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(4)

(なんてこと……)

 さすがの紫も、動揺を隠せなかった。

 アリスを幻想郷に招いたときから、なにかが起きるとは思っていたが、これほどの異変が起きてしまうとは、紫の頭脳をもってしても想像できなかった。

「平和的な交渉には……、応じないでしょうねぇ」

 文も、顔をひきつらせた。

 謎の集団は、以前として結界を攻撃し続けていて、戦のような騒ぎになっている。

 あんな連中に話が通じるとは、とうてい思えない。

「紫様」

 みなが、紫の判断を待つ構えだった。

 このままだと、いずれ結界は破られてしまうし、里人に気づかれてしまうかもしれない。もう気づいている者もいるかもれない。

「ひとっ飛びして、妖怪の山に援軍を頼んできましょうか?」

 文が申し出た。

 彼女であれば、本当に妖怪の山までひとっ飛びだから、時間は要さない。

「それにはおよばないわ」

 翼を広げて、すぐにでも飛べるように準備していた文を、紫が止めた。

「私が、どうにかする」

 顔が強張っている。

 幻想郷の平和を乱す要因を作ってしまったことを、悔いているようだ。

「紫、やはり、魔法の森ごと封印するのか?」

「それが一番、確実で効率的でしょうね。魔理沙には悪いけれど」

「いや、いい。こんなことになったんじゃ、しかた無い」

 そう言いながらも、魔理沙は肩を落としていた。

 生家を飛び出した後、ずっと住み続けていた家だから、愛着があったのだろう。

「紫」

 霊夢は、歩み出て挙手をした。

「霊夢。なにか良い案が浮かんだの?」

「異変解決は、博麗の巫女の仕事でしょ。私をほったらかしにして、勝手に話を進めないでくれるかしら」

「それはっ……」

 紫は、痛いところを突かれて応えに詰まった。

 幻想郷の秩序は、博麗の巫女によって保たれるべき。それは建前では無く理想論。そう言ったのは他ならない紫なのだ。

「そして、いまの幻想郷には法がある。異変を起こす側にも、解決する側にも、スペルカードルールが適用される。森ごと封印して異変を解決するなんて、スペルカードルールの範疇を超えているわ」

「ばかな。あんなやつらが、スペルカードルールを守るわけがない」

 藍は、吐き捨てるように言った。

 連中は、結界を破壊するために、無遠慮に本物の魔法を撃ち込んでいる。

 結界を破った後、行儀良くスペルカードルールに従って戦うなんてことは、ありえない。

「相手なんて関係ないわ。こちらは、堂々とスペルカードルールを順守して迎え撃てばいい」

「霊夢」

 紫が、藍と霊夢の議論に加わる。

「貴女が、苦労してスペルカードルールを練ったのは知っている。だから、重要視するのも理解できる。でも、今回は特例よ」

「やれるわ」

「相手が、銃や大砲を使ってくるのに、花火で戦うようなものなのよ? いえ、花火のほうが、まだ殺傷能力があるわ。スペルカードルールの弾幕は……」

「だから、やれるっての」

 霊夢は、うざったそうに前髪をかき上げて、不機嫌な声で応えた。

 上から押さえつけようとすれば、霊夢は、持ちまえの反骨精神を発揮して抗ってくる。紫もそれは承知していたが、事態が切迫していたものだから、焦っていら立っていた。

「霊夢。聞き分けてちょうだい」

「やれるって言ってるでしょ!」

 霊夢は、いまだかつてない剣幕で、言い放った。

 その迫力に、居合わせた面々は気圧された。

(この私が、退いた!?)

 紫は無意識に、右足を半歩退かせていた。

 にらみつけてくる霊夢の顔と、退いた足とを交互に見やった。

 声だけで妖怪の賢者を気押すなんて、信じられない。

(やはり、霊夢はただの人間では無いのね)

