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チャプター37

〜ルーヴェンライヒ邸 一階食堂〜



 エルリッヒを交えての夕食は、和やかな雰囲気で始まった。家長である伯爵が誕生日席、そしてその左右にエルザとエルリッヒが、それぞれ向かい合う形で座っている。テーブルの上に並べられた料理は、相変わらず目のくらむような色とりどり、多種多様な物で、料理人としては心が躍るが、庶民としては生活の格差を感じずにはいられなかった。

「……ほぅ、それでは諸国を巡って、この国に落ち着いたと」

「はい。色んな国を廻って来ましたけど、この国に来て、ここに腰を落ち着けようって思ったんです。いい国ですよねー。私みたいな余所の国から来た人間にも優しくて、貧しくて生活に困ってる人もいなくて」

 和やかな雰囲気に違わぬ、当たり障りのない会話が続いている。おじさんについて訊きたい気持ちはあるが、焦ってはいけない。今はまだ、その時ではない。今はただ、この料理を食べ、料理人としての見識を更なる高みへと登らせ、会話を通じて少しでも伯爵の心を開かせるのだ。

「目立った犯罪もないですし、いいですよね。騎士団による治安維持は、やはり大変なのでしょうか」

「うむ、私の若い頃などは、大変であった。陛下もまだ即位したてでな、今よりは国があれておった。いつの世も、国王の代替わりというのは若干の動乱がある。新米騎士として、いくらかの討伐戦にも向かったものよ。特に大変だったのは、大盗賊団の討伐戦でな、あの時は根城にしている南部の洞窟までわざわざ行った物よ。あの時の騎士団長が、かの伝説の騎士と同じゲオルグと言う名でな……」

 突如饒舌になった伯爵の話は、食事中しばらくの間続いてしまった。やはり過去の武勇伝を語るというのは、口が軽くなる事なのだろう。二人は、黙ってそれに付き合わなくてはならなかった。

「ーーというわけで、かくして我々騎士団は、陛下の名の下平和のため、彼ら黒の盗賊団を捕縛するに至ったのである」

 ひとしきり語り終えると、満足げにワインを飲み干す。その姿に、エルザがついつい苦笑い。

 目配せで「ごめんなさい」を伝えて来た。

「お父様、昔の話をなさる時はいつもこうなんです。つまらなかったのではありませんか?」

「いいえ、そんな事はないですよ。とても興味深く聴かせてもらいました」

 お世辞半分真実半分。そんな様子で答える。子供のように瞳を輝かせる姿は、まるでゲートムント達のようで、少し懐かしくすら感じられた。一方で、過去の話、自分がこの国に来る前の話というのも、とても興味深いもので、街がどうだった、地形がどうだった、そういう情報を知る事ができるのは、有益だった。もちろん、誇張の入ったその語りは、素直に信じるというより、冒険物の物語を聴かされているような気持ちになったが。

「はっはっは、娘の耳にはつまらない話だったかな。しかし、今の平和があるのも、こうした過去の戦いがあってこそなのだよ」

「本当にそうかもしれませんね。それこそ魔王が生きていた時代なんて、人間同士、国同士で争っている場合じゃなかったですし」

 人間同士の争いや、盗賊団が増えたというのも、ひとえに平和になったからだ。盗賊の存在や犯罪自体は平和的な話ではないが、魔族がはびこっていた頃は、もっと残忍な出来事が、それこそ毎日のように起きていた。うかつに街の外に出たり、他の国へ交易に行こう物なら、それこそ命の保証がなかったのだ。野性の動物も凶暴化していたので、しっかりとした供えが必要だった。

 つい、そんな時代を思い出してしまう。

「そうだったな。我らの生まれるよりも、さらに前の時代の話だ。およそ百年前と伝わっているからな。我らは、伝記でしかその頃の話を聴く事はできぬが……」

「百年前じゃ、生き証人とは行きませんからね。魔王を倒した勇者の末裔という人も、世の中にいるのかどうか……」

「そうなのですか? 魔王と勇者の物語は、私も読んでおりますが、そう言えば、勇者様はいつの間にか姿を消して、どこへともなく消えた、となってますね。一体どこへ行かれたのでしょうか……」

