悪役令嬢エイダのメイドと静かな誓い 1
物心ついた時から、彼女の家に仕えるメイドとして育てられてきた私は、気づいた時には彼女の専属メイドになっていた。
私のご主人様である彼女は、可愛らしい容姿に反して酷く凶暴で、気に食わないことがあるとその都度私を殴った。深夜に『なんで朝にならないんだ!』なんて理不尽な理由で殴られたことも少なくない。
私の前世の記憶が蘇ったのは9歳の頃。彼女がいつものように私の頭を殴った時のことだった。
日本で暮らしていた平凡な女子高生だった私は、ある日さるスクランブル交差点を歩いていたところ、暴走したトラックに突っ込まれて死んだらしい。アレだ、無敵の人という奴だ。多分。
突然のことだったので記憶が曖昧なのだ。ただ唯一はっきりと覚えているのは、その時ちょうど、インターネットを騒がせるとあるクソゲーのことを考えていたということ。
『黎明のレガリア』、略してレイレガ、某ゲームストアで評価☆2.4のクソゲーである。なんちゃって中世ヨーロッパの魔法学園を舞台にした、テンプレ的な乙女ゲームだ。乙女ゲームなのに肝心のシナリオが壊滅的で、酷いご都合主義のオンパレードが物議をかもした話題作である。が、謎のアクションRPGパートや、キャラクター造形が結構よくできており、結果的に売れて、グッズ展開などもされた幸せな作品だ。私もこのゲームはなんだかんだ好きな作品で、愛をこめてクソゲーと呼んでいる。
最推しのキャラクターは主人公の平民の女の子で、周りが貴族だらけの逆境の中でがんばる姿がウザいくらいあざとかわいいのだが、時折、覚悟の決まりきったイケメンな表情を見せてくれる。そのギャップがたまらなくメロい、ドカメロ女なのだ。
逆に、最も嫌いで、憎んですらいるキャラクターが、主人公をいじめる公爵令嬢の『エイダ』というクソ女だ。所謂、悪役令嬢という奴だ。その下品で冷酷で悪辣なゲロカスキショキショ性格以外にはおよそ非の打ち所がない完璧超人で、事あるごとに主人公にマウントを取り、その圧倒的な実力と権力で主人公を正面から叩きのめし、犯罪レベルのいじめを繰り返す超胸糞女である。
エイダについて何より腹立たしいのは、極めてビジュが良いという点で、はっきり言ってビジュだけならこの作品の中で一番好みだ。実際その人気は凄まじく、ビジュの良さだけで人気投票4位を勝ち取っている、ちなみに私の推しは5位だった、本当に許し難い。まぁ、エイダはバッドエンドルートを含めたあらゆるルートで凄惨な死に方をするので、ざまぁwという他ないのだが。
がつん、という骨と骨がぶつかる音が、春の庭に響く。
「何よその目つきは! 何か文句あるわけ!? お前がいけないのよ! お前が!」
昼下がりの柔らかな日差しを受けて輝く深緋の髪、澄み切った青い瞳、怒りに歪んでいても、根本的な美しさを失わない甘い顔出ち。私を指差しながらキャンキャンと吠える、この可愛らしい少女こそがエイダ・イザベル・クロフォード……もう察していると思うが、私のご主人様である。
そう。どういうわけか、あの日その短い生涯を終えたはずの私は『黎明のレガリア』の、よりにもよって最も嫌いなキャラの専属メイドに転生してしまっていたのだ。
「私、あれほど言いつけたわよね? 次はちゃんとしたお茶を淹れられるようになっておきなさいって! こんなものを出して、私に恥をかかせたいのかしら!?」
「あ、あの……お嬢様、お客様もいらっしゃいますので……そういったことは控えていただけますと……」
脇に控えていたメイド長が、私を庇おうとして恐る恐る一歩前に出る。エイダはそれを睨みつけてまた怒鳴った。
「あぁ!? 何よ! メイドを躾けるのは主人の役目でしょ? あんた達も、自分のメイドはちゃんと躾けなさい?」
ティーカップを持ったままこくこくと頷く令嬢達の顔はすっかり怯え切っていた。彼女達もまた名だたる大貴族の令嬢なのだが、それを『あんた達』呼ばわりできるくらいには、エイダの家は強い権力を持っているのだ。
踵を返して椅子に戻っていくエイダ、私に背を向けるその刹那の横顔は、私と同い年の10歳だとは思えないほどの儚げな色気を纏っていた。くっ……ビジュが強すぎる……悔しいッ!
エイダは決まって私の頭、髪の生えてる部分を殴る。アザができても見えないところを殴っているのだ。なんて卑劣な。たんこぶを抑えながら私は彼女の小さな背を睨んだ。
今は耐えるときだ。従順なメイドを演じて、エイダの信頼を勝ち取るのだ。冷たい血が流れているこの女に信頼なんて感情があるのかはわからないが、とにかくやるしかない。いずれ訪れる推しとの出会いに備えて、あの子をエイダから守るために……
そんなことを考えているうちに、私の記憶が蘇ってからちょうど1年が過ぎようとしていた。




