魔術師で、印の基礎も治癒も知らない……もう、使い捨てなんだ」


その言葉に、ナエヴィアの脳裏であの日の会話が蘇った。草原で話していた時、カエリアンは尋ねた。


「なんで警備の人たちを使い捨てって呼ぶの?」

「凡人で、無能で、役に立たないからよ。弱すぎて、魔物に襲われたときは自分で身を守らなきゃいけなかったもの」


場面は現在に戻る。

カエリアンが尋ねた。


「それで……どうする?」

「わ、わたし……まだ……したいことがあって……」

「……どんな?」

「わたし……よく分からないの。ただ、何をしたいのか、自分でもはっきりしなくて」


カエリアンは扉へ歩いた。


「……リストにしてみれば?願いを言葉にすると、少しは見えるかもしれない」


ナエヴィアは寝台から立ち上がった。


「ど、どこへ行くの?」

「働きに。夕飯のお金すらギリギリなんだ。また後で。カバンの一番下に箱があって、その中に鉛筆がある。地図の裏を使っていいから」


カエリアンは部屋を出たが、一秒後に顔だけ戻して言った。


「急かしたくはないけど、明日の朝には出る。決めておいてほしい」


***


カエリアンはギルドへ向かったが、入口で足が止まった。

遺産が言った。


(どうした?)

(……入りたくない)

(……選べないぞ。道中の補給を買うためには稼がないと)


カエリアンは大きく息を吸い、片足を踏み出し、二歩目に倍の時間がかかった。中に入ると、周囲の視線を必死に無視し、黙ったまま依頼掲示板へ向かった。


(えっと……金ランクの依頼は、遺跡で放浪の錨を討伐するやつか。前に別の放浪の錨と戦ったときは、ただ運が良かっただけだし……やめておくか。じゃあ、銅ランクにしよう。今受けられる唯一の依頼は、その遺跡の近くか……なるほど、だから誰も取りたがらなかったわけだ)


カエリアンは蝋板を手に取り、無言のままカウンターまで歩いていき、それをカレの前に置いた。誰も何も言わないが、視線だけは彼に集まっていた。カレが依頼を受諾済みとして登録し、カエリアンに退出を許す。沈黙を壊すのが怖くて、カエリアンはそのまま出口へ向かって歩き出したが、背後から小さな囁きが聞こえた。


「金ランクの依頼を取ると思ってたよ……バカエリアン」


彼は視線を落とし、急いでギルドを後にした。


***


ラエメルの外は空が曇り、冷たい空気がカエリアンと火花の肺へと入り込んでいた。二人は人通りの少ない土の道を、北東へ向かって歩いていた。

火花は町を出てからずっとカエリアンの腕にしがみつきながら歩いていた。カエリアンが言った。


「……なんでそんなにくっついて歩いてるんだ?」


火花はわずかに視線を落とし、耳をしゅんとさせた。


「だって……! すっごく寒いの! キツネは寒いのキライなの!」

「ふむ……ヴラドミストの寒さのほうが酷かったけどな。なんで文句言ってるんだ」

「ラグノリスの気候に慣れちゃったの!……それに、この姿で触っても嫌がらなくなったから、この機会に甘えさせてもらうわ」


遺産が言った。


(おおー、それ旅行中でいちばん可愛いこと言ったんじゃない? ふふ、というかそれしか言ってないけど)


火花は空に向かって叫んだ。


「!!黙れ!!」


しばらく歩くと、苔と倒木の多い、広大な森に囲まれた場所へ辿り着いた。

火花は腰に手を当てて言った。


「ねえ、何を倒しに来たの?!?」


カエリアンは数歩進んで石を持ち上げた。


「今は何も倒さない。ここにはキノコを採りに来た。もっと正確に言うと、刺激キノコだ。眠気を覚ますのに便利で……」

「えー、興味ない。モンスター倒すんだと思ってたのに」


数時間のあいだ、カエリアンは緑色のキノコを集めていたが、火花は爪を研いだり、尻尾を整えたり、岩の上で寝たりしていた。

朽ちた倒木を調べていると、カエリアンは赤いキノコを見つけた。


(これは……“源紅”か。採取リストにはないけど、役に立つかもしれない)

(ひとくち、かじってみたら?)

(いやだ。幻覚と解離の作用があるし)


倒木の中を覗くと、さらにいくつか見つけ、それらを袋に入れた。

遺産が言った。


(ちょっとぐらい幻覚があったほうが“炎”の制御が上手くなるかもよ)

(それが必要だと思うのか?)

(“探知”と“導く”はなんとか使える程度で、“知る”は壊滅的だぞ)


空はさらに暗くなり、激しい雨が降り始めた。火花は飛び起きて言った。


「やばっ! 耳が濡れちゃう!!」


カエリアンは火花のもとへ歩き、小さな岩のドームを作り、雨よけの入口を作った。

中に入ると、火花は勢いよく頭を振って水を払い、そのせいでカエリアンに水が飛び散った。彼は何も言わずに目を細める。火花は言った。


「えへ……ごめん」


雷が落ちた瞬間、火花は即座にカエリアンの肩に飛びついた。


「!!あああ!!」


カエリアンは火花の頭に手を置いた。


「ただの雷だ」

「私、耳が敏感なの覚えてるでしょ!!」

「そうなら、そんなに叫ばないだろ」


火花は目を細め、頬をふくらませた。


「意地悪」


***


部屋の中で、ナエヴィアはカエリアンの荷物に近づき、地図の入った箱を探すために、底に入っている物を次々と取り出した。中には、いくつかの空の小瓶、ボロ布に包まれた薬草、根、花、馬のたてがみの糸に骨の釣り針、そして大きな空き瓶などがあった。

箱を見つけて開けると、地図と、その隣には赤い宝石のついた黒い指輪が入っていた。


(これ……すごく微弱だけどナリスを感じる)


地図を取り出して広げると、これまでの移動ルートと、これから通る場所が描かれていた。


(東の地へ向かうにはシルロスの山脈を越えなきゃいけないって聞いた。とても壮大な山々らしいし、ずっとどんなものか気になっていた。地図には細かい位置が書かれてないけど、このあたりのどこかにナリスの温泉があるはず。ナリスが濃すぎて地形の窪みに溜まり、“ナリスの湯船”になるって聞いた。どんな感じなんだろう)


シルロスの山脈へ行く前に、彼女は別の場所に気づいた。


(この道……確か、名前なんだっけ? あ、そう! エデラル(Edheral)! ラグノリスで三番目に重要な都市。街の大部分を水路が走っていて、すごく綺麗って聞いた)


ナエヴィアは地図を畳み、荷物から木炭の鉛筆を取り出し、裏面に書こうとした。


(さて……どう始めるべきかしら。大事な願いから書くべきか、それとも些細なのから……)


紙に木炭をそっと当てる。


(やっぱり簡単なのから……)


三十分後、ナエヴィアは一文字も書けていなかった。


「これは時間かかりそう」

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