 大方の者は、どこか名もなき村に赴いて、誰にも知られる事なく静かに余生を暮らしたと考えている。しかし、一方では魔王と相打ちになった、とも考えられている。魔王が復活、という噂が聞こえる今、確かに勇者の末裔の存在は望まれつつあった。

 しかし、このような会話はこの場にはふさわしくない。それに、あまり話題が遠くへ行ってしまっては、おじさんの事を訊けなくなってしまう。エルリッヒは、慌てて話題の修正を試みた。

「そ、そういえば、その騎士団長様は、ゲオルグと仰るんですね! おじさんと同じ名前。やっぱり、多いんですね」

「そうだな。何しろ、初代の国王陛下と共にこの土地を平定し、この国の礎を作られたお方だ。この国の騎士なら誰でも憧れ、この国の男なら、誰でも憧れる存在なのだよ。何、珍しい事ではない」

 新たに注がれたワインをもう一度飲み干す。あまりお酒の得意ではないエルリッヒは、ワインをこうもスイスイと飲めるゲオルグをすごいと思った。そういえば、おばさんもザルだったっけ。

「そうなんですねー。それはそうと、今日はおじさん来なかったですね。来る日は決まってるんですか?」

「おじさん……ゲオルグの事か。そうだ。毎日来ていては、仕事にならぬでな。それに、私も普段は城勤めだ、あまり毎日は付き合えぬ」

 何をやっているのかは謎だが、どうやら伯爵と共に何かをしているらしい。今日の収穫がこれだけでは、やはり物足りない。ここはもう少し突っ込んだ質問をしてみよう。お酒が入っていれば、この件についても多少は口が軽くなっているかもしれない。

「で、結局何をしているんですか? 二人して、言えないような事をしてるわけではないですよね? やましい事じゃなかったら、いい加減教えてほしいんですけど、ダメですか?」

「う、うむ……それは、奴との約束もあるのでな、私一人ではなんとも」

 伯爵ともなれば、平民であるおじさんとは雲泥の差の身分を持っている。それなのにこのように気を遣うという事は、どういう事であろうか。それほどまでに二人の結束は強いのだろうか。それとも、それなりの事情なのだろうか。やはり、ここは少し追求せねばなるまい。

「そういう事ですか。では、せめて、おじさんに許可を取るくらいは、お願いしてもいいでしょうか。おばさんの気持ちだけは、汲んでくれると嬉しいです」

「お父様、私からもお願いします! 詳しい事情は存じませんが、そのおばさまという方もお困りなのではないでしょうか」

「む、むぅ……保証はできぬが、明日、確認を取ってみよう。どのみち、後数日の事なのでな」

 後数日? 後数日とは、どういう事だ。日付が問題なのか、何かの作業を行っているのか、はたまたその両方か。今この場でこのように思わせぶりな事を言う以上は、そこに何かしらの意味がある

のかもしれない。もちろん、酔った勢いでうっかり、という事も考えられるが。とにかく、これは大きなヒントだった。

「それでは、明日、おじさんに確認を取ってくれるという事で、約束ですからね? 後、もちろんおばさんにはまだ内緒にしておきますので、それはご安心ください。まず私がおじさんから話を聴いて、その真相によって、おばさんに話すべきかどうか、判断しますので。それでは、この話題はこれで収めましょうか。エルザちゃんが付いて行けなくなっては、申し訳ありませんから」

「そうだな。そうしてくれると、ありがたい」

 こうして重要な進展を確約したエルリッヒと、大切な秘密の扉を一つ開けてしまった伯爵は、他愛のない会話による、探り合いのない楽しい夕食を再開させた。

 さあ、明日は大きな節目の日となるぞ。



〜つづく〜

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