(3)
「貴女が、私ですって……?」
似ても似つかわしく無い。
少女の身長は、アリスの背丈の半分くらい。空中に浮かぶことで、ようやくアリスと目線を合わせることができる。
顔たちだって、幼い。
まだ発育が進んでいないから、サスペンダーを使って、スカートを固定しないといけない。
両手で抱えることで、ようやく魔導書を持つことができる。
純真無垢な、小さな子ども。
ただし、あきらかに不善なオーラをまとっている。
「そうよ。わたしはあなたで、あなたはわたし」
自分とアリスとを、交互に指さす。
子どもらしく、にこにこと人懐っこく笑っているけれど、邪なものが含まれている。
アリスは身構える。
「貴女は、いったいなんなの? どこから来たの?」
「わたしは、ずっとあなたの中にいた」
「なんですって」
「わたしは、ずっとあなたの中にいた。あなたは、気がつかないフリをしていただけ。わたしを、心の奥へ奥へと追いやって、くらーい部屋にとじこめていた」
「……!」
アリスの脳天に、電流が走った。
「それじゃあ、貴女は……」
「だから、言っているでしょ。わたしは、あなた」
少女が持っている魔導書から、閃光が走った。
「きゃっ!」
奇襲か。
アリスは防御壁を張った。
が。少女から放たれた閃光は、明後日の方角へと飛んで行って、人形が並んでいる棚を直撃した。
爆発音とか、なにかが壊れた音がするわけでも無い。
閃光は、照明のように人形を照らすだけだった。
「もう、いらないよね」
「え?」
「お姉ちゃんは、こどもじゃないんだから、もう人形なんて、いらないよね」
「なに言ってるの?」
アリスがいぶかしがっていると、ぽんとポップコーンが弾けるような音が聞こえる。音は、一つ、二つ、三つ……と、どんどん増えていく。
「な、なんなの……?」
振り返って、アリスは目を疑った。
棚の人形たちが、いなくなっていた。
代わりにそこにいたのは、四角いカード。
二本の足と腕が生えていて、それぞれ、短剣や槍を構えている。
「トランプ?」
胸に、ダイヤとかスペードとかハートマークが刻印されたそれられは、トランプだった。
一体、また一体と宙に浮いて、少女の周りに集まっていく。
「なにをする気なの!?」
「ふふふ……」
少女は、兵士を従える指揮官のようだった。
妖しく、アリスを見下してくる。
残虐な瞳。
アリスは、ぞく……、と寒気を感じた。
「貴女……、まさか……」
「わたし、もう、がまんできないから」
「待って!」
家から出て行こうとする少女を、アリスは呼び止めた。
少女は、振り返ろうとしない。
「行かせない!」
止めないと。
あれは、おそろしいことをしようとしている。
「封じの力! 頸木となりて、かの身を縛れ!」
少女の足元で、魔法陣が広がる。
「あっ!」
重力負荷がかかったように、浮いていた少女が魔法陣に吸い寄せられる。
「この……」
抗おうとするが、鉛で固めたように体が重くて、動くことができない。
魔法の実力では、アリスのほうに一日の長があるようだった。
だが……。
「きゃぁっ!」
アリスの横を、トランプの兵士が横ぎった。
剣を振り、槍を突き出して攻撃してくるのを、なんとかよける。
「おかえしっ……!」
「しまった!」
術の集中が解けていた。
気づいたときには遅かった。
次の瞬間には、アリスは、棺のような縦長の壁に囲まれて、自由を奪われた。
「お姉ちゃんは、さいごに殺してあげるから、そこで待っててね」
邪気の無い声で、ためらいも無く言う。
無邪気だから、質が悪い。
無邪気だから、罪の意識が無い。
これから起きることを想像して、力が抜けた。
「私は、なんてものを生み出してしまったの……」
腰が立たなくなって、膝から崩れ落ちる。
窓から、少女とトランプの兵士たちが、里へ向かうのが見えた。
※
「霊夢。ひとまず拝殿にでも置かせておいてくれ」
魔理沙は、自宅から持ち出した魔具や魔導書を、風呂敷で包んで背負っていた。
(火事場泥棒みたい)
その格好でいそいそと走り、拝殿に荷物を隠している様なんていうのは、もうそれにしか見えない。
「紫。状況は?」
「詳しいことはつかめていないわ。ただし、良い状況では無いこと、そして、異変の原因がアリスであることは、間違いが無いわね」
「そう……」
霊夢は遠目に、魔法の森の方角を見やった。
硝子のような結界が、森を覆っている。
紫と藍ならば、もっと高位の結界を張ることもできただろうが、里の住人が騒ぎ出さないように、派手な術を行使するのを避けたのだ。
「時間も無かったからな。応急処置といったところだ」
藍は謙遜したが、こんな短時間で、森全体を覆う結界を張るのは離れ業だ。妖怪の賢者と九尾の狐の面目躍如だろう。
「なっ、なんだありゃ!?」
魔理沙の声に反応して、皆が顔を上げた。
森の中からにじみ出て来るように、飛行物が、次々と姿を現してくる。
「トランプ……、ですかね。先頭にいるのは……、女の子……」
文が、カメラを利用して偵察していると。
雷光がまたたいた。
雷撃の魔法だ。
結界に防がれて四散したが、ばちばちという火花の音が、ここまで聞こえてきた。
それを皮切りに、飛行物たちが一斉に弾幕を射出していく。
放たれた弾が結界に当たって爆発する。
「シャレにならないぞ、あれは……」
魔理沙の顔から血の気が引いていく。
そこにいる全員が気づいた。
あの集団から放たれているのは、他者を傷つけるための攻撃だ。




