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竜の翼ははためかない3 〜竜の咆哮よりも強く遠く〜  作者: 藤原水希
第六章 竜の咆哮よりも強く遠く
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チャプター45

〜ルーヴェンライヒ邸 一階食堂〜



「なんだか落ち着かないねぇ。こんな広い部屋に通されちまって」

「俺たち庶民にゃ、縁のねぇ広さだもんなぁ。ま、エルちゃんたちの計らいに感謝しておこうぜ」

 一通り話に決着がつくと、二人は食堂に通された。伯爵を筆頭に、おじさん夫妻とハインツが着席している。

 エルリッヒの提案で、自ら料理を振る舞い、仲良く食事をしてもらおう、という計画だ。フォルクローレとエルザは、手伝いとして、ともに厨房に入っている。

 二人と、元々屋敷に勤めているシェフたちが手伝ってくれる。なんと心強いアシスタントなのだろうか。

「奥方、慣れぬ食堂で緊張するかもしれぬが、気楽に過ごしてくれ。それに、この部屋の調度も、テーブルの上の果物も、みなあなた方国民の税金で買っているのだから、遠慮することはない」

「あ、あら、そうですか? それなら遠慮なくすごさせてもらいます」

 食堂に通された時は、ドレスでもないから恥ずかしいとか、こんなに広くちゃ落ち着かないとか、あれこれと言っていたおばさんだが、伯爵の言葉に緊張の糸が緩んだようだった。おじさんも、普段この部屋に入る時は家具職人として入るばかりなので、いざ客人という立場で入ってみると、思いの他落ち着かなかった。

 それでも、初めて入ったわけではないため、幾分ましだったが、伯爵相手に敬語を使わないで接するくらい打ち解けているおじさんですらこうなのだから、おばさんの緊張は、察して余りあるものだった。

「まあ、無理にくつろげと言っても、難しいか」

「そういう事だよ、伯爵」

 伯爵も、緊張をほぐそうと気を遣って入るものの、普段住んでいる世界がまるで違うのだから、これは仕方ない。

「それにしても、エルちゃんたちは大丈夫かねぇ。手伝わなくて」

「おいおい、手伝ったらそれこそ悪いだろう。楽しみに待っててやろうじゃないか」

「うむ。とはいえ、普段厨房に入ることのないエルザが手伝っているというのは、いささか心配ではあるが……」

 その声は、まさしく娘を心配する父であり、貴族の肩書きなどの存在しない世界のものだった。

 この点においては、紛れもなく同じ世界に住んでいるとも言えた。




〜同 厨房〜



 その頃、厨房では、娘三人が楽しそうに料理を作っていた。シェフたちには、どこに何があるのかなど、困った時に手伝ってもらうだけでいい、とお願いをしていた。あまり高級料理に縁のある人間が関わっては、せっかくの庶民の味が変わってしまうだろうし、そもそも、捌けない人数ではない。あとは、フォルクローレとエルザの二人がどこまで役に立ってくれるか、だった。

「フォルちゃん、胡椒取って」

「あいよ」

「エルザちゃんはお皿並べてくれますか? そっちの縁の青いのを」

「わかりました!」

 普段一人で料理することの多いエルリッヒが、てきぱきと指示を出し二人を動かしていく。料理は滅多にしないフォルクローレと、自宅内だというのにこの厨房に入るのはほぼ初めてというエルザ、手慣れない二人の存在を活用し、しっかりと役に立ってもらうため、そして役に立った、という認識を持ってもらうため、必死に考えながらの調理となった。

「エルリッヒさん、並べました! 次は何をしましょう!」

「んー、そうですね。じゃあ、ちょっとお庭に行って、食卓に飾る花を選んで来てもらえますか? 私、そういうの苦手なので。それからフォルちゃん、フォルちゃんは包丁は握れたよね。そっちの人参のへたを切ってくれるかな」

「お任せあれ!」

 最初の皿が並ぶまではあと少し、それぞれの作業は大詰めを迎えていた。フォルクローレは若干おぼつかない手つきで人参を切り、エルザはドレスの裾をつまみ、庭へと駆けて行った。

 エルザが厨房から出て行くのを見送って、フォルクローレが話しかける。

「ねえエルちゃん」

「何?」

 エルリッヒにとっては羊皮紙のように軽いフライパンを振るいながら、片手間で答える。

「エルザさん、遠ざけた?」

「なんで?」

 普段は贅沢でなかなか使えない黒胡椒を惜しげも無くふりかけながら、話を続ける。エルリッヒには、決してそんなつもりはなかった。

「だって、エルザさんあたしより料理が苦手だろうし、手伝ってもらうと、かえって手間がかかったりしない?」

「あぁ、そういう事。私、そんな理由で友達遠ざけるほど、薄情じゃないよー。それぞれにできる事、それぞれが得意な事を、必死に考えて、それでお願いしてるだけだから、ねっ!」

 盛大にフライパンを返す。宙に舞った食材が弧を描き、再びフライパンの中に戻って行く。見栄えがするだけでなく、手軽に食材が混ざるという、まさに一石二鳥の技だった。そして、そのテクニックに目を奪われているフォルクローレを他所に、またしても盛大に赤ワインを注いでいく。こちらも、普段なら仕入れる事すら適わぬ程高級なものだ。それを、この厨房では料理酒として備えていた。これが貴族の食卓かと、恐ろしくなる。

