⑤フィリオーネ・プルシアン
――グランベルカ商業区・歓楽街
商業区と居住区の境に位置する歓楽街。
そこに並ぶ娼館『紅灯館―カルミン―』でフィリオーネは働いていた。
彼女が娼婦として働くことになったのは、そのアビリティ故だった。
『魅了』
周囲の異性に自分を魅力的だと感じさせるもので、周りの人間関係に問題を生じさせるほどの力だった。
その力さえ使わなければ問題ないだろう、とも思ったが……魅了の力は自分で制御することができず、常に周囲の人間を巻き込んだ。
――フィリオーネの人生が壊れ始めたのは、今から5年前。彼女が20歳の時だった。
両親と暮らしていた彼女は、いつものように目を覚まし、リビングへと向かった。
「おはよう」
「ええ、おはよう」
いつものように母親と挨拶を交わす。
「ああ、フィーネ……っ!お、おはよう」
だが、父親はフィリオーネを見つめた瞬間、目を見開いて歯切れの悪い返事を返してきた。
「どうしたの、お父さん?」
「え?いや、なんて言うか、今日は一段と可愛いな」
可愛い……そんなことを父親から言われたのは小さい頃以来だった。
「そう?いつもと変わりないけど」
「そうよ、フィーネはいつだって可愛いじゃない」
「ちょっと、母さん!」
「ふふふ、いいじゃない、お母さんはそう思ってるもの」
「もう!」
……その時は、そこまで深く考えなかったけど、それから数日経った頃には違和感に気づいた。
家を出れば、すれ違う男性が皆振り返って私を見てくるのだ。
いままでも、そんな視線は時々感じていたけど、それとは比べようもないほど、熱の籠った視線を浴びるようになった。
知らない男性から声をかけられることも増え、外に出るのが怖くなった私は、次第に家の中に籠ることが多くなっていった。
そんな、ある日の夜……
私が自分の部屋で寝ていると、静かに扉が開いた。
私はそのことに気づくことなく、寝息を立てていたけど、スッとベッドの横から感じる気配で目を覚ました。
「……っ!だれ!」
「ああ、フィーネ……お父さんだよ」
父さんの目は血走っていて、とても話が通じるような状態じゃなかった。
「お、父さん?なに、してるの?」
「はあ、はあ、ハア……もう、我慢出来ないんだ」
鼻息も荒く、徐に服を脱ぎ始める父に私は恐怖を感じた。
「や……やめてよっ、何しようとしてるの!?」
「ああ、私のフィーネ!」
「い、いやぁああ!」
次の瞬間、父親の姿をしたケダモノに私の身体は蹂躙された。
私の叫び声に気づいた母が駆けつけてくれたけど、その瞳には、怒りや悲しみが入り混じっていた。
私の家族は、壊れてしまった……
これ以上、私はここにいられない。そう思って家を出た。
――着の身着のまま夜の街を彷徨っていた私を拾ってくれたのが、今の娼館のオーナー、カルミンさんだった。
カルミンさんは、行き場のなくなった私を自分の家に住まわせてくれて、とても優しくしてくれた。
私の家族のことやアビリティについて打ち明けた時も……
「大変だったね」って声をかけてくれた。
この歓楽街には、私みたいに居場所や仕事が見つからない女性が流れてくる。彼女たちは生きていくために水商売をしているんだって教えてくれた。
私にはもう、失う物もない……
これから先、幸せな人生が待っているなんて希望も持てなかった。
せめて、私を拾ってくれたカルミンさんに恩を返すために、カルミンさんの店で娼婦として働くことを決めた。
カルミンさんは、そんなことをしなくていいと言ってくれたけど、私の人生を壊した『魅了』というアビリティを使って生きていくことが、この呪われた力への復讐だとも思ったから。
――それから5年経った頃
店の前で客引きをしていた私の前に、彼が現れた。
落ち着いた身なりで、こういう店を探している雰囲気ではなかったけど、私はそんな彼に興味を抱いた。
「お兄さん……こんなところでどうしたの?」
彼は私の方へと振り向くと、じっと私の顔を見つめた。
「……いえ、少し通りがかっただけなんですが」
「そう、良かったら店に寄って行かない?」
今まで、私に引き込めなかった客はいない。
魅了の力がそうさせてきた……今回もそうなると思っていた。
「遠慮させていただきます」
え……魅了が効いていない?
「それよりも」
そう言って私の思考を遮るように、彼は胸元から一枚の名刺を取り出した。
「こちらを」
差し出されたそれを、反射的に受け取る。
白地に、簡素な文字。
普通の名刺だ。
【人材派遣会社】
【アビリティワークス】
【派遣相談員】エリオ・グランツ
「……人材派遣?」
思わず、口に出していた。
「ええ。仕事の相談を受けています」
アビリティによって仕事を決める、この街で?
「こんな場所で?」
「たまたま、通りがかっただけです」
彼はそう言って、少しだけ困ったように笑った。
今まで、何人もの男と話してきた。
その誰もが、欲を隠そうともせず、値踏みするような視線や言葉をかけてきたのに。
この人は違う。
魅了の力の影響を、まるで受けていない。
そんな気がした。
「……どうして、私に名刺を?」
娼婦としてしか働けない私を哀れにでも思ったのか。
そう考えると、なんとなく怒りが込み上がる。
「それは……」
彼は一拍置いてから、続けた。
「あなたは、自分のために仕事をしていますか?」
胸の奥が、わずかに波打つ。
言葉が出なかった。
「もし、そうでないのなら……私が相談に乗りますよ」
彼は、私の手の中の名刺を一度だけ見てから、視線を上げた。
「いつでもお待ちしています」
それだけ言うと、彼は一歩、距離を取った。
彼に声をかけようとしたその時、聞き慣れた不快な声が横から聞こえてきた。
「よお、フィリオーネ。今日も来ちまったぜぇ」
その声の主へと振り向くと、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる巨漢が近づいていた。
「……ビルさん、今夜も来てくれたのね」
一月ほど前からついた私の固定客……魅了の力によるものか、その執着度は日に日に増している気がする。
フィリオーネはビルを連れて店に入る前に、エリオのいた場所へ視線を送ったが、既に彼の姿は消えていた。




