十三 魔蛇退治
魔蛇ヴルトゥラは遺憾なくその力を発揮しているようだった。
(水を堰き止める悪魔の蛇ヴルトゥラは、やはりレギスタン担当で最適だったな)
自らの采配に満足を覚えながら、布施の馬に乗ったシャイタンは、干涸らびた大地を見回す。ラクシャス達の襲撃以降、暫く神魔達に命令を発しなかったので、この十日間、ナヤクとチャッタンの料理を心ゆくまで楽しむことができた。
(だから、もういい――)
シャイタンは、斜め前を同じく馬で行く青年と、隣で馬に跨っている老人を、見納める気で見つめた。ヴルトゥラに、手加減させる気はない。この二人と過ごす日々も今日で最後になるだろう――。
「アアシャ」
急にナヤクが、馬上で振り向いた。最初の夜営以降、髪と顔を隠すことをしなくなっていた追放王子は、今日は珍しく頭に黒布を巻いている。砂漠の日光と砂塵を防ぐためだろう。出会った初日を思い出す、些か懐かしいとすら感じる姿だ。
「はい」
返事をしたシャイタンに、青年は、跨っている馬の首を軽く叩いて歩みを遅らせ、距離を近づけてきながら言った。
「いざとなったら、おれを盾にして、あんたは逃げろ」
「いきなり、何なんです?」
眉をひそめたシャイタンに、ナヤクは馬首を並べてきて、真剣な眼差しで告げた。
「何となく、今日はあんたの気配が違う。魔蛇は、そういう相手だということなんだろう。でも、あんたはまだ若い。こんなところで死んだらいけないから」
「――あなたも、充分若いですよ。でも、そうですね、危険となれば、遠慮なくそうさせて貰います」
シャイタンは冷ややかに答えた。
「おい、何か地面が揺れてないか?」
近くを歩いていた兵の一人が、傍らの兵に尋ねた。
(そう、もう来る)
シャイタンは、密やかに溜め息をつく。直後、地下水脈を長大な己が体で堰き止めていたヴルトゥラが、砂漠の下から躍り出たのだった。
遠征軍の先遣隊がいた辺りは、突如として魔蛇による殺戮の場と化した。兵達は、曲刀や斧、槍といった武器で魔蛇の巨体に傷を負わせようとするが、硬い鱗に跳ね返されて傷一つ付けることが叶わない。或いは呆然とし、或いは二撃目を繰り出そうとし、或いは離脱しようとする兵達を、ヴルトゥラは尾で一薙ぎにし、順に丸呑みにしていく。まさしく、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「聖仙様! 助けて下さい!」
断末魔の合間に、兵達の助けを求める叫びが混じる。だがシャイタンは、恐怖で暴れる馬から降り、魔蛇に圧倒される振りをして、徐々に距離を取っていった。同じく馬から降りたチャッタンも、雷霆神インドラに助けを乞い願いながら、後退している。けれどナヤクは――、下馬して阿鼻叫喚の中に踏み留まり、魔蛇の目を狙って弓を引き絞っていた。
(死に急ぐなら、止めはしない――)
顔をしかめたシャイタンの視線の先で、放たれた矢が、吸い込まれるように、見事に魔蛇の片目を射抜く。兵達の歓声が上がる中、ナヤクは引き続き弓に矢を番えて、のたうつヴルトゥラの反対側の目をも射抜いてしまった。どっと更なる歓声が上がり、目の見えなくなった魔蛇へ、兵達が再び武器を手に向かっていく。
(あいつ、凄まじい腕前だな……)
感心したシャイタンは、ふと、他の兵達とは異質な動きをする一人の兵に気づいた。パタール兵だ。尚も弓に矢を番えて引き絞るナヤクの背後へ、槍の穂先を向けて迫っていく。
(あれは、あのラクシャスをナヤクが庇った時に、一触即発になっていた相手――)
シャイタンは、大きく目を瞠った。