 人間としての大きさは、紫でも測れないのだ。

 幻想郷は、とんでも無い娘を博麗の巫女に選んでしまった。

「やれるのね? 本当に」

「くどい」

 それを聞いて紫は、すっと息を飲んでから、

「承知したわ。これより八雲紫は、当代博麗の巫女の意志を、全面的に支持します」

 凛とした声で、宣誓した。八雲紫の支持というのは、幻想郷の妖怪すべてが霊夢を、この人間の娘を支持するという宣言に等しかった。

「では、妖怪たちは、博麗の巫女が命を落とさない限り、この異変に介入しないこと」

「八雲紫の名のもと、承知」

「いけません紫様! 御名をもって人間の意に従うなど、あってはならないことです!」

 もはや霊夢の好きにさせようと、腹をくくった紫は、二つ返事で霊夢の条件を呑んでいった。

 しかし藍がそれを諫める。一時的とはいえ、人間の娘一人に妖怪の賢者が従うなど、大妖怪の誇りを穢すことになる。歴史に残る汚点だ。

「藍こそ、冷静になりなさいよ。目先のことにとらわれて、事の価値が見えてないわよ」

 霊夢は、逆に藍をなだめて、不敵に笑った。

「事の価値だと?」

 藍は、幾年ぶりかに人間を侮蔑していた。

 人間の小娘ごときが、九尾の狐を相手にして、なにを偉そうに語るのか。

「これは、幻想郷にスペルカードルールを普及させ、秩序をより強固なものにするための、またと無い好機よ」

 しかし霊夢は、藍から放たれる嫌悪など気に留めず、滔々と語り出した。

「場合によってはスペルカードルールを無視していいなんていう前例を作れば、ルールは、軽くもろいものとして認識されてしまうわ。でも、生身の人間が、敵がスペルカードルールを無視してくる中でも、我が身の危険を顧みずにルールを順守したとなればどうなるかしら」

「待て。おまえ、まさか……」

「この戦いは、勝敗はどうだっていいのよ。だって、博麗の巫女が命を落としたとしても、異変を解決させたとしても、スペルカードルールに対する影響は、良いほうにしか働かないもの」

「もう語るな。それ以上は、人間が踏み入ってはならない領域だぞ」

 藍は身震いをしながら霊夢を止めた。しかし、霊夢はためらわずに意志を言霊に代えて、紡いだ。

「無事に、スペルカードルールのみで異変を解決させられればそれで良し。解決できなかったとしても、それで良し。人間たちは、その道徳観や倫理観から、妖怪たちは、その高い誇りから、博麗の巫女が命がけで守ったルールを、破るわけにはいかなくなる」

「狂ってるよ、おまえは……」

 藍は右手で顔をおおった。

 己の命を犠牲にして、世界の秩序を強固にしようなんて思考は、もはや妖怪の領域だ。

 紫ら妖怪とつき合うことで、その影響を受けてしまったのだろうか。

(紫様が心配なさるわけだ)

 なんにしろこの娘、どうかしている。

「決まったわね」

 紫の顔からは、憂いは消えていた。

 あとは決を下すだけだ。

「藍。霊夢を結界の中に入れるために、新たな結界を張り直すわよ。しかる後に、いまの結界は解除」

「御意」

「文には、やはり妖怪の山に走ってもらうわ。事を大きくして、里の人間に気づかれたくは無いけれど、万一に備えて、保険はかけておきたい」

「わかりました。では、さっそく」

 応えるなり、文は風となってすっ飛んで行った。

「おい」

 そこで、ここまでは成りゆきを見守っていた魔理沙が発言した。

「私も、霊夢と一緒に行かせろ」

「魔理沙!?」

 これには霊夢も驚いた。 

 すべて、独りで決着をつけて、他の者は巻き込まないつもりだったのに。

「紫。どうだ」

「尋ねる相手を違えているわね」

 紫は、霊夢を指さした。

「魔理沙。なんで……」

 おとなしくしていれば生き残れるのに、わざわざ修羅場に足を踏み入れようなんて、正気の沙汰では無い。いや、霊夢が言えた義理では無いが。

「なんでだと? 友人を助けたいと思うのに、理由がいるのか? 友人が地獄の底に行こうってんなら、一緒に行くのが友情ってもんだろ」

「え……。ゆ、友人……?」

「んっ? なんだその顔は」

「な、なんでも……」

「おいちょっと待て。まさか、友人だと思ってたのは、私だけだったなんてことは……」

「無い無い無い。うん。そっか。友人よね、友人……」

 そうか、そうだったのか。

 なろうとするまでも無く、魔理沙とは、すでに友人だったのか。

 魔理沙とは、付かず離れずで、互いに過干渉はしてこなかった。

 けれど、魔理沙が迷走していると気づけば、なにかしてあげたいという衝動に駆られ、手を差し伸べようとしてしまう。

 そのことで、霊夢が得をすることは無い。するつもりも無い。

 見返りが欲しいなんて考えない。言わば、ただの自己満足。

 そんなこんなをしているうちに、いつしか二人は、切れない縁で結ばれていたのだ。

(なにかしらね。この感覚は)

 足のつま先から、力が沸いてくるようだ。

「それじゃ、よろしく。異変を解決した後の宴会が、私たちのお通夜を兼ねていないことを祈りましょう」

「おう」

 魔理沙と霊夢は、手を握った。

 むずがゆい。

 けれど嬉しくて、心強い。

「ではお二人さん。そろそろ行きましょうか」

「あ。そうだわ」

 霊夢は、ぱちんと両手を合わせた。

「紫。悪いけど、ちょっと用事を済ませてきてもいいかしら。すぐ戻るから」

「どうしたの?」

「頼まれごとをされていたの、忘れてたわ。無事に還って来れる保証は無いし、先に済ませておきたいの」

「ふぅん。構わないわよ」

 小走りに、縁側からそのまま居間に入った霊夢は、本当にすぐ戻って来た。

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