悪役令嬢エイダのメイドと静かな誓い 幕間
本当に世話が焼ける主人の破滅を防ぐため、私がまず取り掛かったのは、レイレガのシナリオを思い出して紙に書き起すことだった。なぜこんな大事なことを転生してすぐにやらなかったのかと言うと、これは単純にエイダのことを信用していなかったからということに尽きる。
邪悪で狡猾なエイダにシナリオの存在がバレれば、それを悪用されるリスクがあると、当時の私は考えたのだ。
しかし、悪用のリスクについては今もさして変わっていないと考えている。エイダにシナリオの存在がバレれば『あ、こうすれば私以外の皆はハッピーエンドになるんだ〜』と、破滅ルートをそっくりそのまま辿って破滅しかねないからだ。
だがエイダは賢い、未来が分かれば自分の身を守りながらハッピーエンドにたどり着く新たなルートを思いつく可能性もある。
これらデメリットとメリットを考慮すると、私がシナリオを完全に忘れてしまうことの方が、エイダの破滅……死を避ける上でリスクになると考え至ったわけだ。
シナリオについて覚えていることを、片っ端から紙に書き起こしていく。平仮名カタカナ漢字アルファベットを織り交ぜ、縦読みと横読み、略字と慣用句、方言とネットミームを多用すれば、異世界人であるエイダにはそう簡単には読めない暗号文書の完成だ。万が一シナリオの存在がバレても、これなら問題ないだろう。いくらエイダが賢くてもこれを解読できる訳がない。
さて、ルート分岐があるため色々ややこしいが、私が覚えている限り、エイダの直接的な死因は次の4つだ。
1.魔物の大群に嬲り殺しにされる
2.復活した魔王に身体を乗っ取られて、主人公に魔王ごと殺される(エイダラスボスルート)
3.復活した魔王に殺される(魔王を瀕死まで追い込む)
4.死刑になる
この乙女ゲーム世界、封印された魔王が存在するのだ。魔物の大量発生は魔王復活の前兆で、魔物の大群を何とかして、復活した魔王の完全消滅に成功すると、トゥルーエンドルートである『レガリアルート』に行くことができる。
レガリアルートでは、所謂断罪イベントがあり悪役令嬢エイダのこれまでの数々の悪行が明らかになり、斬首刑が下される。そして、晴れて主人公は王子と結ばれることになる。なお、エイダが斬首刑になり、真の意味で裁きを受けるのはレガリアルートだけだ、それ以外の全てのルートでエイダは裁きを受ける前に戦死している。
ここで重要になってくるのが、『王鍵』という概念だ。王権ではなく王《《鍵》》である。王鍵とは、王家の血を引く人間だけが使えるある種の権能のようなもので、王鍵の力を使わなければ魔王を完全消滅させることはできない。そのため、魔王を完全消滅させるルートはレガリアルートと呼ばれている。
ただし、王鍵の力はそう簡単に使える訳ではない、王鍵を持っていることと使えることとはまた別の話なのだ、実際、現国王は王鍵を持っているはずだが力を使うことができない。……王家の求心力が落ちているというのはこの辺の事情も関係しているのだろうか?
同様に、第一王子ウォーレンも王鍵の力を使えない。これは、ウォーレンに王になる覚悟が無いためだ。ウォーレンは主人公と恋に結ばれることで初めて、主人公を守るために、王となる覚悟を決める。主人公と結ばれないルートのウォーレンは、嫌々渋々王位を継いでいるだけなのだ、だから王鍵の力を使えない。
以上の情報を整理すると、こうだ。
1.レガリアルート以外ではエイダは戦死する
2.エイダの戦死を避けるためにはレガリアルートに行くしかないが、そのためには王子と主人公が結ばれる必要がある
3.なおレガリアルートに行って戦死を避けられたとしても、エイダは斬首刑になる
一見すると、エイダの戦死を防ぐのが手っ取り早そうだが、これは困難を極める。エイダはこと戦闘能力に関して言えば、作中でぶっちぎりの最強キャラだ。そんなエイダが戦死する程の戦場からエイダを救い出すのは、まったく現実的じゃない。私は非力だし、何より悪者エイダには人望が無い、命懸けでエイダを助けたいという人は、まぁいないだろう……
ではレガリアルートに行きつつ斬首刑を防ぐ、つまり、これからエイダが行うであろう数々の悪行を止めるのが現実的かと言えば、実はそれも怪しい。
……ところで、公爵令嬢のエイダが斬首刑になる程の罪とはなんだろうか? 平民の小娘に対する犯罪レベルのいじめ如きで、公爵の娘が死刑になるだろうか? 馬鹿言っちゃいけない。身分制度とはそういうものだ。生半可な罪では、お偉い貴族を死刑台に送ることはできない。
だが、どんな貴族も一発で極刑になる恐ろしい罪がある。それは『国家反逆罪』だ。
なんとこのエイダとかいうアホの子は、レガリアルートで第一王子ウォーレンに対する殺人未遂をしでかすのだ。しかし、この殺人未遂がきっかけで、主人公とウォーレンは結ばれる。エイダの狂刃からウォーレンを庇い、瀕死の重傷を負うも、奇跡的に一命を取り留めた主人公を見て、主人公が自分の中でかけがえのない存在になっていることに気づいたウォーレンは、全てに変えてでも主人公を守ることを決意し、王になる覚悟を決めるのだ。
……つまり、レガリアルートに行くためには、エイダがウォーレンに対する殺人未遂、国家反逆罪をしでかさなければならないのだ。
私はこの事実に気づいた時に、笑うことしかできなかった。




