(2)
「魔理沙もアリスも、なにも言ってくれない……」
悩みを抱えているくせに。一人で解決できないくせに。
二人は、心の扉に鍵をかけ、その中に閉じ籠って、もがき苦しんでいる。
魔理沙も、アリスも、自分では解決できないなにかを背負い、それを隠してしまっている。
まるで、雪を覆いかぶせたように。
「それが普通だと思うわよ。霊夢ちゃんができすぎなのよ」
「そ、そんなことは……」
照れて、視線を逸らす霊夢。
結子は、ふふっと笑みをこぼした。
「さっきも話したけれど、霊夢ちゃんは、答えに辿り着くために、一番良い道を選ぼうとするでしょう? だから、自分で解決できないと判断できるし、こうして相談にやって来ることができる」
的確に霊夢の人物評をする結子。
霊夢は、最近、身の回りで起きているいろいろな事象で思い悩み、もう一人で抱えるのは無理だと判断して、結子のところにやって来た。
洋壱と出くわすかもしれないという時間帯だったが、そんなことには構わない。
最善の答えを導き出すためなら、恥とか、こだわりとかに囚われない。
それは、霊夢の強みだった。
「でもね、霊夢ちゃん。それができない人もいるのよ。大人になっても。うちの人だってね……」
「おぅい。聞こえているぞー」
結子が愉快そうに霊夢に耳打ちをしようとすると、居間から洋壱の声が飛んできた。
「あらあら。女同士の内緒話を盗み聞きするなんて。そんな趣味の悪い人と結婚したつもりは無いわよ」
「こんな小さい家じゃあ、嫌でも聞こえてしまうよ。そういう話は、本人がいないところでやりなさいよ」
と洋壱は結子を咎めたが、
「じゃあ、頑張って家を大きくしてね? そうすれば、聞きたくない話を聞かずにすむわよ」
結子は、すました顔で受け流した。
「やめなさいよ。霊夢ちゃんに、俺が甲斐性無しみたいに思われてしまうじゃないか」
「そんなこと、思ってませんよ」
霊夢は、夫婦のやりとりに、忍び笑いをしながら居間の方へと声をかけた。
この夫婦、べったりとくっついて依存し合うでも無く、距離が離れすぎるでも無く、仲も良すぎず悪すぎず。という、ほど良い関係を保っている。
霊夢は、そんな二人がうらやましいと思った。
魔理沙やアリスとも、こういう距離感で接することができたなら……。
いまにしてみればだが、霊夢は、魔理沙に対してもアリスに対しても、そんな理想を抱きながらつき合っていたように思える。
「霊夢ちゃん。あれを見て」
「井戸端会議。ですね」
結子が指をさした先、土間の格子窓から覗くことができる長屋の外では、ご近所の主婦たちが、寒空の下で立ち話に興じていた。
「ああして、大きな声で笑いながら話していて、とても仲が良さそうに見えるけど、離れるときは、あっという間」
「あっという間、ですか」
「そう。びっくりするほど簡単に離れてしまうのよ。だからね、霊夢ちゃん」
「はい」
霊夢は、返事をしながら結子を見上げた。
結子は、女性としては一般的な身長だが、それでも霊夢よりは背が高かった。
結子を見上げていると、霊夢の心は落ち着いた。
上手くは言い表せないけれど、こうして、結子を見上げているわたしのことが、好ましいと感じるのだ。
「好ましいと感じる人と仲良くなりたいと思ったら、友人になることよ」
「友人……?」
知っているような、知らないような、そんな単語が飛び出してきたので、霊夢は首をかしげた。
「友人は、なにがあっても離れないわ。同性同士の安心感からか、距離が近くなりすぎて、うっとうしいと感じてしまうときもあるけれど、なぜか離れないのよ」
「それは、どうやったら……」
霊夢は言葉を止めた。
魔理沙と、アリスと、どうやったら友人という縁で結ばれるのか。
そのための鍵は、結子に聞いたところで見つからない。自力で探さないといけないのだ。
(本当に、頭の良い子……)
結子は目を細めた。
さっきまでの会話から自分で学習して、正解へ辿り着くための道筋をつけたのだ。
経験し、学び、吸収して自分のものにする。それも、異常なスピードで。それは霊夢の高い能力が成せる業だろう。
だから結子は、霊夢のことを尊敬している。そして、心配もしている。
「それじゃあ、私はそろそろ帰ります。お忙しいところにお邪魔してしまって、すみませんでした」
霊夢は、行儀良く、夕食作りのかき入れどきに訪ねて来たことを詫びながら、神社に帰ろうとした。
冬の夕暮れは早い。
陽はすでに沈みかけて、夜のとばりの足音が聞こえてきそうだった。
「あら? 食べていくでしょう?」
「えっ!?」
「だって、霊夢のちゃんのぶんも、計算に入れて作ってしまったもの」
切っていて気がつかなかったのと、結子に指摘されたが、お恥ずかしながら、まーったく気にしなかった。
とある目的を達成しようとすると、そのことだけに頭を働かせ、他のことが目に入らなくなる。
それも、霊夢の強み。
でも、霊夢のこういう性格が、結子に心配をかけてしまうのである。
そのことに、霊夢本人が気づいていないのが、また難儀なところ。




