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チャプター13

〜エンゲルガルテン大通り〜



 朝食を終えた三人は、それぞれの行動を開始した。おばさんは今日も「竜の紅玉亭」の切り盛りを、フォルクローレはアトリエに帰宅、そして、エルリッヒはそのフォルクローレに付き添い、フォルクローレのアトリエに向かっていた。

 おじさんの勤める工房が近い事もあり、一緒に戻る事にしたのだ。浮気調査二日目である。

 エンゲルガルテン大通りは、コッペパン通りから職人通りに向かう道中の大通りだ。この通りはその名の通り「エンゲルガルテン」天使の庭園と称される、大きな公園に面している。そのため、普段から散歩や公園での休息目的の人々が行き来しているのだが、それ以上に、街の外門から王城へと続く目抜き通りになっており、馬車の往来の激しい通りであった。

 今も、まだまだ朝だと言うのに、すれ違うのは馬車ばかり。

「いやー、それにしても美味しい朝ご飯でした」

「お褒めに預かり、光栄です。ま、伊達に本職じゃないよって事で。それに、普段サラダなんて食べないでしょ。たまには、おいしいお野菜をたくさん食べてほしかったからね」

 普段の乱れ切った食生活を案じての、野菜中心の朝食は、当のフォルクローレのみならず、おばさんにも好評だった。

 作った本人が美味しいと思ったのだから、自信はあったが、喜んでもらえる事は、何より嬉しい。

「言われてみると、普段パンが多いわ。食べながら調合できるから便利だし、手軽に作れるし、いいんだよね」

「パンかぁ。確かにパンは美味しいけど、やっぱりバランス良く食べなきゃだよ」

 焼きたてのパンがどれほど美味しいかは、百も承知だ。しかし、それをふまえても尚、パンばかりではダメだと言わなくてはならなかった。

 かつてリザードなどの小型竜などを中心とした、完全な肉食生活を送っていた事も棚に上げて。

「なんか、エルちゃんて、お母さんみたい」

「へ?」

 突然の事に、戸惑ってしまう。全身の血流が増大するのを感じながら、口を真一文字に結んで隣を歩くフォルクローレの顔を見た。

 屈託のない笑顔がそこにある。

「だってさ〜、あたしの生活を案じて色々言ってくれるじゃん? そういうの、やっぱり親みたいだよ。お母さ〜ん、またご飯作って〜!」

「げっ!」

 まるでじゃれる子犬のように、甘えた様子ですり寄ってくる。その様は若干鬱陶しくもあり、でも嬉しくもあり、とても邪険にはできなかった。

「ご飯ならいくらでも作ってあげるから、あんまりくっつかないでよね」

「え〜? いいじゃ〜ん。それとも、やだ? こういうスキンシップ。あたし、女の子の友達とは昔から平気だったんだけど」

 そう言いながら、腕を絡ませてますます距離を詰めてくる。そこから伝わる体温は、まるで彼女の心のようにとても温かかった。そして、その温かさは、エルリッヒの心の中にまでじんわりと伝わってくる。が、しかし、

「歩きにくい」

 歩きながらでは、いささか以上に歩きにくかった。今素っ気ない態度を取っているのは、それが理由である。事実、歩きにくいから離れてほしいとは言うものの、自分から払いのけたりはしない。

 内心ではこんなコミュニケーションを嬉しく思っているから、厄介なのだ。冷たくあしらいたいという事ではないし、先々自分より先に死んでしまう、というような事でもないが、今歩きにくいと感じている気持ちに素直に従えない事が、少しばかりもどかしかった。

 かといって、これ以上冷たく接する気にもなれないのだが。

「あ、歩きにくかった? ごめんごめん。悪気はないんだよ、悪気は」

「当たり前。歩くのを邪魔しようとしてこんな態度取られたんじゃ、さすがにわたしも怒るって。そうじゃないって分かってるから困ってたんじゃないのさ。それはそうと、おじさんがお屋敷に出入りしてるのって、なんだと思う? フォルちゃんなら、何か思い当たる事ない? 改めてになるけどさ」

 ようやくでフォルクローレに離れてもらい、並んで歩く格好に戻った。絡み付かれた腕が少し寒く感じるのは、決して気のせいではなく、心も少し寒くなったような気はするが、とりあえず歩きやすくなったし、強引ではあっても話題の軌道修正は適った。

