チャプター22
〜王城・玉座の間〜
「陛下とのお召しと聞いて参上してみればエルザ、なぜお前がここに!」
扉の向こうから現れたルーヴェンライヒ伯爵は、王の前という事もあり畏まった態度で入って来たが、王に一礼するとすぐさまエルザの腕を掴んだ。
ツァイネの身につけている青い鎧とも違う、真っ赤なマントの付いた薄緑色の鎧に身を包み、豊かな口ひげを蓄えたその姿は、まさに貴族、まさに将軍と言った風貌であった。腰に下げられている剣も、とても精巧な造りの鞘に納められていて、いかにも名剣と言った趣を醸し出している。
何より、薄緑色というのは雌の竜の体色であり、エルリッヒにはそれがとても好感触だった。
一方のエルザは、怒られるのではと怯えている。それはそうだろう。わざわざこのような所にまで押し掛け、王の手を煩わせたのだから。
いくら王自らが「暇つぶし」や「気分転換」などと言ってフォローしても、相手が「本心ではない」と受け止めてしまえば、それまでなのだ。
恐らく、多くの家臣は「陛下はお優しいから、そのように仰ってかばって下さっているのに違いない」と受け止めるだろう。これは、止めようのない事だった。
「お父様……」
「ん? それに、貴様、貴様は何者だ? 娘をそそのかしたのは貴様か? 見れば平民のようだが……陛下、なぜこのような者を玉座の間にお通しになったのです」
「ひ、ひどい言われようだわ……」
事情を知らなければこのように思われるのも無理はない。見知らぬ平民の娘が、何事かあり伯爵である自らの娘をそそのかし、あまつさえ国王の手を煩わせた。これはともすると不敬では済まない。
エルザと王が見せた、それぞれの好奇心がエルリッヒの後ろ盾なので、決して全面的に非があるわけではないのだが、概ね伯爵の考えている事から外れていないので、あまり大きな声では反論できない。
「ルーヴェンライヒ伯よ、あまりまくしたてるでない。事情はどうあれ、この場にそなたを呼びつけたのはこの私ぞ。それに、この娘はツァイネの友人である。どこの馬の骨とも分からぬ娘と呼ぶには、ちと身元が保証されすぎているとは、思わんか?」
せめて竜の骨だろう、という余計な事を考えながら、事の成り行きを見守る。自分の事でありながらも、自分がなかなか関与できない所で話は進んでいた。したり顔でツァイネの名を出した王に、伯爵は驚きを隠せないでいる。ツァイネの威光はこんなところにまで通じるのかと、エルリッヒの方がむしろ驚いているのだが、そんな事は顔には出さない。ここで、伯爵の方が驚いているように感じさせなければ、交渉では負けてしまう。
(確かに同じ騎士だけど、伯爵様がここまで驚くなんて、使わない手はないわ)
その確信を後押しするように、王が言い放った。
「ツァイネはその職を辞したと言え、かつてこの親衛隊にいた男。能力と身元、それに国と王家への忠誠の全てを兼ね備えていたものであり、かの青い鎧は竜騎兵の羨望でもある、そうだな?」
「は、はい。ですが……野に下った者の友人というだけでは……」
そういえば、先ほども似たようなやり取りがあった。恐らく、城内で何かしようと思えば、毎度同じ事を繰り返すハメになるのだろう。できれば、お墨付きが欲しい。
「野に下ったのは事実かも知れないが、王からの信頼が変わらぬ証として、あの鎧を授けておるのだ。そして、竜騎兵の旅団長たるそなたなら、ツァイネの人物と実力は、百も承知であろう。それに、この者、エルリッヒは以前より顔を見知っておるのだ、文句はあるまい」
かたくなな伯爵の態度に、少し困ったように言葉を続けた。
「そなた、よもやこの私の知人を馬の骨と言うつもりはあるまいな?」
「い、いえ、そのような事は。滅相もない事にございます。ただ、事情も素性も分かりませぬ故ついこのような態度を」
