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6.洗濯機

 床に座り込んで、私はぼーっとそれを見ていた。


 白物家電の代表格、洗濯機だ。

 エアコン、冷蔵庫、洗濯機。今はその三つを三種の神器と評する時代。少し前にはテレビが当たり前のようになっていたけれど、ネット全盛期になって鳴りを潜めて久しい。


 この家にある洗濯機も、私が馴染み深いと思っていたものとは少し違う。

 あの頃は、上から回転するのを眺めていた。でもこの洗濯機は、通常の目線で回転を眺められる。


 ドラム式洗濯機、と言っただろうか。縦型のものとの違いは、家電に詳しくない私には説明がしづらい。けれど、私は間違いなく、この洗濯機のほうが好きだと答えるだろう。


「あら、ショコラちゃん。こんなところでどうしたの?」


 掃除機を操って、ダイヤがやって来た。


「回っているの、見ていると楽しい」

「ふふっ、そうなの?」


 なんだか微笑ましいものを見ているような視線を感じる。まぁ、自分でもそれは理解している。何とも子供っぽい事をしているなぁ、と。


 でも、それを自分以外のものに感じ取られるのは、なんだか黙っていられない。

 すると、私の口は自然と言葉を発していた。


「この回転を眺めていると、進化の道程を眺めている感覚に陥るの」

「えぇ?」


 戸惑ったような視線に、私は満足げに頷いた。


「回転ってのは、前に進むための原動力だと思う」

「どうして?」

「ほら、ドリルとかドライバーって、回ることで進むし、回ることで深く食い込ませるでしょ?」

「それが進化なの?」

「そう。そうすることで、物が完成するから」


 ふぅん。そう曖昧に頷くダイヤを追いかけて、私は廊下を進む。掃除はまだ終わらないらしい。


「でもね。その進化には必ず終わりがあるの。それは何でか判る?」

「電源が切れちゃうのかしら?」

「むぅ。回転は人の力で生み出せるから、電源なんて関係ないもん」

「人だって、有限よ」


 そりゃそうだけど……。と、私は口を尖らせる。


「そうじゃなくてね、回転するということは、回転しなければならないという理由があるの。何もないところでは、回転をする必要はないから」

「フィギュアスケートの回転は?」

「目的がある」


 確かに、あれは何もないところでやっているのは確かなのだけれど、そこには明確に、回転をしなければならない理由があると私は思う。


「前に進むというだけなら、回転をする必要はない。回転をするということは、そう、何かを穿たなければならないの」

「フィギュアスケートは、何を穿っているの?」

「記録という名の立ちはだかる壁」


 全ては、そう。壁を穿つために回転をするのだ。


「進化というのはね、壁を乗り越えるということなの」

「かつて、恐竜は鳥へと進化した。腕は翼に変わり、大空に羽ばたく。けれど、いきなり翼になって空を飛ぶということは、現実的ではないよね」

「でも、翼には変化するんでしょう?」

「そう。だから、壁を超えたんだよ」


 その壁は、なぜ翼が必要だったのか、という壁。

 大地を生きる恐竜が、いきなり空へ飛ぼうとするはずがない。徐々に環境が整っていって、ドリルのように壁を貫いていって、最後に飛び出したのだ。


「先ず恐竜はね、暖めるために腕に羽根を纏ったの。それは体を暖めるためなのか、卵を暖めるためなのか。それは私には判別しづらいのだけど……」


 それでも、それが生まれたから土台ができた。


「最初は小さな羽根だった。それを活かせと、環境はどんどん変わっていく。空を渡れば活動範囲も広くなり、大地の状況に左右されずに行動ができる」


 恐竜は、必死に腕をはためかせた。次第にそれは大きなうねりを生み出し、身体を浮かせるまでに成長していく。


「始めは何気ない変化だったのかもしれない。でも、それが電源を切れる行為になるんだよ。そうしてドリルは進んでいき、進化の回転は止まらずに進む。そうして目的に達することで、その回転は止まってしまうの」

「そうすると、どうなるの?」


 一階の掃除が終わり、ダイヤは階段に掃除機を這わせながら問い掛けた。


「んー、と。ここから先は、ドライバーの方で例えたほうがいいかもね。ネジを嵌め終える、どうしてもそこから先へと進まなくなる。その先、ドライバーを操作するとしたらどういう事をしなければならないのか」

「ネジから外すの?」

「梯子を外すようなことをしたら、もう完全にそこで終わっちゃう。回転の終わりは、そういうことではないの」


 ドライバーが果たす役割は、どこまで行っても回転することだ。


「つまり、逆回転。空を飛んだ鳥は、地上で生きる選択をし始める」

「ダチョウやキウイね」

「キーウィって言ってあげて。美味しそうな感じになっちゃうから。……お昼、キウイ食べたい」

「はいはい。剥いてあげますね」


 やったー! と喜びを両手で表しながら、私はご機嫌に話を続ける。


「そうして真逆の進化を辿って、いずれその果てにある目的に達すれば、また再び進化が始まるの」

「それだと、さっき言ってた終わりは来ないんじゃない?」

「うん。自身の進化は終わらない。でも、それを穿つ壁がなくなってしまったら、そもそも回転が起こる必要はなくなってしまうの」


 洗濯機は、汚れた服があるから回る。では、その服が汚れなかったら?


「汚れた服があるから、洗濯機は回る。でも、服が汚れないように進化をしてしまったら、洗濯機は要らなくなってしまう」

「なるほど、そう言うことね。他者の進化により、自分は不要になってしまうと」

「進化というのはね、すべてのものに対等に現れるの。けれど、すべてのものが対等に、対等の結末に向かうとは限らない。必ず、食い合うときが来る。果たして、私たちの進化の先に、いったい何が起こるのか――」


 掃除機は、廊下を進んでいく。


 だからこそ、物は老化をして、その先に進むことを拒んでいるのではないか。種としての存続を緩やかにするために、進化を穏やかにするために。


 モンスターは、不死性を発揮している。それは、自身のなかにある力をコントロールしているからだ。でも、他者に存在を脅かされたら、その不死性も意味はなくなる。

 この平和になった世界で、私たちモンスターはどこで向かうのだろうか。


「――この作り話、思ったよりも綺麗に落ちなかった気がする」

「え、どこまでが作り話なんです?」

「真実はスパイス程度、かな? でもなぁ、せっかくの洗濯機から始めた話だったんだし、綺麗に落としたかったんだけどね。ほら、洗濯機だけに! 綺麗に落としたかった、ってね!」

「この廊下、最近ワックスかけたかしら?」


 ……え、滑ってた?

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