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⑨調停委員の仕事

 ――薄暗い倉庫の中央で、二人は向かい合っていた。


 エリオは無言で、懐から取り出した手袋を両手に嵌める。

 その仕草を見て、ビルは鼻で笑った。


「おいおい……生身で俺とやり合うつもりか?」


 剛腕のビルと呼ばれる自分に、拳一つで挑むつもりか。そう言わんばかりに、見下すような視線を向ける。


「舐めやがって、すぐに終わらせてやるよ」


 ビルは一歩踏み込み、迷いなく拳を振るった。


 剛腕による一撃が空気を震わせる。


 エリオはその攻撃を避けずに、正面から受け止めた。


 その瞬間、凄まじい衝撃波が倉庫内を駆け抜け、床に散らばる空のボトルやマットが舞い上がっていく。


 だが、攻撃を受けたはずのエリオは微動だにしなかった。


 ビルの拳は確かに当たっている。

 それなのに、エリオは顔色ひとつ変えずに腰を落とす。


「……!?」


 状況が理解できず、ビルが眉をひそめる。


 その間に、エリオはもう踏み込んでいた。


 手袋から重い振動が伝わってくる……


 次の瞬間、エリオの拳がビルの腹に突き刺さった。


 先ほどと同じ衝撃波が、今度はビルの身体を中心に炸裂する。


「ぐぉ……っ!」


 短いうめき声と共に、ビルの身体が宙を舞った。

 倉庫の扉を突き破り、外へと叩き出される。



 ――ビルは地面を転がりながらもすぐに身を起こした。


 額から血が流れ落ち、血走った目でエリオを捉えていた。


「ふざけるなよ……なんでこの、俺が!」


 低く呟いた声が、次第に荒くなる。


「お前みてぇな野郎に!」


 ビルは地面を蹴り、再びエリオへと襲いかかる。


 額から流れる血を気にすることもなく、左右の拳が嵐のように振るわれる。


 エリオは距離を取りながら、その軌道を見切っていく。


 一撃、二撃。


 足を半歩ずらしながら、最小限の動きだけで攻撃を躱していく。


 三撃目。


 エリオはあえて正面から受けた。


 衝撃波が走り、周囲に砂塵が撒き上がる。


 だが、次の瞬間には、エリオはすでにビルから距離を取っていた。


 その動きを見逃さず、ビルが追撃を仕掛ける。


 拳が頬を掠めた。


「逃げるなぁ!」


「……なら、言う通りにしてやる」


 短く言い捨て、エリオは再び腰を落とし、大きく踏み込んだ。


「終わりだ」


 脇腹、そして続けざまに顎。

 間髪入れずに打ち込まれた拳からは、凄まじい衝撃が放たれた。


 ビルの身体が大きく仰け反り……膝が折れ、その巨体が地面に崩れ落ちた。



 ――ビルの巨体が地面に伏したまま、動かなくなる。


 エリオは一歩距離を取り、倒れたビルを見下ろす。


 ビルは口から泡を吹きながら、何かを掴むように両腕を力無く空へ伸ばそうとしていた。


 この様子なら、もう暴れ出すことはないか……


 エリオは懐から拘束具を取り出し、ビルの両腕を背に回して取り付ける。


 足首にも同じように装着し、完全に動きを封じた。


「……任務完了」


 短く呟き、振り返る。


 倉庫の奥、ふらつく足取りをビビに肩を支えてもらいながら姿を見せたのは……


「フィリオーネ」


 名を呼ぶと、わずかに肩が震える。


 ゆっくりと姿を現した彼女は、怯えた表情のままエリオを見上げた。


「……終わった、の?」


「ああ、もう大丈夫だ」


 エリオはそう告げると、自分の上着を脱ぎ、彼女の肩に掛ける。


 人気が無く、静まり返った倉庫の前でフィリオーネは小さく息をついた。


「ありがとう……」


「……アニキ、これ以上は流石にキツいっす」


 ビビはフィリオーネから視線を外しながら、何かに耐えるようにそう呟いた。


 『何が?』と一瞬考えたが、フィリオーネが目を覚ましたことで魅了の力が発動してしまったのだろう。


「ビビ、悪かったな……あとはこっちで処理するから、もう帰ってもいいぞ」


「いいんすか?それじゃ、お言葉に甘えて……あ、治安維持課には連絡しといたんで、もう少ししたら来ると思うっす」


「助かる……ビビも気をつけてな」


「うっす!あと、はいこれ、お姉さんのネックレスだよね?もう一人、居住区の二番地の方に持ち主の反応があったみたいだけど」


「……え?」


「そんじゃ、後はよろしくっす!アニキもお疲れっした!」


 ビビはそれだけ言うと、街の明かりの中へと消えていった。


「……そのネックレス、大事な物なのか?」


 エリオは、静かにフィリオーネに声をかけた。


「ええ……小さい頃に、母から貰った物なの」


 フィリオーネは、ビビから受け取ったネックレスを寂しげに見つめながら……そっと握りしめた。


 その時、街の方から気叩(けたた)ましいサイレンとともに複数の足音が近づいてくる。


 ほどなくして、倉庫の入口に数人の警官が現れた。


 先頭に立っていた男が、エリオを見るなり肩をすくめる。


「……ま〜たお前か、エリオ」


 無精髭に、疲れた目。


 グランベルカ警察、治安維持課のラウド・ヘルツ。


「今回は何があったんだ?」


「見ての通りだ……この女性が暴漢に攫われたところを助けたんだよ」


 エリオは淡々と答える。


 ラウドは拘束されたビルを一瞥し、小さく息を吐いた。


「こいつぁ……剛腕のビルじゃねぇか!こんなヤツをどうやってお前一人で……」


 ラウドは驚愕の表情を見せながら、部下に目配せし、ビルの身柄を回収するよう指示する。


 警官たちが手際よく動き、担架が運び込まれた。


「ラウド、事情聴取は後でも構わないか?」


「構わないが……俺の勤務時間内に来てくれよ」


「分かってる」


「やれやれ……」


 ラウドはそう言ってから、フィリオーネに視線を向けた。


「……彼女が?」


「被害に遭った女性だ。マインド系のアビリティ保持者だから、接触には注意してくれ」


「なるほど、了解した」


 二人がそんなやり取りをしている間に、現場の検証や倉庫への規制線が引かれていく。

 

 ラウドは最後にエリオへ歩み寄り、低い声で言った。


「相変わらず無茶をしているようだな……」


「仕事だからな」


「調停委員も大変だな」


 軽く肩を叩き、ラウドは踵を返した。


 後の処理をラウドたちに任せ、エリオはフィリオーネを連れて居住区の方へと向かう。


「家まで送ろう、カルミンさんが心配している」


 彼女は小さく頷いた。


 こうして、ビルの一件は終わり、調停委員としての仕事は片付いた。

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