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チャプター21

〜王城 玉座の間〜



「ふむ、そういう事か。あい分かった」

 玉座の間に通されたエルリッヒ達は、一応とばかりに人払いを頼むと、王を交えた三人で、事情の説明を行った。

 立場が違いすぎる、多忙な国王に対してなんて話をしているんだと思いつつも、せっかくの機会だ、活かさなくてどうする。という心持ちだった。

 エルザが緊張のあまり何も話せないでいたため、説明は全てエルリッヒが行った。二度ほど会って、慣れていたせいもあれば、元来の性格もあるのだろう。この国の貴族社会、もっと言ってしまうと、生まれた時からこの国の住人だったわけではない事が、大きく作用したのだろう。

 扉の向こうで、大臣や親衛隊員が耳をそばだてているのかもしれないと思うと、少し楽しくなってくる。

「王様ともあろう方にこんなお話をして、恐縮です」

「いや、気に病む事はない。政の話や軍議ばかりでは、こちらも飽きてしまうのでな。かと言って、国王自ら市井に出て話を聞くわけにも行かぬ故、とても興味深く聞いておった所だ。浮気の調査をしておったらルーヴェンライヒの家まで辿り着いたとは、面白き事よ」

 王は、庶民のもめ事に興味津々らしい。貴族社会とはまるで違う価値観が新鮮なのだろう。嫌な顔一つせず、それどころか気になって仕方ないと言った様子で聴いてくれている。ありがたい事なのだが、やはりどこか違和感を覚える。

「してエルリッヒよ、そなたはその家具職人ゲオルグの浮気、どう思うておるのだ? 疑うておるのか、信じておるのか」

「……信じてます。ゲオルグおじさんは、国外から来た私にとってはこの国での父親みたいな存在なんです。そんな人を、疑えるわけないじゃないですか。それに、こないだ会った時も、全然やましい事を隠している風じゃなかったんです。きっと、何か理由があるんです。そりゃあ、おばさんの女の勘も、信じてあげたいですけど……」

 心の内を射抜くような質問に、迷う事なく答えて行く。だが、おばさんの心情を考えると、少しばかり言葉が詰まってしまう。二人共を信じる事は、なかなか難しい。

「ふむ、そなたの心情あい分かった。ゲオルグの身の潔白が証明されれば、おばさんとやらの気も晴れよう。それが一番の決着なのであろうな。私に出来る事は多くはないが、どれ、せっかくここへ来たのだ、その要件は果たさせてもらおうではないか。これ、大臣! 大臣はおるか!」

 玉座に座したままだというのに、大臣を呼ぶ王の声はよく通った。これが、王の器か。大袈裟かも知れないが、大きな声で扉の向こうの大臣を呼ぶその姿に、エルリッヒは王の何たるかを見た。

「はい、なんでございましょう陛下」

「どうせ耳をそばだてておったのであろう? この娘の父、ルーヴェンライヒ伯爵をこれへ」

 まるで待ち構えていたかのようなタイミングで現れた大臣は、いよいよ出番かと玉座の前までやってくる。何用かと思えば伯爵の召還。しかし、それこそ大臣らしい役割ではないか。文句も言わず一礼すると、大臣はすぐさま引き返して行った。

 そんな様子を見ていたエルリッヒは、大臣の顔に見覚えがある事を思い出した。向こうが覚えていたかどうかは分からないが。

「あ、あの、陛下……」

 大臣が出て行き、親衛隊員によって再び扉が閉められると、ようやく、そして久しぶりにエルザが口を開いた。王の御前だからと緊張して言葉が出なかったというからには、何かしらとても気になる事があるのだろう。

「ん、なんだ? 確かそなたはエルザと申したか。ルーヴェンライヒ伯の息女という事は、十年ほど前に舞踏会で会うておるが、覚えてはおらぬか?」

「えっと、も、申し訳ありません! 幼かったものですから!」

 さすがに不敬ではないかと、大きなアクションで頭を下げるも、王は目を細め、優しく笑った。

 小さい頃の事まで覚えていないのは無理もないと、理解を示す。エルリッヒがかつて過ごして来た国には、同じ場面でエルザを処刑していたかもしれないような王の治める国もあったため、本当に素晴らしい王に思えた。

 もっとも、さすがにそのような恐怖政治を敷いた王は、その後に革命によって自らが処刑されていたが、平民として、それも国外からの流れ者として生活していたエルリッヒには、仔細までは与り知らぬ事だったが。

「気にせずよともよい。今こうして会うておる事だけは、忘れぬで欲しいがな。して、何か訊きたいことがあるのであろう? 遠慮はいらぬ、申してみよ」

「は、はい。あの、父は、この国で、伯爵としてどのようなお役目を頂いているのでしょうか」

 おどおどとした様子からは、やはり緊張が解けていないのだと感じさせる。それでも、スカートの裾を必死に掴みながら投げかけた質問からは、エルザの抱える、父の仕事に対する強い想いが伝わって来た。

 父であるルーヴェンライヒ伯爵は一体何をしているのだろう。

「なんと! そのような事であったか! あやつめ、娘には教えておらなんだか。エルザよ、そなたの父は我が国では最大級の旅団、竜騎兵を従える将軍の職を担っておるのだよ」

