(1)
「うん。これの応用で、なんとかなりそうね」
アリスは、魔導書のページをめくりながら、羽根ペンを走らせた。
それにしても、どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
発想が浮かんでしまえば、本当に単純なことだった。
いままでは、大人気が無いという言葉を呪文のように使い、自分の気持ちを抑え込んでいた。
でもそれは、ゴミ箱のゴミを踏みつけて、奥へ奥へとおしやるようなもので、ゴミが溜まっていくだけ。なんの解決にもなっていない。
だから、捨ててしまえばいいのだ。
目的地にたどり着くのを邪魔しているものがあるのなら、そんなものは、捨ててしまえばいい。
※
「えっ?」
魔理沙は、困惑していた。
どういう反応を示せば良いのだろう。
霊夢が、雪の中に埋もれている。
魔理沙の弾幕に被弾して、墜落したのだ。
「えーっと……」
とりあえず、魔理沙も着陸する。
雪を踏みしめて、霊夢のところへ。
じわじわと、怒りがこみ上げてきた。
「霊夢。手を抜いたな?」
霊夢は、勝負に手心を加えたのだ。
「あんたねぇ。それが、雪に埋もれてる人間に対して言うことなの?」
霊夢が体を起こすと、木の枝から雪がこぼれるように、ぼろぼろと雪が落ちた。
「だって、そうだろ」
手を抜いたんじゃなかったら、こんなことは起こりえないのだ。
魔理沙が、弾幕勝負で霊夢に勝つなんて。
魔理沙と霊夢の格づけは、とっくに済んでいる。
人間としての器が違う。
どうあがいたって、魔理沙は霊夢に勝てない。
結論は出ているのだ。
「いつからそんなに、ものわかりが良くなったんだか……」
スカートをはたく霊夢。
肩をすくめてから、休憩しましょと、母屋に歩いて行く。
「まぁね、調子がイマイチだったのは否めないわね」
こないだ、紫に言われたこと、魔理沙のこと、アリスのことで、勝ち負けへの執着が、いつもより薄かったのはたしかだ。
「でも、手は抜いて無いわよ。何回も手合わせしてきたんだから、動きでわかるでしょ」
「だが……、しかし……」
負け続け、消えたいとか考えるほどに思いつめたのに、このあっさり感は、いかがなものか。
もうちょっとこう、劇的な展開があってから勝つとか、そういう演出があっても良さそうなものだが……。
「勝ときは勝つし、負けるときは負ける。それだけのことでしょ」
「いや、普通は、そういう割り切りができないもんなんだって」
「あー! 嫌だ嫌だ!」
霊夢は拳を振り上げた。
「れ、霊夢……?」
「魔理沙。普通ってなによ?」
「え……」
「普通なんて、どこの馬の骨かもわからない奴が、勝手に引いた線でしょ。常識人ぶって、線の中にひき籠ってるんじゃないわよ。らしく無い」
「ぐ……」
魔理沙はほぞを噛んだ。
このひと言は、心に突き刺さったらしい。
「言ってくれるじゃないか、おい」
足を止めて、
「休憩は後だ。もうひと勝負しろ」
母屋とは逆方向に歩き出した。
背中に、生気が戻ってきている。
つられて生き生きとした笑みを浮かべてしまう。
おかげで霊夢も、ふっきれることができそうだ。
(そうそう。魔理沙はそれでいいのよ)
常識とか、普通とか、そんなつまらない理屈になんか、こだわるな。
「霊夢! 早くしろ!」
「はいはい」
調子が戻ってきた霊夢のまえに、魔理沙はいつものように負けてしまった。
でも、いつもと違ったのは、
「霊夢! もうひと勝負だ!」
しつこく霊夢に再戦を挑んできたことだった。
この日、二人は、夕暮れまでスペルカード戦を繰り返した。
※
「なんだかな……。上手く乗せられてしまったなぁ」
魔理沙は、食後の茶をすすった。
まんまと挑発に乗り、霊夢に突っかかっていた。
何度、スペルカード戦を行ったか、覚えていない。
もう、体はへとへとだ。明日はきっと、筋肉痛だ。
「でも、悪い気分じゃないでしょ」
霊夢は、愉快そうに笑う。
食べた食べたとお腹をさすり、からになった食器に両手を合わせる。
晩酌はしなかった。
今日は、メシで胃を満足させたかったから。
二人とも、とにかく飛び回った。
なにも考えずにはしゃいで、体力の最後まで使いきってしまう、子どものように。
「気分はどうか知らないが……」
魔理沙は、ごろんと横になる。
「なにか、思い出しそうっていうか、とっかかりが見えたような気はするな」
「そう。それなら良かったわ」
魔理沙のぶんまで、食器を重ねて片づけにかかる霊夢。
手伝えとは言わない。
言ったところで、無駄だということを知っているからだ。
飯を食って寝転んでしまった魔理沙は、天変地異でも起きない限りは、体を床から離すことをしない。
起きろ、手伝えと言っている時間があるなら、一人で洗いものをしてしまったほうが効率的なのだ。
「霊夢」
「紫」
突如、スキマが開いて、紫が姿を現した。
その表情は、こないだ会ったときのように、陰りがあった。
「なんだなんだ?」
魔理沙が身を起こした。
ちょうどいい機会だ。
紫に、この間の返事をしておこう。
「紫。こないだの話だけど……」
「待って霊夢。それは、また後日に聞くわ」
「どうしたの?」
霊夢が、紫の顔を覗き込むと。
「紫様っ!」
「霊夢さんっ!」
どかどかっ!
ばたーん!
ものすごい音がして、障子が倒れた。
まるで、敵の奇襲を告げる兵士のように、藍と文が、文字通り居間に飛び込んで来た。
「ちょ、ちょっと。なにごとよ?」
文はともかくとして、藍までこの騒々しさは、どうしたことか。
「藍。様子はどう?」
「はい。射命丸から通報があったとおり、非常に不穏な空気です」
藍は、紫のまえにひざまずいて報告をしていた。
「紫さん。それと、これが……」
文は、人形を紫に差し出した。
それは、アリスが特にかわいがっていた、二体の人形だった。




