(1)
「私、うぬぼれていたんでしょうか?」
霊夢は、包丁で里芋の皮を剥いて、水に浸した。
「どうかしらね」
結子の口調は、いつものようにおっとりしていて穏やかだけど、手際は素早い。
霊夢よりも手早く里芋の皮を剥いて、水が張ってある桶の中に入れる。
入れたときには、左手はもう、次の里芋に伸びている。
「どうかしら……、って」
「私は、八百万の神様じゃないもの。なにからなにまで知っているわけじゃないし、答えを持っているわけでもないわ」
里芋の両端を切り落とし、正確に、六角に皮を剥く。
年季の入った包丁さばきだ。
「私が知っていることなんて、里芋を切っているときに、手がかゆくならない方法くらいよ」
長芋と同じように、里芋のぬめりも、皮膚に触れるとかゆくなってしまうことがある。
それを防止するためには、手と里芋を、酢水に浸しながら切ると良い。
「それって、知識っていうより、知恵じゃないですか」
はぐらかされて、霊夢は不満げに眉を寄せた。
「そうよ。知識は、本を読んだり、人づてに聞いた話で蓄えることができるけど……」
ぽちゃんと、水の中に里芋を沈める。
「知恵は、なにかを経験して磨かれていくものだから。逆に言えば、経験が無ければ、磨きようが無いのよ」
里芋の皮を剥く。ということひとつとっても、実際に里芋に包丁を入れてみないと、綺麗に皮を剥くにはどうしたらいいかということがわからない。
「今日の結子さん、意地悪じゃないですか?」
上手い例え話を披露しているように見えるが、実は、のらりくらりと会話をひき伸ばしているだけだ。
「そんなことは無いわよ」
里芋をざるにあけて、手鍋の中へ。
手鍋を水で満たして、かまどの上に置く。
「あ。私がやります」
霊夢は種火を起こし、竹筒を使ってかまどの中に風を送ると、すぐに火が薪に燃え広がっていく。
これでひと段落。
と思いきや、結子は白菜を切り始めた。
「たしかに、困ったことがあったら相談してとは言ったけれど……」
「はい」
言いましたともさ。
だから霊夢は、期待をして結子のところにやって来たのだ。
アリスとの仲は変な具合にこじれてしまったし。
魔理沙は神社にやって来るけれど、持ち前の熱量とか生気を失っている。
二人のことについて、霊夢は責任を感じていた。
魔理沙が、あきらめずにスペルカード戦を挑んでくるたび、霊夢は容赦なく全力で叩きのめし続けた。
それが結果的に魔理沙のためになると信じていたけれど、いまの魔理沙は、完全に自信を喪失している。
(アリスのことにしたって……)
アリスが結子とかかわることで、良い変化が起きるのではないかと期待していたが、逆効果になってしまった。
ああ、嫌だ嫌だ。まったく自分が嫌になる。
絡まった紐を解きほぐそうとしたのに、余計に複雑になってしまった。
なにが悪かったのか、どこを間違ったのか、正解はなんだったのか……。
霊夢は、後悔と反省に苛まれて、たまらず結子を頼ったのだ。
「例えばね……」
「また例え話ですか?」
「いいから」
一刻も早く、正しい道を示してほしい霊夢を、結子はぴしゃりと制した。
「料理ができるようになる。っていう目的地があるとするでしょう?」
「はい」
「多くの人が、そこに辿り着くかもしれないけれど、その過程は、人それぞれ違うものよ」
父母から習うのか、友人に教えてもらうのか、はたまた、独学で料理を学ぶのか……。
扉を開けるための鍵穴は、人それぞれ。
たぶん結子は、そういうことを言いたいんだろうなと霊夢は思った。
じゃあ、霊夢が結子とかかわることで良い影響を受けたのと同じように、アリスも結子に会わせてしまえば、あとはなんとなかるという霊夢の考えは、浅知恵だったということになる。
霊夢はうなだれた。
アリスの家を訪ねた日の朝。
霊夢は、ひどい胸騒ぎに襲われた。
だから、起き抜けにアリスの家を訪ねたのだ。
アリスは基本的にはしっかりしている。
だけど霊夢は、初めてアリスに会った日からこのかた、彼女につきまとっている良くない気配に、うっすら気づいていたはずだった。
それを、アリスに気を遣って深掘りしてこなかったのは、博麗の巫女として大きな落ち度だ。紫に、博麗の巫女を返上してもかまわないと言われても文句のつけようが無い。
「なんだかなぁ……」
アリスのことにしても、魔理沙のことにしても、なんとかしてあげなきゃと力が入り、事態をややこしくしてしまった。
なぜか、いい具合に力を抜くことができない。
いったい、霊夢と魔理沙とアリスの間には、なんの因縁があるのだろう。
それがわかれば、もっと楽に構えることができるかもしれないのに。
「力が入っていても、いいのよ」
見計らっているのだろうか。結子は適時的確に、霊夢に言葉を投げかけてくれる。
この人は、いつもこんなだから、どんな問題でも解決してくれると過信してしまうのだ。
「そうなんですか?」
「そうよ。それに、アリスちゃんが必要としている鍵が、別にあるとわかっただけでも収穫じゃない」
「それは、そうですけど……」
代償として、アリスの感情は、大いに悪化したものと思われる。
霊夢はため息交じりに、不要になった桶やざるを片づけ始めた。
「霊夢ちゃんは、答えが見えちゃうのね。だから、先回りして動いてしまう」
「そうかもしれませんね」
鍋の水が沸騰し始めると、里芋から灰汁が出てきた。
灰汁を取り除きながら、霊夢は自分を省みた。
「悪いことでは無いのよ」
白菜の塩揉みを終えた結子は、長ネギを切っていく。
霊夢は、答えに辿り着く過程で、常に最善の道を求める。
だから短距離で、目的地に到着することができる。
「でも、人によっては、失敗したり、成功したりを繰り返しながら、目的地に到着するほうが、最善だったりするものなのよ」
「よく、わかりません」
とはっきり口にすることができる霊夢を、結子は好ましいと思えた。
世の中、知ったかぶりをする人も多いけれど、霊夢は、そういうことをせずに、わからないものをわからないと言うことができた。
「私が、アリスちゃんに同じことを言っても、効果が無いっていうことよ」
アリスが目的地に辿り着く過程の中に、結子という鍵は、不要。
ということは、やっぱりアリスをここに連れて来たことは、霊夢の独り善がりだったということに……。
「でも霊夢ちゃん。おせっかいだったなんて、思ったらだめよ」
「え……」
「他人の力になりたいと思えることは、とても素敵なことだもの」
もちろん、加減っていうものはあるけれどね。
結子が片目をつむってみせると、
「ただいまー。おや霊夢ちゃん、来てたのか」
洋壱が、自宅の戸を開けて帰宅してきた。




