チャプター19
〜王城 正門前〜
国民誰もの畏敬を集める王城。そのの正門前には、堀をまたぐように跳ね橋が架けられており、敵国や魔物が攻めて来た時に城を守れるようになっている。そして、跳ね橋を渡ってすぐ、城門の脇には、鎧を着て槍を手にした門番が二人、左右それぞれに立っている。
この日もいつもと同じように、門番の二人は城にやってくる人間が不審者でないかどうかを確認するため、じっと立っていた。
正直、城に用があるのは身分の知れた貴族や神官といった官吏か、宿舎の外で暮らす兵士くらいなもので、閑職と言っても差し支えないほど、暇だった。
「ふわぁ、相変わらず暇だ……」
「ぼやくなよ。暇なのは平和な証拠だろ? っとと、お客さんか?」
右側の兵士が、近付いてくる馬車の音に気付いた。視線を向けると、四頭立ての豪奢な馬車だった。庶民であれば、馬車を使ってもそれを引く馬は一頭。少しお金のある商人なら、二頭の馬に引かせて、というのが専らだ。それ以上となると、貴族か大富豪以外にはほぼありえない。六頭立てともなると、さすがに急いでいる時くらいなので、四頭立て馬車は貴族か富豪が乗るのには妥当だった。当然、客車も豪華で、お金に糸目を付けないどこかのお金持ちが城に用でもあるんだろう、くらいに二人は思った。
「さ、久しぶりの仕事だ」
「だな」
顔見知りの貴族や聖職者なら、そのまま通す。顔見知りであるかないかに関わらず、その来訪目的を問う。そして、その目的が不純な物なら追い返し、判断を仰がなければならない物なら、担当の役人に指示を任せる。しかし、それが庶民であるのなら、問答無用で来訪目的を訊き、入城許可の判断を仰がねばならない。
「お、出てくるぞ」
「どこのどいつだ?」
馬車から出てくる人物に、二人の注目が集まった。
「さて、到着です!」
のんびりとした声で馬車から降り立ったのは、空色のドレスに身を包んだ栗色の髪をした淑女と、若葉色のドレスに身を包んだ赤毛の淑女だった。
「ん〜! 疲れた!」
大人しそうな淑女と、快活そうな淑女らしい。
「全く、展開が唐突すぎですよ。いきなりお城に行きましょうと言って、私共々着替えちゃって、この豪華な馬車に乗って、一気にお城なんだもん」
「まあまあ。でも、そのお陰でエルリッヒさんの事を色々聞けましたよ? この街に来る事になった、素敵なお話を」
馬車の中では、色々な話をした。主にはエルリッヒの話で、これまでの来歴や普段の生活、交友関係などを色々と尋ねられた。恐らく、同年代の友人が少ないのだろう。そう考えると、何不自由ないように思える貴族の暮らしも、思った以上に窮屈なのかも知れない。
「す、素敵な話とかやめてください。照れるじゃないですか。それより、いきなり行って中入れてくれるんですか? いくらエルザちゃんが貴族の娘だからって」
「当たって砕けろ、です!」
エルザの主張する根拠のない自信に支えられ、二人は橋を渡った。当然、門番に止められる。
「そなた達、どこの何者だ? 何用で城に参った」
決められた文句を一字一句言う様は、そのお固い言葉と相まって、どこか滑稽だ。何しろ、若い娘を相手にするとあって、二人とも表情はまるで威厳のない、穏やかな物になっていたのだから。
「わたくしはルーヴェンライヒ伯爵が娘、エルザマリアです。父に所用があって参りました。どうぞお通し下さい」
「という訳なので、なんとかなりませんか?」
堂々とした振る舞いのエルザと、どこか申し訳なさそうなエルリッヒ。その対比が、兵士達にはとても面白かった。
規則の都合上、判断を仰がねばならないのが心苦しいが、本心で言えば、このまま通してしまいたいところだった。
「あー、ちょっと待ってくれ。通してやりたいのはやまやまなんだけどな、素性の確認も含めて、ルールだから確認取ってこなきゃならないんだよ。ごめんな」
まるで近所のお兄さんのような態度で接してくる。その気さくな振る舞いは、兵士と言うお固い存在や、鎧と槍の醸し出す怖いイメージを払拭するのには十分だった。戦って勝てるかどうかではない、イメージというものは、考える以上に大きいのだ。
「ほら心配した通りだったじゃないですか。いくらエルザちゃんが伯爵家の娘だからって、証拠もなしに名乗ったって、通してくれるわけじゃないんですよ?」
「でもでも、虎穴に入らずんば虎子を得ずと言いますから」