「将軍? お父様は……父は騎士なのですか?」

 初めて知った父の仕事。それに少なからず動揺を隠せない様子のエルザ。騎士として、一つの旅団を率いる立場というのが、そんなに驚く事なのだろうか。竜騎兵と言う称号から来るひいき心を除いても、エルリッヒには理解が出来なかった。

 そもそも、貴族というのはすべからく政治家か騎士であるはずだ。そこまでの身分を問われない下級兵士とは違い、騎士団という大きな組織の中でそれなりの地位に就く人間は、それ相応の身分でなければならない。

 王族と血縁関係にある公爵家が軍属になる時というのは、名ばかりの団長が多い。その点、伯爵家であれば、旅団長という立場を預かるのにはふさわしい爵位だ。驚く事が、理解できなかった。

 わなわなと足を振るわせているエルザに、エルリッヒは部屋の端に置いてあった椅子を持ってくると、それを勧めて座らせた。

「すみません、エルリッヒさん」

「いえいえ、都合良く椅子があって助かりました。でもエルザちゃん、なんでそんなに驚くんですか?」

「うむ、王の身から言うのも手前味噌だが、竜騎兵を率いる旅団長というのは、非常に名誉ある職務であるぞ? 驚く事も悲しむ事もない。父の仕事に胸を張れば良いのだ」

 王自らの後押しで、少しだけ表情に落ち着きが見られたが、動揺の理由までは分からない。やはり、それは教えてもらいたい。果たして、話してくれるような内容なのだろうか。

「エルザよ、差し支えがなければ教えてはくれぬか? そなたがなぜ、そのような顔をしたのか。人心をつかめぬとあれば、王として恥じねばならず、詫びねばならぬ。まずはその理由を教えてくれ」

「……はい」

 額に汗を浮かべたエルザが、ゆっくりと口を開いた。表情はまだ堅さや緊張、それに動揺が勝るような感じではあったが、これなら大丈夫だろうとエルリッヒは思った。数時間前に知り合った間柄だが、その辺りは、伊達に長く生きていない。

「恐れながら……騎士のお仕事は、人殺しです! いえ、正確には、人も殺さなければならないお仕事です。わたくしは、貴族として、高い身分と何不自由のない暮らしを与えられて参りました。その裏側にあるのが、父のそのようなお仕事というのは、わたくしの心情では、やり切れないのです……」

「エルザちゃん……」

「なるほど、そのような事情、いやさ気持ちからであったか。やはり、臣民から直接言葉を聴くというのは、大切であるな。だがエルザよ、案ずる事はない。私の騎士達は人殺しはせぬよ。よほどの事がない限りはな。命は大切にせねばならぬ。罪人の処刑も、極力行いたくはないのだ」

 王の言葉には、温かさがあった。それを感じ取る事ができたのなら、エルザも恐らくは安心するだろう。

「そっか、まだ魔王時代の繋がりが残ってるんだ……」

「ん? エルリッヒよそなた、その事を何故。そうだ、そなたの考えた通りだ。かの魔王が暗躍していた時代、人間社会自体は平和であったと聞く。それまでの争いを全てやめ、手を携えて戦わなければ、魔物共に対抗できなかった。そして、そのような時代が長く続いた結果、人々は国家間の争いを忘れて行った。魔王が倒され百年が経った今でも、それが続いていると言うわけだ。かつてであれば、他国を侵略し、他国に攻め入られた時の守りとして、騎士団の面々は多くの血を流していたかも知れぬがな」

「じゃあ、お父様は人殺しではないのですね?」

 この事に、ぱっと表情が変わる。やはり、命のやり取りをしているかどうかというのは大きいのだろう。思えば、エルリッヒも同族殺しまでは経験しても、人間の命を奪った事はなかった。人間として暮らすと決めた以上、その倫理観に従って生きて来ているだけなのだが、その一方で、これはとても大切な事だった。

「最も、野盗退治で怪我をしたりさせたり、魔王がいた頃より弱体化しているとはいえ、魔物相手に苦戦する事は、あるがな」

「いえ、それは、仕方のない事ですから……」

「よかったですね、エルザちゃん」

 少女の明るい笑顔というのは、本当に眩しい。思わず王も目を細めていたその時だった。固く閉ざされたドアの向こうから、大臣の声が響いた。

「ルーヴェンライヒ伯爵、お召しにより、お成〜り〜!」

 扉越しに響くその声は、十分な声量を持って三人の耳に届いた。扉一つ隔てているとは言え、さほどの距離ではないのだから、聴こえない方がおかしいのだ。これもまた、一つの儀礼だった。

 人間の王宮や貴族社会というものは、とかくこのようなしきたりが多い。自由奔放な竜の王族と、はえらい違いだ。エルリッヒはそう実感する。

 かつて本で読んだ世界が目の前で繰り広げられている事に、つい興奮してしまう。

「うむ、通せ!」

 王が叫ぶと、扉が重々しく開いて行く。さあ、ルーヴェンライヒ伯爵との対面だ。




〜つづく〜

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