チャプター11
〜夜 閉店後〜
夜の仕込みまでをおばさんに任せた「竜の紅玉亭」は、エルリッヒの登場を受けて大にぎわいだった。彼女が看板娘としての強い地位を築いている事が、まざまざと証明された瞬間だった。
そして、閉店後の今、夕食をとりながらの成果報告会をしていた。
「で、どうだったんだい?」
「んー、それがですね、おばさんが疑っちゃうのも無理ないのかなー、なんて。おじさん、朝会った時はやましい気配はなかったんだけど……」
そして昼に行動を尾行した事、エッセン通りの屋敷に消えた事、屋敷から出て来たおじさんから香水の香りがした事、全てを伝えた。
少し後味が悪くなりそうだったが、これも二人の仲を取り持つためだ、心を鬼にして報告をせねばなるまい。
「あの唐変木、やっぱり浮気してたんだね!」
「ま、待って! おばさん待って! まだそうと決まったわけじゃ。おじさん工房のマイスターだから、貴族やお金持ちの家に商談に行く事だってあるんだから、まだ疑わしいっていうだけだから。本当かどうk、これから確かめるんだから。とりあえず、今は事実だけ受け止めて。ね?」
まるで鍋の上の煮え立ったお湯のようにいきりたちそうなおばさんをなだめ、エルリッヒは少し困ったような表情を作った。どちらの味方になるつもりもないので、公平にありたいのだが、こんな反応が想像に難くないからこそ、あまり素直に報告するのは気が乗らなかったのだ。
「そ、そうだね。別に、あたしだって浮気しててほしいって訳じゃないしね。だけどさ、これからの調査もエルちゃんにお任せするにしても、やっぱり怪しいのはあたしが感じたままじゃないさ。一体どうなってるんだろうね、あの人は」
「それは本当に。早く事実を突き止めたいもんですよ、とほほー」
二人とも表情を崩したまま、味だけはとびきりの夕食をほおばった。
〜翌朝・夜明け前〜
「エルちゃ〜ん!!」
元気よくドアをノックする、勇ましい声。正直言って、近所迷惑。眠気をこらえつつ、もそもそと布団を剥ぎ、窓の外を見る。当然、真っ暗だ。
人間以上に夜目が聞くエルリッヒだからこそ見える、通りに立つ金の髪の娘。
「うぇ、フォルちゃんだ。こんな早く、何?」
首をくるりと曲げ、反対側を見ると、さすがのおばさんもまだ安らかな寝息を立てている。寝入りばなのいびきが嘘のようだが、仕入れに行くにもまだ早い時間、起きていなくても当然だろう。
そして、フォルクローレの事も無視するわけにはいかない。このままでは、近所中が目覚めてしまう。今はまだ、この街を出て行きたくない。こんな事で顰蹙を買うわけにはいかないのだ。
ゆっくりと、静かに、おばさんに気付かれないよう、そーっと起きだし、カーディガンを羽織って一階へ降りた。
「はぁ〜い、何〜?」
「何って、アイテム! いいのが見つかったから報告に来たんだよ!」
ドアを開け、一日ぶりに対面したフォルクローレは、とても明るい表情をしていた。もしもう少し明るかったら、目の下のクマにも気付いたのだろうが、さすがに気付かれる事はなかった。
「それはありがたいんだけどさあ、なんでこんな朝早く? ていうか、まだ夜じゃん。それと、ご近所の迷惑になるから、もう少しトーン落として。ね? ま、まずは入ってよ」
「そっかそっか、ごめんごめん。じゃ、おじゃましまーす」
釘を刺して、ようやく声が小さくなった。夜明け前の静かな街には、普通の声でも響いてしまうのだから、冷や汗ものだった。
店内に招き入れると、勝手知ったる我が店、燭台に灯りを灯し、明るくなったのに合わせ、椅子をセットしてそこに座らせた。
「エルちゃん、夜目が効くんだね〜」
「伊達に各国旅してないよ。それより、寝てないんじゃないの? こんな時間に来るなんて。それに、今気付いたけど、目の下クマ出来てるじゃん。まったくもー。で、何? どんなアイテムが見つかったの?」
