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5.バター

 キヨシの牧場には、羊のモンスターだけではなくて、牛のモンスターもいる。象のように大きいものが、五頭ほど。


 彼らのミルクはとても栄養価が高く、ほおっておくと羊たちがそれを目当てで集まってくることがある。


 ジャンプをして垂れ下がるそれを咥えて吸おうとしたり、誰かが近くにいれば、絞って口に入れてくれないかと待っている。


「レーザービーム」


 なんて掛け声と共に、私は羊の口を目掛けて、ミルクを搾る。水鉄砲のように放たれるそれは、通常の牛とは全く違う勢い。そういう所も、モンスターたる所以だろう。


「今日は出荷の日だから、採乳場へ行ってよね」


 ポンポンとお腹を叩くと、鳴いて返事をしてくれる。このミルクは本来、獲物の誘引に使われるものだから、自力で放出することは可能なのだ。


 だから、搾乳は各自にやってもらう。溜まったところを殺菌処理して、牧場やってきた業者に売り渡す。それが、この牧場の出荷作業なのである。


 牛を見送り、朝の散歩を再開する。


 何気なく早く起きたため、時刻はまだ六時。日は昇っているけれど、まだ少し朧げで。まだ世界は起きていない感じがして、そのなかで自分だけが起きている気がして。


 なんだか清々しい気分になってくる。


 敷地を区切る柵に沿って歩き、大きな門の所までやってきた。上部に掲げられた看板には、シンプルにモンスター牧場の文字。


 もう少し良いネーミングはなかったものかと、しばし考えてみる。


 キヨシ牧場。

 牧場主の名前を冠することは、牧場においてよくあることだろう。けれど、それって一歩間違えればその人が飼われている牧場だと勘違いさされる可能性も……ないか。


 安らぎよし牧場。

 ちょっと名前と引っ掛けてみたけれど、無理くりすぎるだろうか。私のネーミングセンスも、あまり良くないらしい。


「こんなところで何をしているんだ?」


 気が付けば、ミカンが外に出ようとしていた。


「安易なネーミングだなぁ、って思ってた。ミカンはお出掛け?」

「ああ。朝市に。採れたての蜜柑を買いに行くんだ」


 流石、好みのためなら一直線。


「一緒に行くか?」

「ううん。私、ダイヤに出荷のことを頼まれたから」


 散歩に出ると言ったら、ついでに頼むと。だから、牛の誘導もしていたのだ。


「今日だったか。それで……」


 日付を思い出すように虚空を見ていた視線が、ふと私の胸元へ向けられた。


「ずっと疑問に思っていたのだが、ショコラは、その、どちらなんだ?」

「性別?」

「そう。モンスターに置いて性別は、あまり意味のないものだと判っているのだが……」


 前に説明したと思うが、力というものは、魔力、妖力、霊力の順で成長していく。それで、モンスターが人型を取るのは妖力に目覚めようとしている兆し。

 では、魔力に目覚めようとしている兆しは? といえば、それはそのままモンスターの存在なのだ。


 魔力に目覚め、それを操るようになったものをモンスターという。大抵は、動物や植物から生まれることとなる。

 人間はそうした力に目覚めることは、そうそうない。何故なら、その力によって生み出されることを、自らの力で成してしまうから。


 だから、そうした力は必要ない。必要とする、動物たちが身に付ける。


「性別がどちらかだと、困ることがある?」

「……こんなに可愛い子が、もしも男だったらと思うと」

「思うと?」

「……これ以上はいけないっ!」


 本当にいけない予感。

 両手で顔を抑えて、勢いよく首を振る姿は興奮を抑えているのか、はたまた表しているのか。


「まぁ、その質問には、ちょっと答えられないかなぁ。私は妖力を得てから色々と変化をして、逃げるためにも変化をして、何度も何度も姿を変えていたせいで、元の自分が何だったのかが判らなくなっているから」


 狐であったのは間違いないのだけれど、オスだったのか、メスだったのか。最初どんな容姿で人型となったのかが思い出せない。


「だから、私は誰かが望んでくれた外見をしている。今の姿も、こういう私が好きって言ってくれた人がいたから。だから、男か女かなんて、ミカンが勝手に判断してくれたらいいよ」

「……それはそれで、困るな」


 困らせるつもりはなかったのだけど、欲の多い人だったらしい。


「よし、決めた。今日は蜜柑を買いに行くのを辞めておく。ショコラに密着をして、どういう対応を取るか、決めることにしよう」


 それはそれでプレッシャーだなぁ。そう感じながら、私はミカンを連れ立って散歩を再開した。


 採乳場へ行くと、牛達が豪快にミルクを放っており、大きな体躯の下に設置された水槽には、真っ白な液体が大量に溜まっていた。

 それらがパイプを通り、殺菌されて瓶詰めがされていく。それをケースに詰めて、門の所まで持ってって業者を待てばいい。


「あ。そうだ。折角だから少し拝借して、バターを作ってみようよ。ほら、瓶に入れて振ると出来るんでしょ?」

「振るというよりも、衝撃を与えることが大事らしい。瓶に入れたミルクを、叩きつけるようにして振る。それを繰り返す……って聞いたような?」


 うろ覚えかいっ! そう突っ込みつつも、実践してみた。


「うーん、一回一回力を入れるのが、なんか大変。これなら適当にシャカシャカ振っていたほうが、気が楽かなぁ」


 瓶を片手に持って、リズミカルに振ろうとするけれど、瓶のサイズが大きかったからか、片手では上手く振ることができない。両手で持って、勢いよく振っていく。


「男のようでもあり、女のようでもある。真、難しい人だ」


 バターを作るだけで、一体何が判って判らないのか。けれど、私はミカンのことが少しだけ判ったように思う。


 この人、中身は思春期の少年だ。

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