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(4)

「ご馳走になりました」

 食事が終わると、霊夢は夫婦に礼を述べて、神社へ帰っていった。

「霊夢ちゃん、大丈夫かしら?」

 微笑をたずさえて手を振っていた結子だが、霊夢の姿が闇夜に飲まれるのを見届けると、とたんに真顔になった。

「なんだいまさら。霊夢ちゃんに名付け親になって欲しいって言い出したのは、結子じゃないか」

「それじゃないわよ」

「ああ。そっちか」

 洋壱は、すまんすまんと妻に詫びる。

 主語が抜けているのに、以心伝心で理解し合う夫妻。

 長年、連れ添った仲ということもあるけれど、二人とも似た者同士で、頭の回転が早かった。

「まだ大人に甘えたい年頃だろうになぁ……。あんなに重い役を背負わされて、気苦労も絶えないだろう」

 洋壱も、結子に負けず劣らずの人生経験の持ち主で、霊夢のような立場にある者の気持ちを充分に理解していた。

 思うに任せないことばかりだが、簡単に自分の気持ちを吐露できず、誰に頼るでもなく、自ら感情を制御して務めを果たしていく。そんな孤独を背負い、孤独と仲良くしながら生きていかなければならない。

「神様仏様も、酷なことをなさるもんだ」

「いつだったか、霊夢ちゃんは言っていたの」

「うん」

「私は、蝉の抜け殻みたいなものなんだって。だから、住む場所があって、果たすべき役割があるだけで充分なんだって」

「あの年で、そんな悟りきったことを……」

 結子からそれを伝え聞いた洋壱は、我がことのように、肩を落とした。

「霊夢ちゃん自身も、薄々感じていると思うけれど、たぶん霊夢ちゃんは、博麗の巫女という役割に執着しているのよ」

 その役を奪われてしまったら、霊夢は霊夢として、この世に存在する意義を失ってしまうから。

 だから霊夢は、気丈に、博麗の巫女としての自分を演出しようとする。

 そのおかげで、立派に役を務めているが、誰かに弱みを見せたり、甘えたりすることができなくなってしまった。

「霊夢ちゃん、今日はよく笑っていたわね」

「ああ……」 

 普通の子どもならば、それは良いことなのかも知れないが、霊夢の場合は違うということを夫妻は知っていた。

 苦しいときや辛いとき、大変なときほど笑みを絶やさないことで自分を奮い立たせる。それは、大人がよく使う、心の均衡を保つための術だった。

「大人の真似をして、痛いめを見る子は多いけれど、霊夢ちゃんは器用だから、真似じゃなくて、自分のものにしてしまうのよ」

 特に最近は、結子とつき合っているために、結子を観察して、穏やかなところや、素直なところを取り入れようとしている。それも、無意識のうちに。

 ときたま、霊夢は自分の子どもか、血のつながった妹ではないのかと思えてしまう。そのくらい、霊夢は結子に似てきた。

 相手の長所を見極めて、自分に合うように変化させてとり込む。

 それは、結子と霊夢の感性が似ているからできることでもあるのだろうけれど、ずっと独りきりだった霊夢は、誰に頼るでも無く、そうやって自分で学習して、自分を成長させるしかなかったのだ。

「それができることが、霊夢ちゃんにとって、良いことなのか、悪いことなのか……」

 自分で自分を磨くことができるから、だから霊夢は、なおさら、他人に甘えたり、本音を見せたりする機会を失っていく。

 結子のまえでは、少しは素直になってくれるときもあるけれど、それは、ほんのちょっとだけ障子を開けてくれる程度のもの。すぐに障子を閉めて、本当の気持ちを隠してしまう。

「結子。お腹の赤ん坊に触るといけないから、そろそろ中に入ろう」

 洋壱が、結子の肩を抱いた。

「ええ。そうね……」

 霊夢の姿は、すっかり見えなくなった。

 それでも結子は、心配そうに暗闇を見やる。

 いつか、霊夢はこんなふうに、暗闇に飲まれてしまわないだろうか。

 どうせ自分なんて、世の中に存在する意味が無いのだと自暴自棄になって、自ら暗闇の中にひき籠ってしまわないだろうか。

 そんな霊夢を守って欲しいと、神に祈ろうとしたところで、博麗神社には、霊夢を守ってくれる神はいない。

(私は、霊夢ちゃんが好き)

 初めて出会ったときに助けてくれたから、そう思うのでは無い。それは、きっかけにすぎない。

 霊夢の表情の動き、仕草、紡ぐ言葉、その一つ一つが、結子にとっては宝もの。

 愛おしい。

 霊夢のことが愛おしい。

 このお腹の中に宿った、大事な命と同じくらいに。

 霊夢には、もっと知ってほしい。

 自分のことを、大切に想っている者がいることを。

 例え、自分が自分のことを嫌いでも、自分の価値を認めることができなくても、生きていてくれるだけで、大きな喜びを感じる者がいることを。

 だから結子は霊夢に、お呪いをかけたのだ。 

「こんな子どもだましで、どのくらいの効果があるかしらね」

 結子は、お腹をさすった。

「なんのことだ?」

 その結子の仕掛けには、長年、連れ添った洋壱ですら、気づくことはできなかった。



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