表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/46

(4)

「どうしたのよ。こんな雪の中」

 空は、容赦なく雪を送り込んできている。

 霊夢がかぶっていた網代傘や肩にも、雪が積もっている。霊夢は、それを手で払いのけた。

「入る?」

「ええ。上がらせてもらうわ」

「藍と、橙は?」

「今日は、私一人よ」

「そう」

 短いやりとりをして、廊下を歩く。

 二人は居間に着座した。

 ちゃぶ台を挟んで、向き合うと、

「こんな寒い日に出かけるなんて、体は大丈夫なの?」

 紫は、ゆったりと口を開いた。

 紫がゆっくりとしゃべるのは、めずらしいことでは無い。

 気品とか、優雅さを意識しているということもあるが、それ以上に、しゃべりすぎないように気をつけているのだ。

 いったん口から出てしまった言葉を、口の中に戻すことはできないからだ。

 話している相手に、どのくらいの情報を与えるか、どのくらい本音をうち明けるのか。紫は、常にそのことを意識しながら話しているのだ。

 だから、油断がならない。

「どうしたのよ? 紫に体のことを心配されるなんて、ぞっとして風邪をひいちゃうわよ」

 霊夢は明るく笑って、火鉢に火を入れてやかんを置いた。

 笑いながら、紫のねらいを推理する。

 腹になにを抱えているのだろうかと。

「きっと、私の責任なのね……」

「あん? なんて?」

 紫が、つぶやくように、ぼそぼそとしゃべったものだから、よく聞きとれなかった。

 どことなく、今日の紫はおかしい。

 雪の中に立っていたせいなのだろうが、異常に白くて美しい肌が、一段と白い。

 口調も、ゆったり喋っているというよりは、重々しいと表現したほうが近い。

 そしてなにより、紫の最大の特徴である、尊大なオーラが薄い。

 霊夢の体を心配していたが、具合が悪いのは紫のほうではなかろうか。

(まぁ、紫のことだから、体調が悪くたって隠すんだろうけど)

 相手には、絶対に弱みを見せない。逆に、相手が弱みを見せたら徹底的にそこを突く。

 八雲紫というのは、そういう奴。

 汚いとか、ずるいとは思わない。

 紫とつき合うことで、そういうしたたかさを学ぶことができているのだから。

「霊夢。今日はね……」

「ええ」

 やかんのふたが、かたかたと揺れ始めたので、霊夢はやかんを火鉢から離して、鍋敷きの上に置いた。

「本音で話したいと思って来たの」

「へぇ。そうなの」

 熱湯を急須に注ぎ、茶を煎れた湯飲みを、紫のまえに置いた。

 紫の言うことは、これっぽっちも真に受けていない。

 当然である。

 本音で話したいとうそぶいておきながら、自分は本音を隠し、相手からは本音を引き出す。

 こんなものは、交渉戦術の基本だ。

「霊夢」

 茶には目もくれず、紫は、きりっと目を吊り上げて、霊夢を見つめてきた。

「これは、建前じゃ無いの。八雲紫の名に誓ってもいい」

 霊夢は、湯飲みを持ち上げようとした手を止めた。

 この殿上人のごとく尊大な一人妖怪が、己の名に宣誓するとは、ただごとでは無い。

 ぐびりと茶を飲む。

 冷えた体に、熱い茶が染みる。

「率直に言ってちょうだい。博麗の巫女の肩書きが、貴女の邪魔をしていない?」

「なに言ってんの?」

 どうしてそんなことを聞くのだろうか。

 本音で話そうと言っていたくせに、結局、紫の真意がどこにあるか、霊夢にはわからなかった。

「ごめんなさい。回りくどかったわね。はっきり言うわ」

 紫は、一度、視線を落とした。

 顔を上げて、霊夢を見据える。

 神妙な面持ちである。

「貴女が望むなら、博麗の巫女を交代させてあげてもいいと思っているの」

「え……」

 霊夢は、すぐに反応することができなかった。

 そうして、だんだんと霊夢の身体が小刻みに震えはじめる。

「ゆ、紫……。なに……、を……?」

 急激にのどが渇いてきて、湯飲みに残っていた茶を一気に飲み干した。

 霊夢が霊夢としてこの世に存在できるのは、博麗の巫女だからだ。

 博麗の巫女であることが、霊夢の存在意義。

 それをはく奪するということはが、どれほど残酷なことなのか、紫はわかってくれていると思っていたのに。

「勘違いしないで。貴女を、幻想郷から追放しようというのでは無いの。もちろん、博麗の性は返してもらうけれど、巫女を交代して、ただの人間として、幻想郷で生をまっとうしてかまわない」

「だって、そんなことをしたら、どうなる……。……!」

 霊夢は、それに気づいてしまった。

 どうなるのかに。霊夢が博麗の巫女を辞めたら、ただ一人の人間となったら、どうなるのかに。

 もう、博麗の巫女と、個人的な感情の狭間で迷うことも無くなる。

 博麗の巫女の役に縛れることが無くなり、自己の責任において、自由に行動することが許されることになる。

「勘違いしないでほしいのは、貴女の能力に不満があるから、こういう話をもちかけているわけじゃないということよ」

「だったら、なんで!」

「理由なんて、どうでもいいじゃない。貴女にとっては、悪い話では無いのだから」

「でも、紫……」

 なんだかんだあったけれど、紫とは、浅くない縁で結ばれた仲だった。

 こんな突飛に解消できるようなものじゃ無いだろう。

「すぐには考えがまとまらないでしょう。後日、返事を聞かせてちょうだい」

 紫は、スキマの中に消えた。

 居間に残された霊夢は、しばらく呆然としていた。

 さっきまでのことは、現実だったのだろうか。

 にわかには、そうとは信じられない。

 紫が口をつけなかった湯飲みを片づけようと、手を伸ばした。

 お茶は、すっかりぬるくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