グラスを一つ用意し、弱めのお酒を注ぐと、フォルクローレに渡す。寒さの厳しい季節、一杯のお酒は体を温める。
「ダンケ。んー、いい匂い。頂くね。っっっ、あーっ、美味しい! とと、静かに静かに。で、見つかったアイテムなんだけど、残念ながら浮気調査に効くアイテムっていうのはなかったんだよ。唯一見つかったのは、すりつぶして振りかけると一定時間姿が消える! ていうアイテムだったんだけど、ずっと向こうの国に自生してる植物の球根らしいんだ。で、そっちはしょうがないから参考書を漁ったら、夫婦喧嘩に効きそうなアイテムが見つかってさ。嬉しくなってついここまで」
「はぁ〜、その気持ちはありがたいし、寝ないで探してくれたっぽいのもありがたいけど、一昨日言ったよね。無理しないでって。早速無理してるじゃないか、この自由人が〜」
髪をぐしゃぐしゃと激しくかき回しながら、それでもふわりと優しい笑顔を浮かべる。
「ありがとうね、フォルちゃん」
「いえいえ、友達ですから」
今度はフォルクローレも。二人でにっこりと笑顔を浮かべ合う。やはり、同世代の、それも同性の友達と言うのはいいものだ。
いや、実年齢で言えば、おばさんですら遥かに年下なのだが。
「それで、他に何か用は?」
「ん? ないよ? それが?」
予想通りの回答に、がくりと肩を落とす。この寒い中こんな時間に、しかもこの薄着でこんな遠くまで来るのに、目的はたった一つ、それも、アイテムができた、ではなく、見つかった、という報告だけなのだから。むしろフォルクローレらしい振る舞いではあるが、これには呆れを通り越して、感心してしまう。
「はぁ、フォルちゃんらしいよ。じゃ、これから帰るの?」
「もちろん。帰って寝ますよ。夜更かしは美容の大敵だもの」
目の下にクマを作ったまま友達に会いにきておいて、何が美容なのかとは思ったが、そこはまともに取り合う場面ではない。せっかくの美貌が台無しだ、という事だけ伝えればいいのだ。
「フォルちゃん、うち泊まってく?」
「え、いいの? 隣のおばさんいるんでしょ? 邪魔じゃない?」
一応、形ばかりの遠慮と気遣いをしてみせる。フォルクローレとしてもありがたい申し出なのは事実なので、渡りに船のような状況なのだが、さすがに開口一番「じゃあ遠慮なく」と言えるほど神経が太くはなかった。
そもそも、帰って寝る、と答えた事だって、嘘ではないのだ。気持ちの上ではすぐさま調合に取りかかりたい所だが、調査だけで徹夜同然になってしまった。今のコンディションで調合をしても、成功率は下がってしまう。眠ると言うのは、本心からの言葉なのだ。
「おばさん? 今も寝てるけど? フォルちゃんには、ベッドの半分貸すから。ちょっと狭いけど、ここから帰る時間と寒さを考えたらその方がマシでしょ?」
「あー、そういう事。ま、ここまで来ていいの? なんて訊くのも、野暮だよね。それじゃ、遠慮なく〜」
おばさんといいフォルクローレといい、なんとまあ面倒な事だろうか。お荷物を抱え込んで尚、それが嫌ではないのだから、相当なお節介焼きなんだと、自分の一面を思い知らされる。
こうして、何度新たな一面に気付かされて来た事か。
「それじゃ、案内するから付いて来て。静かにね。おばさん起こしたら、怖いよ?」
「誰が怖いの? あー、うん、なんとなく、察したわ。気をつける」
明日おばさんに怒られる。そしておばさん以上に、エルリッヒが怒る。体以上に、肝が冷える思いがした。
「ふふ、二人で入ると温かいねぇ」
「はぁ。のん気だねぇ。私は狭いよ、まったく……」
まるで抱き合うような距離感で、ベッドに潜り込む。体温で暖かくなっていた布団は、幾分冷めていた。
確かに暖かいのだが、狭いのも事実。悪くはないのだが、窮屈。そんな夜明け前。
〜つづく〜




