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推しをいじめる悪役令嬢のメイドに転生したので、めっちゃ足引っ張ってやろうと思っていたのに……  作者: 酒春


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悪役令嬢エイダのメイドと静かな誓い 2

 私シエルが仕えるエイダとかいう小娘は、王国貴族の四大名門の一つであるクロフォード公爵家の一人娘であり、次期当主である。クロフォード家は王国の北の辺境の地を預かる武家で、他国の侵略から王国を守る、『王家の盾』としての役割を担っている。


 細い寝息に合わせてエイダの背が膨らむ。熾火おきびになった暖炉の火は、エイダの広い私室を満遍なく温めるには些か力不足で、窓越しの夜の冷気に押されて部屋はゆっくりと冷えていった。本が山積みになった机に突っ伏して寝息を立てている私の小さな主人は、このままでは確実に風邪を引くだろう。


「はぁ」


 仕事なので、私はエイダの背をゆすって起こした。もちろん嫌々。


「お嬢様、お体に障りますよ。ベッドでお休みになられては?」


 エイダはその大きな目を開くと、横目に私を睨んだ。どうやら気に障ったようだ。だが身構える必要はない、どういうわけか、エイダは二人きりのときには私を殴らないのだ。


「お腹が減ったわ、何か持って来てちょうだい。熱い飲み物も」


「かしこまりました」


 エイダの部屋を後にして、暗く長い廊下をしばらく行ったところで、私は小さくため息をついた。エイダは地獄耳なので、このくらい離れないと安心してため息もつけないのだ。


 普段のあのキーキーうるさい威張り猿のような様子とは打って変わって、二人きりのときのエイダは、寡黙で、恐ろしく真面目だ。書庫の本を読み漁り、思索にふけり、それに飽きれば屋敷の裏の森で木剣を振り回している。その膨大な努力が全て、茶会で他の貴族の子供にマウントを取るためなののものだから、嘆かわしいことこの上ない。


 屋敷の台所でありものを見繕って、適当なサンドイッチとティーセットを準備する。エイダは効率厨なので、片手で食べられるサンドイッチが好きなのだ、これを出しておけば怒られることはない。私はポットのお湯が冷めないように、足早にエイダの部屋に戻った。


 部屋に戻ると、エイダは文字が書かれた紙を何枚もカーペットの上に広げて、その間をうろうろと歩き回っていた。私に気づくと、エイダは礼も言わぬままサンドイッチを2つ鷲掴みにして、その小さな口に頬張った。


「不味い」


「左様で」


 ポットに入れてきた熱湯を使って紅茶を淹れる。そうしているとふと、エイダが私を見ぬまま問いかけた。


「ねぇシエル、ここ数年の間に、王国中で魔物の目撃数が増加傾向にあるのは何故だと思う?」


「2年前に統計の方法が変わったからでは? 夕食の席で公爵様がそうおっしゃられていました」


「はぁ……」


 エイダは私を睨んだ。


「シエル、あんたは動物や草木と話したことはあるかしら? 例えばこんな風に、『ねぇエリザベス、お前はどうしてそんなにおバカなの?』って」


 エリザベスとはエイダが飼っている太っちょ猫の名前だ。


「いえ、私はお嬢様ほど感性が豊かではありませんので」


「あんたの感性が死んでいることとこれとは無関係よ。……ねぇシエル、人が猫にお前はバカか? と問いかけるときに『あたちはバカじゃないにゃ~』なんて答えを期待していると思う?」


「つまり、何も答えるなと」


「ええそうよ。問題を明確にするために口に出しているだけで、解答なんてこれっぽっちも求めていないわ。あんたの平凡な解答なんて、むしろ思考の邪魔よ」


 理不尽すぎる。


 私が湯気の立つ紅茶のカップを差し出すと、エイダはそれを少し味わって、また不味いと言った。


「ちなみに、パパもあんたも間違っているわ。ここ数年の間に各地の騎士団の運営経費が増加している、物価の上昇を考慮してもこれはおかしい。戦争の準備をしているわけでもないし、犯罪の発生件数が増加している訳でもない。魔物はやっぱり増えてるのよ。このままだと……そうね、8年も経てば王国は魔物で溢れかえるわ」


 エイダのその言葉に、私は背筋の凍るような悪寒を覚えた。8年後といえば、今年10歳のエイダが18歳になるころ、ゲームでいうと主人公達は魔法学校の3年生、ゲーム終盤で物語が決着に向かう時期だ。


(確かにレイレガではちょうどその時期に、魔物の大群が学校に押し寄せてくるイベントが発生するルートがあった。なんだこいつは、8年も前にそれに気づいていたとでもいうのか?)


「こんな突拍子もない話を真に受けてそんな顔するなんて、あんた意外と可愛いじゃない。バカのエリザベスみたいだわ」


 そんなことを言うエイダについムッとして、私は彼女を睨んでしまった、が、エイダはそれを柔らかく笑い飛ばした。


「あのねぇ、こんな頼りない統計からこじつけた結論が、一体どれほど信用できると思う? こんなのただのごっこ遊びよ」


 エイダはそう言って私に背を向けると、また床の紙を睨み始めた。


「あんたはお茶の淹れ方のことだけ考えていればいいのよ、もういいから先に寝なさい」


 言われるがままにエイダの部屋を出た私は、廊下の大きな窓から白い月を見上げた。


 まぁ、確かにどうでもいいことだ。魔物の大群が本当に来れば、エイダは魔物に嬲り殺される、そうでなくても同じくらい凄惨な死を迎える。結果は変わらない。


(だから、どうでもいいことだ……)


 私は自分にそう言い聞かせると、屋根裏の自室へ急いだ。

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