チャプター23
~王城・玉座の間~
「娘よ、やるからには手加減は出来んぞ?」
「構いませんよ。模擬剣なら、当たっても大したダメージにはならないですよね?」
用意された模擬剣を手に取る。木でできた剣に、薄い金属や革を張って、金属のような見た目にしているらしい。持った感触は非常に軽く、実戦どころか練習にも使えそうになかったが、子供の鍛錬や儀式に用いるのにはよさそうだ。
「大きい事を言いよる。エルザよ、そなたの友かも知れぬが、多少の無礼は許せよ? 何せこの場は陛下がお膳立てして下さったのだからな」
「お父様もエルリッヒさんも、無茶はなさらないでください」
ハラハラとはこういう時の気持ちを言うのだろう。そんな事を自己分析しながらも、二人の無事を願って止まないエルザ。両の手を固く握り、必死に祈る。
そんな様子を目の前で見せられると、沸き立つ気持ちが少しばかり萎えてしまうのだが、それならばと、少しでも早く片をつければいいのではないか、とも思った。
果たして、伯爵の心中はいかばかりだろうか。顔立ちはいかめしいが、その表情には、いくらかの興奮が見て取れる。恐らく、エルリッヒの戦闘能力が高いと知って、遠慮はいらないと感づいたのだろう。娘相手に戦う騎士としての恥はどこへやら、そこにいたのは、一人の純粋な戦士だった。
「ふむ、二人とも、準備はよいようだな。念のために訊くが、本当に、プロテクターなどは付けずともよいのだな?」
「着慣れない鎧を着て動きが鈍るより、このまま戦わせてください」
「この娘がこう申しておるのです、同じ条件で戦ってこそ、お互い納得がいくという物でしょう。私も、ハンディを付けるという事が、相手に対する無礼になるという事を、改めて思い知らされました。いつでも、構いませぬ」
二人は、距離を取り剣を構える。伯爵の構えは恐らく、王宮伝来の剣術。対するエルリッヒは、我流どころではない、「それらしい」だけの構え。王宮内の修練場でもないこんな場所で、観客と審判が一人いるだけの場所で行われる決闘。なんと奇妙な事か。
いや、扉の向こうで事の成り行きを覗き見していた親衛隊の面々が、今にも扉を押し割らんとしているのが、気配で伝わってくる。これは、もしかしたら見てもらう方が盛り上がるのではないだろうか。そんな考えがよぎった。
「あのー! 扉の向こうの人たち、こっちに来たらどうですか? 王様、親衛隊の皆さん、この試合を見たがっているんですけど、入れてあげてもいいですよね?」
「う、うむ、そうだな、騎士としての戦い方に、何か学ぶ事もあるやもしれぬしな。そこの者ら、気になるようであれば入ってくるがよい! そして多くを学ぶのだ!」
王の叫びに、堰を切ったように騎士達がなだれ込む。青い鎧がぶつかり合う、無骨な音とともに、一気に賑やかになった。
王はその様子を見ながら、満足げな表情を一瞬だけ見せると、すぐさま威厳ある表情を作った。そしてこう伝えた。
「そなた達、何者もこの戦いに手出し口出しは無用だ、よいな? 知っての通り、竜騎将軍ルーヴェンライヒ伯爵は並の騎士ではない。その伯爵がどのように戦うのかを、しかと学ぶのだ。そして、そこな娘、エルリッヒの事は、幾人かは知っておろう。かの剣聖、ツァイネの友人であり、あやつも認める実力者だ。こちらもまた、学ぶ事は多かろう。尤も、この細腕のどこにあやつの言うような力があるのか、想像もつかぬし、まるでそのような実力者には、見えぬがな」
この言葉には、軽い笑いが起こる。なんとなくバカにされているようで、それが気に食わなかった。この際、思い切り力を誇示するのがいいのではないだろうか。そんな気すらしてくる。
いずれにしろ、このような程度の武器では、あまり活発には動けない。あの超重量のフライパンを振るってこそ、実力が発揮されるのだから。少なくとも、エルリッヒ本人は、そう自認していた。
思わぬ観客の追加に、伯爵も少し拍子抜けしたようだったが、それが妙な緊張をほぐすのに一役買ったようだ。先ほどよりも、肩の力が抜けている。
「それじゃあ伯爵様、仕切り直しとして、今度こそ始めましょうか」
「そうだな。じゃあエルザよ、父か友、どちらが勝つか、しかと見届けよ」