かつて、何度か城に赴いた事のあるエルリッヒは、ここでの検問制度を知っている。だからこそ、事前に忠告をしたのだ。あの時は元親衛隊のツァイネがいたために、顔パス同然で入城する事が出来た。が、今は違う。今のエルザは、ルーヴェンライヒ伯爵家の人間であるという証拠すら持ち合わせていない状態で、こうして乗り込んでいるのだ。これがどれだけ無謀かは、少し考えれば分かる事だった。
それでも尚、今こうしているのは、ひとえにエルリッヒが押し切られたからに他ならない。ハインツも、エルザ自身が強く望めば、それを制する事は出来ず、せめて少しでもいい馬車を手配する、という事だけが唯一の贈り物だった。
「虎の穴に入って、気の立った親虎がいたようなものですよ? これがドラゴンじゃなかったからいいようなものの……」
大きなため息と共に、右手で顔を覆う。やはり、貴族の娘はどこかずれている。
「エ、エルリッヒさん、そんな事を言っても、動かなければ自体は動かないんですよ? だから、わたくしこれまで何件ものお見合いを断って参りましたし、わざわざ国外から香水を取り寄せましたし、エルリッヒさんともお友達になれたんです」
自慢の行動力は、伊達ではない。そう言いたいらしい。これが城の規則にまで通じるくらいなら、苦労はいらないのだが。
「ん? 今、エルリッヒと言わなかったか?」
「はい、言いましたけど、それが何か」
二人のやり取りを見ていた二人のうち、左側の兵士が何かに気付いたらしく、エルリッヒに話しかけて来た。城内に入城許可の確認を行くのではなかったのか。
話しかけて来た事情は知らない。怪訝な瞳のまま、応対する。もしかしたら、あの時自分を連行した兵士の一人なのだろうか。殺気もなく、気配も微弱なため、そこまでの判別が出来ない。
「お前、この子の事知ってんの?」
「ああ。知ってるも何も、あのツァイネさんの想い……友達だよ。陛下とも直接話をした事があるらしい」
なんという事か、ツァイネの知り合いだったのか。ツァイネはこの国の元親衛隊員。当然、騎士団全体に顔が利く。こういう事があっても不思議ではないが、それでも不思議な縁を感じずにはいられなかった。そして、この兵士は今、「想い人」と言いかけて、それを訂正した。ばかばかしい、と心の中で小さく毒づく。私があの二人の気持ちに気付いていないとでも思っているのか。わざわざ「友達」と言い直す意味なんか、何もないのに。
少し遠い距離からそんな事を思いつつも、これはまたとない好機だ、活かさねばならない。必死に頭を巡らせた。
「ねえ、そこまで知ってるんだったら、通してくれてもいいんじゃないかな。その通り、私はツァイネの友達だから、それなりの素性は保証されてる。王様と話をした事があるのも本当。あなたの情報が、その証拠。私が勝手に言ってるんじゃない。それなら、いいんじゃないの? お城に勤める人間は、素性も、身の潔白も、言葉の潔白も、保証されて然るべきでしょう?」
よくもまあここまでするすると言葉が出てくる物だ。自分でも感心しつつ、少しでも隙を与えないようにと、必死に言葉を繰った。この手の話は、強引でも通してしまった者の勝ちだ。
「う、うぅむ……」
「それに!」
本当に通していいものかどうか、逡巡する様子を見せる兵士に、尚もまくしたてる。ここまで来たら、駄目押しだ。
「中に入れば貴族の人もたくさんいるんでしょう? 誰かはエルザちゃんの身分を証明してくれるよね? 当然、ツァイネ達と南に行った時に出会った兵士の誰かとも再会するかも知れない。ね? 身元は十分!」
「おいおい、悩む事じゃないだろう。規則に従うか、女の子の願いを叶えるか。ホントに素性が怪しきゃ別だろうけど、その辺は大丈夫なんだし」
「ううむ、そうだよなぁ。もしここで追い返しでもしたら、ツァイネさんも怖いだろうしなぁ。よし、じゃあ通っていいぞ! ただし、あんまり目立つ事はしないように。それから、伯爵様も忙しいかも知れないから、手短にな」
「わぁ! ありがとうございます! エルリッヒさん、やりました!」
諸手を上げて喜ぶエルザ。とりあえずのところは、せっかくこのために着替えたのだから、無駄にならずに済んでよかった。エルリッヒはそう結論づけたのだった。
(なんか、結局は私の人脈が効いたんだよね、コレ)
苦笑いの浮かぶ、エルリッヒなのであった。
〜つづく〜




