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推しをいじめる悪役令嬢のメイドに転生したので、めっちゃ足引っ張ってやろうと思っていたのに……  作者: 酒春


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悪役令嬢エイダのメイドと静かな誓い 7

 エイダの傍若無人な振る舞いのせいで、茶会は相変わらず気まずいままだ。


「ねーぇ殿下、今度ぜひ私の屋敷にいらっしゃって? 夏の北方山脈もまた風流で素敵なんですのよ」


「ええぜひ……あぁところで諸君! 紅茶の味はいか──」


「殿下……お茶会なんていいじゃありませんか、もっと私のことを見てください」


 エイダの細く白い指が、殿下の胸元を這う。誰か、誰かエイダの暴走を止められないのか!?


「私のことだけ……ね?」


 メイドの分際でそんなことをすればどうなるか分かったものではないが、ここはエイダの飼い主として私が自爆覚悟で助け舟を出すべきだろうか。ゲームのシナリオは本当に覚えていないが、エイダの専属メイドという名のモブキャラが状況を打開するきっかけを作っていた可能性だってありえる。シナリオとしてもそう不自然ではない気がするし……


「あ、あの!」


 葛藤する私を差し置いて、状況を打開するきっかけを作ったのは、なんと覚醒前のレオナであった。


「で、殿下……この紅茶、と、とても美味しいですね!」


 ぎこちなく笑いながら殿下にそう話しかけるレオナ。偉い! 流石は将来イケメンになる女……! 膝が笑って、ティーカップが波打ってるけど、それが一周回ってかっこいい。


「ふふ、気に入ってくれたようで何よりだよレオナ君。今日の茶葉は菓子と一緒に私が選んだものなんだ」


 ぎこちない定型文の会話だが、この茶会では重要な一歩だ。だが当然、それを許さない者がいた。エイダだ。エイダは顔を王子に見られないようにまたべったりと張り付いて、恐ろしく冷めた目でレオナを睨んだ。レオナを含めた、貴族の子供達の肩がギクりと跳ねて青ざめる。


「くすくす……レオナ様? あなた本当にそれを美味しいと思っておいでで? 殿下の機嫌を取ろうと適当を言っているだけではなくて?」


「そ、そんなことはありません!」


「ふーんそうかしら、じゃあこの紅茶の産地を当ててごらんなさいよ。それがわからないようであれば、適当を言っているのと一緒よねぇ?」


 そう言ってエイダは紅茶を一口、優雅な所作で味わった。


 いちゃもん、挑発、そのうえで勝負に乗ってきた相手を叩きのめしてマウントを取る。作中でも飽きるほど見た、エイダの常套手段である。


「私はもちろんわかりますわよ、美味しいですわ、殿下。殿下は目利きもできますのね、本当に素敵ですわ」


「お眼鏡にかなったのであれば光栄です、エイダ様」


「あぁん殿下……私に敬語はおやめください」


 エイダは王子に絡みつきながら早くしろと言わんばかりにレオナを睨んだ。頑張れレオナ様……! 答えは王宮直轄農園だ!


 レオナは紅茶を一口飲むと、意を決したように口を開いた。


「こ、これはウディ地方の茶葉です!」


 私は思わず目を背けた。本当を言えば耳も塞ぎたかった。レオナが皆の前でエイダにいじめられるところなんて見たくなかったからだ。エイダは、それはそれは嬉しそうに、艶やかに笑った。


「あはははは! そんな、平凡な貴族みたいな茶葉を殿下がお出しになるわけないでしょう? あなたのお家とは違うんだから! この、マドレーヌによく合う深いコク。答えは《《アイズ地方の茶葉よ》》」