「急に話をずらしてきたね。またご飯作ってくれるならまあいいけど。ん〜、あたしが思いつく限りじゃ、家具の発注しかないと思うんだけど。あそこの工房って、貴族のお屋敷にも特注家具を色々卸してるし、それなら直接話をしないとだから、ご用聞きに行く事は珍しくもないし。ただ、そこで向こうの奥様と……なんて言う事も、なくはないのかも……」

「ちょ、ちょっと。縁起でもない事言わないでよ。からかってるなら、ご飯作っても代金取るよ? おじさん、本当に身持ちが固いんだから」

 よく知る者だからこその、「信じたくない思い」がある。冷静に考えれば、そして客観的に見れば、事実と食い違う可能性だって十分にあるというのに。考えたくない、信じたくない、そういう思いではいけないのだ。

 たとえ、おばさんにとって残酷な事実だったとしても。

「はー、とりあえず、アトリエ着くまで考えるのやめるわ。気が滅入りそう」

「うん、それがいいと思うよ? こんなにいい天気なんだし、重たい事考えるのは……うっ! うぅっ!」

 突如、隣を歩いていたフォルクローレが苦しそうな表情に変わり、頭を抱えてうずくまった。

「フォ、フォルちゃん? ちょっと、大丈夫? ねえ!」

 慌てて歩みを止め、介抱しようとする。そんなエルリッヒの腕を掴むと、フォルクローレは眉根を潜めた辛そうな面持ちで、エルリッヒの瞳を見つめた。そして、

「ま、眩しい……」

「はぁ?」

 息も荒いままに、もう一言告げる。

「日差しが……あたしを貫く……」

「っ! そ、それって!」

 どう見ても辛そうなフォルクローレの告白に、エルリッヒは目を見開き、口をきゅっと結んだ形を作ると、大きな声で言い放った。

「それって、ただ不健康な生活してるだけじゃん!」

「そ、それはそうなんだけど……もう……だめ……」

 それほどまでに日差しが眩しいのか、夜も寝ないような生活や、昼夜逆転しているような生活をしていると、そんなに日差しという物が体に負担になるのか、エルリッヒにはとかく理解できなかったが、辛そうにしているのは目の前で起こっている事実だし、何より力尽きて倒れてしまった。

「もー! しっかり朝ご飯食べたじゃーん! なんで倒れるのさー!」

 地団駄を踏みたい気持ちを必死にこらえ、言葉だけで表すと、仕方ないかとばかりに石畳に横たわるフォルクローレを抱きかかえた。

 背丈のほとんど変わらない相手を背負うというのは、実のところ結構面倒だ。筋力の事を言えば、フォルクローレごとき決して重たくはないのだが、今の人間の姿では、身の丈が近いだけのやりづらさがあった。

「全く、世話かけるなぁ。これで私が人間の人並みの力だったら、とっくに見放してたよ!」

 その声は、すでに意識を失ったフォルクローレには届かない。気絶しているのか眠っているのかは、判別できなかったが。




〜職人通り フォルクローレのアトリエ〜


 エルリッヒは鍵を開け、ドアを押し開ける。

「よいしょっと」

 意識を失ったんだか眠ってしまったんだか分からないフォルクローレを背負い、そのままでフォルクローレが腰に提げている道具袋から鍵を探し出し、それを使ってロックを解除する。これのなんと面倒だった事か。

「全く、私の力じゃなかったらフォルちゃんを落っことしてる所だよ、もー」

 こうして運んでいる間も、安らかな寝息のまま目をさます事はなかった。やはり、日頃の不摂生と睡眠不足がたたっているのだろう。

「どうしたもんかなぁ」

 一瞬考えるが、やる事など一つしかない。そのまま階段を上がり、寝室に入ると、眠ったままのフォルクローレをベッドに転がした。

「よっと。さっきまで寝てたような気がしたんだけど、なんでこの子はまた寝てるのやら。錬金術ってのも、すごいのは分かるけど、なんだかなぁ」

 そうして今一度布団をかけてやると、まるで始めからそこで寝ていたかのように見える。

「ほんと、あんまり心配かけさせないでよね……」

 ため息一つ付くと、窓越しに空を見て、それから、下を見て、静かに寝息を立てるその頬に、優しく口づけをした。




〜つづく〜

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