十一 暴風雨神
「ルドラよ、そなたの持つ薬を、このラクシャスに与えよ」
シャイタンが金杖を振って命じると、木々の上で踊り狂っていた暴風雨神は、轟、と風を鳴らして降りてきた。
「別にいいが、そいつの火傷は、あんたがアグニに命じて負わせたものじゃないのか?」
幼さを残した美しい顔に、からかう笑みを浮かべて、ルドラは問うてくる。シャイタンは溜め息をついた。この世界では、力の強い神魔ほど厄介な性格をしているという傾向がある。人間達は、そういう話が好きなのだ。
「ああ、そうだ。だから、そなたの力を借りて癒やそうとしている」
神魔と普通に会話するシャイタンを、ナヤクとラクシャスの少年は、目を瞠って見つめてくる。やや離れたところにいる兵達も同様だ。
(わたしの最強振りを見せつければ、ナヤクをパタールの兵達から保護し易くなろうが、傍観者に徹することは難しくなるな……)
今度の復活は、最初から、これまでと勝手が異なる。
(これは、あなたが何か細工をしたからなのか、天則――リタよ……?)
天則は、シャイタンの疑問には答えてくれない。ただ、人間を成長させるという誓約を果たせと無感情に繰り返すだけだ。
「インドラよりは、おれのほうが役に立つということだな」
妙な納得の仕方をして、ルドラはしなやかな体に纏った黄金の装飾品の一つから、印度菩提樹の葉に包んだ薬を取り出した。
「火傷にも刺し傷にも効く塗り薬だ。傷口を清潔にしてから、しっかり塗り込んでおけ」
「確かに、そなたは役に立つ」
シャイタンが労って薬を受け取りると、暴風雨神は満足したのか、まだ動かしていた手足を完全に止めた。途端に、ぴたりと暴風雨が止む。兵達の安堵の声に混じって、火神アグニの、ほっとする息遣いまでが聞こえた。星夜神ラートゥリーも、再び夜空に星々を瞬かせて、胸を撫で下ろした様子だ。
「なら、おれは用済みだな」
ルドラが自分から機嫌よく姿を消すのを見届け、シャイタンはラクシャスの少年に向き直った。
「傷口を洗います。大人しくしていなさい」
言い聞かせて、暴風雨神より扱い易い水神を呼ぶ。
「アーパスよ、最も慈愛に富む母よ、この者の傷を浄化せよ」
【畏まりました】
天地を巡る水の化身たる女神は、シャイタンの右手に水の塊として現れ、ラクシャスの少年の火傷と槍傷を綺麗に洗浄した。役割を果たした水は、命じずとも水蒸気となって霧散する。
(アーパスは扱い易くて本当に助かる)
シャイタンは微笑んで、ルドラの塗り薬を、ラクシャスの少年の傷全てに丁寧に塗り込んだ。