 エイダのその言葉に目を見開いたのは私だけはなかった。


「困るわねぇ、王宮に来るなら最低限の教養は身につけておいていただかないと」


「う、うぅ……」


 エイダのマウント攻撃に、顔を赤らめて下を向いてしまうレオナ様。茶会の空気が気まずく重い沈黙に満たされる。


「──くす」


 その沈黙を、待っていましたと言わんばかりに破る者がいた。クロエだ。


 エイダはクロエを睨んだ。


「エイダ様、この茶葉はアイズ地方のものではありません。ああいえ、実際味はアイズ地方の茶葉にかなり近いので、お間違いになられても仕方ないのですが……ほら、アイズ地方のものより風味がふくよかでしょう? 特別製なのですよ、この茶葉は」


 エイダ程ではないが、クロエも大概いい性格をしている。『間違えても仕方ない』と、相手を気遣うフリをして、精神的なマウントを取ってるあたりが最悪だ。


「実は、王宮で使用される茶葉は、品質と安全の観点から王都近郊の王宮直轄農園で栽培されたものに限られるのです。あぁもちろん例外はありますが、それはあくまで例外中の例外……」


 あぁそうだった、この聞き覚えのあるセリフは、エイダのセリフではない。クロエのセリフだったのだ。ぼんやりとしていた記憶が、だんだんと蘇ってくる。


「ところで。紅茶の味は、茶葉だけでなく、やかんの材質、湯の温度、淹れ方、カップの形、一緒にいただく茶菓子、その他にもありとあらゆるものの影響を受けて変化するもの。当然、飲み方の影響も受けます。このように、空気を多量に口に含みながら飲めば……」


 そう言って突然、クロエはティーカップを震わせて紅茶を波立たせた。そして、レオナの真似をするように、ほんの一口だけ紅茶を口に含んだ。


「ふふ、こうして味わうとウディ地方のもののような味がしますね。レオナ様は、鋭い味覚をお持ちのようです」


「クロエ様……!」


 レオナの顔がぱっと明るくなる。


 レオナはこの経験から、貴族としての教養と気品に溢れるクロエに憧れを抱くようになり、立派な貴族になることを志すのだ。なおそのため、レオナ攻略ルートではクロエがライバルキャラとなる。


 私はそこで、回想の全容をようやく思い出した。いや、思い出してしまった。


「皆様。だから紅茶には、淹れ方から飲み方にまで決まったマナーがあるのです。皆が同じマナーを守れば、主催ホストの意図した通りの味を楽しむことができるというもの。全ては、茶会を楽しむためのものなのです」


 使用人を含めた皆が感心して『おぉ』という感嘆の声をあげた。小さな拍手すら起こった。まぁそりゃそうだ……クロエの教養のレベルは常軌を逸している。どんな教育を受ければこんな、魔女みたいな少女が生まれるのだ。


 私は固唾を飲む。私はこの後、何が起こるか知っている。


 やめろクロエ……やめてくれ……


「しかし……困りますねエイダ様。国防の要たるクロフォード家のご息女が、国防の最重要拠点である王宮直轄農園をご存知ないというのは……」


 クロエの冗談交じりのその言葉に、エイダは顔を耳まで真っ赤にして、音を立てて立ち上がった。漁夫の利を得てエイダを刺した、クロエの完全勝利である。


 ざまああああああwwwww ゲームをプレイしていた当時の私は、エイダが恥をかく痛快な展開に身を捩り、喜び悶えていただろう。


 だが今は、どうしてもそんな気分になれなかった。エイダは王宮直轄農園のことを知っているはずだ。王子の前で緊張してド忘れでもしたのか? あのエイダが? 私の心にあるのは、疑問と、困惑と、そして……


 使用人の列の中の誰かがくすくすと笑ったのを聴いて、私の頭は真っ白になった。一般人ならいざ知らず、恐るべき地獄耳のエイダには間違いなく聞こえていただろう。


 侮蔑の視線と嘲笑を一身に浴びるエイダ。私はそんなエイダの姿を見るのが、何故か……


 私はどんな顔をしていたのだろう。そのとき一瞬、ほんの一瞬だけ、クロエが私のことを見たような気がした。

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