「おお!!」

 一瞬立ち上る炎に、フォルクローレ一人の歓声が上がる。

「ほら、フォルちゃん手が止まってるよ。そろそろその人参の出番なんだからね」

「おっとごめんごめん。よし、これで最後! ほい、できた!」

 少し雑に切られた人参を受け取ると、少しの間それを見つめ、次の瞬間、盛大に折っていった。

「ちょっ! 何してるの!」

「何って、これは、手で人参を折るんだよ。変かもしれないけど、そういう料理だから。包丁で切らないところがミソなんだって、教えてくれた人が言ってたんだ」

(まぁ、こんなに軽々とやってのける人は、なかなかいないだろうけどね)

 心の中で小さく舌を出しながら、料理を続ける。本当に、考えた人は面白い発想をしているものだ。もう遥か昔に過ぎ去ってしまった人だけれど。

「それで、これをお鍋に、ドボン!」

 絶賛煮込み中の鍋に、無造作に入れる。さあ、ここからは時間との勝負だ。

「さてと、それじゃあ最初のお皿、そろそろ持って行きますか」

 鍋の火を弱めたところで、エルザが花と花瓶を手に戻ってきた。優しい、淡い桃色の花だった。

「お待たせしました!」

「大丈夫ですよ。わぁ、素敵ですね! やっぱり、エルザちゃんに頼んで正解でした。それじゃあ、お皿と一緒に持って行きましょう! 後、フォルちゃんは、そこのワインをお願い」

「うん」

 一皿目のメニューをワゴンに乗せ、隣接の食堂に向かう。そして、エルザは花瓶を、フォルクローレはこの食卓のためにエルリッヒが選び抜いたワインを手に、それぞれエルリッヒの後に付いて行った。




〜再び 食堂〜



「お待たせしました。最初の一皿目で〜す」

 明るい声で皿を運んでいく。そして、フォルクローレとエルザも、エルリッヒの指示通りに動いていく。二人とも、慣れない作業にも関わらず、一生懸命手伝ってくれた。なんと有り難い事か。

「お、こりゃあ旨そうだ。エルちゃん、ありがとな!」

「何言ってるんですか。まだまだこれからですよ」

「ちょっとお前さん、はしたないじゃないか。すみません、伯爵様」

「いや、構わぬよ。実のところ、私も空腹なのだ」

「お父様、お待たせしております。三人で、腕によりをかけておりますからね!」

 最高の一言を添えて、仲直りパーティが始まった。

「それじゃあ、おじさんとおばさんの仲直りを記念して、楽しい宴を始めたいと思います!」

 テーブルの脇に立ったエルリッヒがスピーチをする。これは、企画担当者としての役目だ。それに、おじさんはまだ肝心のプレゼントを渡していない。ここで渡してもらう段取りなのだ。

「それでは、まずはおじさんから、この日のために用意したおばさんへのプレゼントを渡してもらいましょう! ささ、気恥ずかしいとは思うけど、ばばーんと渡しちゃってくださいな!」

「お、おう。そんじゃあまあ、いっちょ。えっとだ、この三十年、いつもありがとな。それと、今回の事じゃ、いらねぇ心配かけちまって、ほんと済まねぇ!」

 深々と頭を下げながら、可愛い包みを手渡す。

「お前さん、何言ってんだ。夫婦喧嘩なんていつもの事だろ? 疚しい理由じゃなかったんだ、水に流してあげるよ。で、これはなんなんだい? ここで開けてもいいかい?」

 おじさんは手短に「おう」とだけ伝えると、照れ隠しかのように一皿目のサラダに口をつけた。

「それじゃ、失礼して。……あら、これは!」

「おぉ〜!」

 中から出てきたのは、美しく輝く、水晶細工だった。見事な細工で、一輪の花が彫刻してある。エルリッヒも、そして伯爵も、見るのは初めてだった。

「きれ〜!」

「おお、これは見事な!」

「お前さん、この花……」

 その問いかけには答えず、無心でワインを煽っている。よほど恥ずかしいのだろう。

「あの、おばさま、この花は一体?」

 エルザが訊くと、おばさんも少し恥ずかしそうな様子で答えを教えてくれた。

「これね、この人がプロポーズの時に贈ってくれた花なんだよ。こっちなんか、今日が結婚記念日だって事も忘れてたくらいなのに、こんなにロマンチストだったなんてねぇ」

「きょ、今日は三十周年だからな……」

 答えたおじさんの顔が赤かったのは、照れているからなのか、ワインのせいなのか、もはやはっきりとはしなかった。


 こうしてパーティが始まったのを見届けると、エルリッヒたちは再び厨房へと戻って行った。

「あーあ、せっかくみんなを笑顔にする秘薬を用意したのに、これじゃあ出番はないかな」

「あらフォルちゃん、そんな事はないよ? ちょっとずつ混ぜたら、ちょうどいい。そんな風に思うけどねー」

「素敵ですね! その秘薬! ぜひ笑顔になっていただきましょう!」

 三人は、薬の効果でもないのに、満面の笑顔になっていた。




 その日、宴は夜遅くまで続いた。エルリッヒだけでは手が足りず、結局、シェフ全員を総動員する事になり、屋敷の使用人全員が参加するほどになっていた。

 久しぶりに浴びるようにワインを煽った伯爵も、すっかり気が軽くなっていたらしい。三人は慌ただしく動きつつも、そんな大人たちの様子を優しく見つめていた。




〜つづく〜

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