再び、場には緊張が走った。親衛隊員も、先ほどまではやいのやいのと言っていたが、今は再び押し黙っている。この緊張下で口を開ける者は、誰一人いなかった。
「始め!」
開始の合図とともに、高くあげられた王の右腕が、勢いよく振り下ろされた。
「!」
「!」
二人は、まるで示し合わせたかのように飛び退り、間合いを取る。この玉座の間は、城内にいくつか存在する広間よりは狭いが、それでも十分に広い。間合いを取るには十分だった。しかし、意外と部屋を広く使うと感じた親衛隊員は、邪魔にならないようにと部屋の隅に避難した。
一方の観客であるエルザは、動じる事なく玉座に座っている王の隣に立ち、その様はまるで王女のようだった。
「伯爵様、どこからでもどうぞ? 諸国漫遊で培った護身術、お見せしますから!」
快活に叫び、伯爵の先手を促すその声はとても明るい。戦いが好き、というよりは、体を動かすのが好きなのだ。そして、自分が先手を切っては、加減次第ではすぐに試合が終わってしまう。少しでも楽しむために、まずは伯爵から攻めて来てもらう必要があった。
「その油断、命取りになるぞ? 私も、のうのうと伯爵家に生まれ、年を重ねただけで今の地位にいるわけではないのだからな。娘が、エルザが心配していたように、人を手にかけた事はないが、盗賊団の壊滅に魔物の討伐、若かりし頃は、北部でドラゴンと相対した事もある。降参するなら、今のうちだ」
ドラゴン。まさか、こんな所でドラゴンと戦った事のある男と出会えるとは。それが、あのドラゴンなのか、その身内なのかは分からないが、とにかく、これで遠慮しなければという気持ちが、少しばかり少なくなった。同胞殺しの王女が抱く感情ではないのかも知れないが、相手は、ともすれば同胞を手にかけたかも知れない男。
「ドラゴンと戦ったなんて、すごい経歴ですね! その時はどこまで行ったんですか?」
「それを知ってどうする? 怖じ気づくかも知れんぞ? ツァイネの知り合いと聴いて、あやつが去年竜退治をした、という武勇伝を思い出したわ。あの時戦ったドラゴンがあやつの退治したドラゴンの仲間なのかは知らぬが、竜騎兵という名も、伊達ではないのだ」
それはつまり、当時どこぞのドラゴンと戦い、勝った、という事なのだろうか。もしかすると、あの緑の鎧は、その時のドラゴンから得た素材から作られているのかも知れない。そうでないにしろ、その時のドラゴンをモチーフにしているのかも知れない。とすれば、倒されたかも知れないのは、同じ雌のドラゴンだ。
「いかんいかん、冷静にならなければ。今私は浮気調査でここに来ているんだ。それを忘れちゃダメだ。エルザちゃんのためにも。いや、おばさんのためにも。伯爵様が勝ったのかどうかは分からないけれど、今は関係ないよね」
「何を言っている? さあ、陛下をこれ以上お待たせするわけにはいかぬ。参るぞ!」
思い切りよく、右足で踏み込んできた。その速度はエルリッヒの眼力を持って戸惑ってしまうほどの速度だった。
(速い!)
読み切れない速さであるかどうかよりも、予想していた速さを越えていた事が何よりも驚きだった。
慌てて剣を構え、振り下ろされる一撃を受け止める。手に走る鈍い痛みと重さは、本当に年頃の娘を持つ中年男性のそれなのかと疑いたくなるほどで、ついつい歯を食いしばってしまう。
「くっ!」
「これを受け止めた事はほめてやるが、所詮は小娘だな。平民が娘に近付くような真似は、これきりにする事だ!」
まるで叩き斬るかのような斬撃が、エルリッヒを派手に吹き飛ばす。予想したほどの勢いにならなかったのか、伯爵は小さく舌打ちをしたが、エルリッヒにしてみれば、驚きの連続だった。
ゲートムントやツァイネの強さは目の当たりにしていたが、まだこれほどの使い手がいようとは。これでは、ドラゴンと戦ったというのも頷ける。
だが、ここでひるむようなエルリッヒではない。反撃に打って出るのだ。
「私は、エルザちゃんの友達だ! いくら父親だからって、健全な交友関係には、口出ししないで下さい!」
強い想いを力に乗せて、今度はエルリッヒが踏み込んだ。刹那、伯爵の顔色が変わった。こちらも、エルリッヒの事を小娘と侮っていたのだ。
「こ、こやつ!」
額から一筋垂れた冷や汗を、エルリッヒは見逃さなかった。
〜つづく〜




