ひとりぼっちのエイダと 2
そのときふと、エイダは机の上の紙の山の中から一枚の紙を取り出して私に見せた。これは……グラフだ。グラフといっても数学の授業で見るような簡単なものだし、見るからに適当で雑だ。おそらく、エイダが思考の補助のためにちょろっと書いたものなのだろう。
横軸が時間、いや尺度の大きさを考えると年月という方が正しいかもしれない。縦軸は、話の流れからしておそらく魔物の数だ。すると、この数年後に爆発的に増加している破線のグラフがエイダの予想グラフ。実線で先月の分まで書かれているのが、現実の状況を反映したグラフだろう。
「これは横に年月の流れを、縦に──」
「ここ数か月の魔物の出現数がお嬢様の予想よりずっと少ない。つまり、この予想との差を埋め合わせるような爆発的な魔物の出現が起きる可能性を、お嬢様は危惧なされているわけですね」
エイダは、私がかつて見たことがない程にその両目を大きく見開いた。
「あんた、この図の意味がわかるの? 私、あんたにそんなこと教えたつもりないんだけど」
日本の教育というのは本当に優れている。この、識字率50%程度のレイレガ世界では教育とは基本的に貴族のもの。しかもその教育の内容の内訳としては、所謂教養分野のものが大半を占めているため、数学の知識がある人間は本当に限られる。実際エイダも、私に数学を教えたことは一度もない。そんな世界だから、微分積分三角関数の簡単な問題を解くのやっとな私でも、平民としては、超、超上澄みの滅茶苦茶学識がある人間の部類に入る。エイダが驚くのも当然なのだ。
「お嬢様の無茶に突き合わされていれば、自然とこのくらいは身につくものです(ドヤッ)」
「じゃあ、どのくらいの数の魔物が湧くかもわかるかしら?」
私は封印されていた受験勉強の記憶を引っ搔き回す。
「えーと……具体的な数字は分かりませんが、グラフのこの部分の面積が増加分に該当するのでは?」
「へぇ、本当に分かってるのね、感心したわ。ちなみに、数にしておよそ1万5000。ただしこれは王国全土での合計だから、その中で、湧きが偏って大きな群れになって人里を襲うような実害のある数は、まぁ、過去の事例から推測するに1000~2000といったところね」
「1000体の魔物の群れ……」
エイダは皿に残っていたサンドイッチをあっという間に平らげると、紅茶の湯気越しに私を見つめた。
「さてシエル、この1000体の魔物……あんたはどこに現れると思う?」
私ならとりあえず、王国全土のデータではなく、各観測地ごとのデータでグラフを作り直すが、エイダはおそらく、私が思いつく程度のことはもう全てやっているだろう。それでも分からなかったのだ。
思考・発想の領域で私がエイダを唸らせるような答えを出すのは絶対に無理だ。であれば、私は素直にシナリオの力に頼るしかないのだが…… 今はまだゲーム本編が始まってすらいない、過去の回想シーンでのみ語られるような時期だ。正直、さっぱり検討がつかない。
「お嬢様、1000体の魔物とは、人里にどのくらいの被害をもたらすものなのでしょうか」
「そうね、魔物1体で平均的な兵士2~3人分の戦力があると言われているから、ちょっとした中隊規模の軍団に、理不尽な不意打ちを受けることを考えればいいわ。しかも殲滅目的で、ね。城壁と騎士団を備えているような都市でも、大勢死人が出る」
すました顔でそんなことを言って、紅茶を味わうエイダ。それ程の被害が出る事件なら登場人物達の親しい人が命を落としていてもおかしくない、誰か、幼少期に魔物に大切な人を奪われているキャラは……
「……その様子だと、何か気づいたみたいね」
エイダの蒼い炯眼に射られて、私は固唾を飲んだ。