少し強く出た王の態度に、焦る伯爵の剣が揺れた。刹那、鞘にはめ込まれた深紅の宝石がキラリと光った。
そして、それを見ていた王の瞳もまた、似たような光を見せた。
「そうじゃ! そなたこの者と一試合してはどうか? 強いと聞いておるぞ?」
「は。試合、でございますか? いくらなんでもそのような。仮にも私は一旅団を預かる身、与えられている立場と武具に恥じぬだけの力を持てるよう鍛錬を続けております。仮にも市井の娘と手合わせをしたと知られれば末代までの恥。どうかそれだけはご容赦下さいますよう……」
伯爵は冗談じゃないと言った様子で辞退を申し出る。当然、そばにいるエルザは驚きを禁じ得ず、心配そうな面持ちになる。それはそうだろう。将軍にまでなり、旅団と言う大規模な騎士を率いる立場だ。相応の実力と実績がなければならない。一介の小娘でしかないエルリッヒの身を案じるのは、むしろ当然だろう。当のエルリッヒは、驚き困惑こそすれ、怪我の心配などは一切していなかった。むしろ、怪我をさせないように立ち回るにはどうしたらいいかを、必死に考えていた。
「ふむ、そなた嫌と申すか。エルリッヒは相当の実力者だと、耳に入っておったのだがな」
「かような小娘が実力者ですと? そのような話、にわかには信じがたいですな。それに、女子供をいたぶる趣味も持ち合わせてはおりませぬ。陛下、私の騎士としての名誉や体面も、お考え下さい」
「あの」
思わず、エルリッヒが口を挟んでしまう。伯爵の言葉に、何やら納得できない、許しがたい物を感じた。
エルザの父親だからと気を遣っていたが、それには限界がある。そして、それは意外と低い所にあった。
「お言葉ですが伯爵様、私こう見えても国外からの移住者です。危険な目には色々遭って来ていますし、野盗や魔物を退ける術も身につけています。それに、私の職業、ご存知ですか? 私、食堂の主をしているんです。毎日毎日、その腰の宝剣よりも重たいフライパンや鍋を振るっているんですから。並の男の人には、負けないつもりですけど? 何より、王様が用意した場での果たし合いなら、どんな結果でも恥にはならないと思いますし、これを野試合と見るのなら、勝敗や騎士としての面目には、影響ないとも思いますよ?」
言葉巧みに伯爵を刺激する。自分は強い相手だ、この場での勝ち負けは騎士道に響かない。そうして、試合をすると言う、一瞬の戸惑いの向こうに存在した楽しみを引き寄せようとしていた。
事実、この国には存在しないようだが、他国には女性騎士もいた。実力と心根と素性、求められる要素はどこの国の騎士も変わらないが、性別を問わない国もあるのだ。男だからと無条件に上手に立っているというのがどれほどの思い上がりか、それを時々教え込み、世の女性に啓蒙したくなる。
これも、ある意味では新しい王女としての振る舞いなのかもしれなかった。
「という事だそうだ。まだ、嫌と申すか? そなたがここで勝てば、私はこの物らを城から帰そう。もし、エルリッヒが勝てば、二人の話を聴いてやる事だ。悪い条件ではあるまい」
「……陛下のご提案とあらば、致し方ありませぬ。誰か! 模擬剣を二振り持ってくるように! それと、訓練用の鎧を一着!」
気遣いからか、そのような指示を出しながらも伯爵は自らの鎧を脱ぎ始めた。ハンディのつもりか、余裕のつもりか。しかし、エルリッヒはこれを制す。ハンディなど、いらない。
「鎧はいりません。伯爵様が鎧を脱いでくださったんです、それで平等です。王様、どうせなら、より平等な試合にしたくはありませんか?」
挑戦的なその瞳が、キラリと光った。
「う、うむ……」
王はただ、そう答える事しか出来なかった。いい知れぬ威圧感に、額から一筋の汗が流れ落ちる。
〜つづく〜




