ひとりぼっちのエイダと 1
屋敷での多忙な生活の裏側で、エイダに気取られぬように、覚えている限りのシナリオを整理してるうちに、気づけば1年が経っていた。
その間特に進展は無し。強いて言うなら私の教養やメイド仕草が多少レベルアップしただろうか。エイダはといえば、わざとらしく人前で私を殴ったり、無茶なワガママを言ったり、周りの子供をいじめたりと、相変わらず最悪だ。しかしそれは外面の話で、私と二人きりの時のエイダは、本を読んだり、思索にふけったり、剣を振ったり、木を殴ったり、魔法を撃ったり、そして時々、夜に一人で泣いていたり。
何故エイダは悪役になろうとするのだろうか。
はっきり言ってこの件を私一人の力で解決するのは無謀だ。エイダがよくそう言っているように私は凡人、多少未来が分かるだけの、ただのメイドなのだから。
(味方が、味方が必要だ……! それもできるだけ沢山!)
「シエル、ちょっと聞いてるの?」
「すみませんお嬢様、考え事をしておりました」
「はぁ?」
エイダは私を睨みつけた。今回は話を聞いていなかった私が悪いので、素直に反省する。
「あんたがくだらない考え事したって、くだらない結論しか出ないんだから。余計なこと考える前にさっさと朝食を持ってきて」
クソガキが、舐めやがって。私の考え事がくだらないものか。
半開きのカーテンから差し込む朝日がエイダを照らす。寝巻き姿で髪もボサボサのエイダは、珍しく目の下にクマができていた。エイダの足元、カーペットの上には色々書き込まれた大きな地図と、無数の紙が広げられていた。私のご主人様はどうやら一晩中、全くくだらなくない大変ご立派な考え事をされていたようだ。
私は台所で朝食を準備してエイダの部屋に戻ったが、エイダはまだ考え事を続けていた。エイダは私に気づくと、いつものように礼も言わずに勝手にサンドイッチを取って、黙って口に運んだ。
……あれ? いつもの『不味い!』が飛んでこない。及第点だったのだろうか、それとも考え事で忙しいだけなのだろうか。
「ねぇシエル。私の予想ではこれから数週間以内に、それなりの規模の魔物の大群が、王国のどこかで発生するはずなのだけど……あんたはどこが怪しいと思う?」
私は馬鹿猫のエリザベスだ、したがって質問には答えない。私が過去の言いつけ通りにエイダを無視して茶をいれていると、エイダはなんと怒り始めた。
「……ちょっと。主人を無視するなんていい度胸じゃない」
「にゃーん」
「チッ……はぁ……」
エイダはその深緋の髪をガシガシとかいた。
「たまには猫の手だって借りたいこともあるのよ。メイドならそのくらい察しなさいよね」
「申し訳ありませんお嬢様。私めのような凡人にはお嬢様のような非凡な天才のお考えは推し量りかねますので」
「ふん、それもそうね。じゃ、あんたにはもう頼らないから、エリザベスを連れてきて」
「かしこまりました」
……マジで言っているのかこのお嬢様は? 台所の前でおやつを貰おうとしていた黒いデブ猫を私が捕まえてくると、エイダはエリザベスを地図の上に落とした。ぼとり、と、猫らしからぬ着地音が鳴る。
「さぁエリザベス、どこが怪しいか教えてちょうだい」
いくらなんでも沼りすぎだろう……。本当に猫の手を借りるやつがあるか。エリザベスは不機嫌そうに、ぷるる、と鳴くと地図の上を少し歩いてそこに座った。エリザベスのデカい尻の下に敷かれているのは……
「灯台下暗し、我がクロフォード領が危ないというのね? 本当に馬鹿ねエリザベス、クロフォード領についての情報が一番正確なのよ? 私直々に各地を視察したのだから。このクロフォード領で魔物の大量発生の兆候は確認されていないわ」
エリザベスは馬鹿なので罵倒されていることに気付かなかった。
さすがの私もエリザベスよりはマシな自信がある、沼におはまりになられているお嬢様の相談に乗ってみようか? 軽口と共にあしらわれるのが関の山かもしれないが。
「……お嬢様、王国のどこかで魔物の大群が現れると分かっているのなら、いっそ、全国の領主にまとめてそれを警告すればいいのでは?」
「悪くない考えだけど難しいわ、騎士団を動かすにはそれ相応のお金がかかるものだから、曖昧な情報では領主達は行動を渋る。それに、私の予想が的中するとも限らない。武家の娘はね、紅茶の産地は間違えてもいいけど、戦略的な読みを間違えてはならないのよ」
意外なことに、エイダは私の質問にちゃんと答えてくれた。なるほど、王宮の茶会でのあの立ち回りは、大して実害がないからこそできたことだったのか。恐ろしく高いエイダのプライドが傷つくということ以外に。




