十六 英雄王子
毎日更新ができず、すみませんでした。。。
「アアシャ? アアシャ? アアシャ、よかった……!」
人工呼吸をやめ、見つめてくる青年は、化身の頭と肩を支え、そっと抱き締めてきた。目が赤いのは、涙ぐんでいたためらしい。
(予のために泣く必要など、皆無だというのにな……)
シャイタンが星空を眺めて密やかに溜め息をついた時、そこここで揺らめく焚き火の傍から兵達の声が上がった。シャイタンの化身が蘇ったことに驚き、騒ぎ、さすが伝説の聖仙だの奇跡だのと喜んでいる。それだけならまだしも、何人かはわざわざ化身の顔を覗き込みに来た。
(煩わしい……)
シャイタンが顔をしかめたことに気づいたらしく、ナヤクが頭を上げて言った。
「静かにしてくれ。アアシャはまだ本調子ではないんだ」
「は、はい」
「すみません」
「分かりました」
兵達は、しゅんとして大人しくなり、それぞれの焚き火へと戻っていった。これまでと、ナヤクに対する態度が随分と異なる。
「――急に、王子らしくなりましたね……」
シャイタンが呟くと、青年は憮然として説明した。
「おれは、別に何も変えていないんだけれど。結果的に、おれが魔蛇を倒したことになって、総司令官のタルヴァールから英雄と持ち上げられたから、みんなが接し方を変えてきた」
「……成るほど……」
さもありなん、だ。総司令官としても、士気を上げられる材料は全て利用したいのだろう。
「でも、魔蛇に止めを刺したのは……」
ナヤクが言い掛けたところへ、ぬっと新たな人影が現れた。
「喋ってないで、これでも食べさせてやれ。布施を括り付けていた馬達には逃げられたんだろう?」
ぶっきらぼうに言って、古々椰子の果実をナヤクの前に置き、さっさと去って行った兵には見覚えがある。
「あれは、あなたを殺そうとした、パタール兵……ですよね……?」
目を瞠ったシャイタンに、ナヤクは複雑そうに眉を寄せた。
「やっぱり、あんたは、おれをあいつから助けて、その所為で、魔蛇の一撃を喰らったんだな……?」
「――周りが見えていなかっただけです。単なる不覚です。わたしは、天才なのに……」
シャイタンはナヤクから目を逸らし、自分自身への苛立ちを呟いた。するとナヤクは、強く肩を掴んで、無理矢理シャイタンと目を合わせ、言った。
「おれを約束通り助けてくれたことには感謝する。でも、もう二度と、他人を優先をしたらいけない。まずは、自分の身を守るんだ」
「――あなたにだけは、言われたくないですが……」
いつかも口にした言葉を繰り返してから、シャイタンは改めて尋ねた。
「それで、そのパタール兵が、何故、古々椰子の種子を、わざわざ持ってきてくれたんですか?」
「あんたのことが、好きだからだろう?」
ナヤクは、何でもないことのように告げる。
「あんたが死んでしまったように見えた時、あいつは随分と落ち込んで……。おれはあんたを何とか蘇らせようと躍起になったけれど、あいつは魔蛇に執拗に向かっていって、何度も槍で攻撃して、鱗を少しずつ剥がしていって、とうとう心臓を槍で突いて止めを刺したんだ。だから、本当の英雄はあいつだ。他にも大勢の兵達が魔蛇の体を攻撃していたから、紛れてしまっていたけれど」
確かに、あのパタール兵からは、これまでも、よく見つめられていた気がする。確か、一度などは、「何故、追放王子などとずっと一緒にいるんです?」と直接声を掛けられた。シャイタンは、「料理が上手いからです」と素っ気なく答えたのだったが――。
(ナヤクと一緒にいることで、敵視されているものとばかり思っていたが、まさかそういうことだったとはな……)
「……大体、分かりました……」
深い溜め息をついたシャイタンを、ナヤクが慎重に抱き起こした。
「なら、せっかくだから、この古々椰子を頂こう」
「そうですね」
面倒そうなことは一端保留にして、シャイタンは焚き火に照らされた古々椰子の大きな種子へ目を向けた。
ナヤクがチャッタンから鉈を借りて、古々椰子の種子に穴を開けてやると、少女祭官は喜んで中の果汁を飲み干し、次いで幼子のように中に手を突っ込んで、白く柔らかな果肉を食べ始めた。先ほどまで死んでいたとは思えない食欲だ。
(よかった……)
ナヤクはほっとして目を細めた。この少女に食事を与えることが日課のようになってきている。嬉しげに物を食べる少女の姿が、今のナヤクの日常だ。だからこそ、自分の所為で死なせ、蘇生しないかもしれないと思った時、酷い虚無感に苛まれた。
(おれは、あんたに食事を作るために遠征軍に参加した訳ではないんだけれどな……)
微苦笑して、ナヤクは焚き火に薪を足した。




