③透視点検会社『ヴィデーレ』
――グランベルカ商業区
この区画は、グランベルカの中央区と比べて人通りも多い。
その一角に透視点検会社『ヴィデーレ』という会社がある。
主に建物や機械、魔道具の劣化点検を専門に請け負う会社で、透視系アビリティを持つ人材を、多く採用している企業のひとつだ。
ミラがアビリティワークスを訪ねた翌日。エリオはここへ、彼女を連れてきていた。
隣を歩くミラは、建物が見えた途端に足を緩めた。
彼女は『ヴィデーレ』の看板を見つめ、ギュッと手を握りしめる。
以前、仕事の面接でここへ来たことがあると聞いている。
もちろん、その時は採用されなかった。
理由は明白だった。
接触必須の透視アビリティ、見える範囲も10センチほどと狭いとあれば、大きな建物や機械の劣化点検をするヴィデーレの主業務には、向かない。
だが、あくまで"主業務"では……だ。
「行きましょう」
そう声をかけると、ミラは一瞬だけ迷い、それから小さく頷いた。
扉を開ける。
受付にいた男が顔を上げ、ミラを見て眉を動かした。
「あなたは、以前に面接に来られた……本日はどういったご用件でしょう?」
愛想笑いも見せず、淡々とそう告げる男に、ミラは身を縮ませてしまう。
彼女にこれ以上嫌な思いをさせるのも憚られ、エリオは前に進み出た。
ここからは俺の仕事だ……
「アビリティワークスのエリオ・グランツです」
笑顔を浮かべ、軽く頭を下げる。
「本日は、こちらの方の件で、少しだけお時間をいただければと」
「アビリティワークス……派遣のかたですか」
男は首を振った。
「申し訳ありませんが、弊社ではビルやマンションなどの建物や、精密な機械、魔道具の点検を請け負っているのです。彼女の透視能力は必要ないとお断りしたはずですが?」
ミラの肩が、わずかに震えるのが視界の端に入る。
それは百も承知している。
「ええ……彼女の能力ではそういった業務はこなせないでしょう」
そう言うと、男は怪訝そうな顔をした。
「……では、なぜ?」
「ミラ様の能力は、御社の請け負っておられる大規模な点検には向きません」
彼女の能力ではヴィデーレの主な業務には向いていないことは事実。
それを踏まえたうえで、違う視点から交渉する。
「透視範囲は限定的で、持続時間も短い。建物全体の点検や長時間の作業はまず無理です」
ミラが、驚いたようにこちらを見る。
エリオは表情を変えずに続けた。
「しかし」
視線を男に戻す。
「小型のアビリティ装具、あるいは一般家屋における局所点検に限れば、話は変わります」
男は黙ったまま、続きを促すように顎を引いた。
「局所点検にすることで、単価は相場より下げることも可能でしょう。そして、一件あたりの作業時間は短く、回転率も高くなります」
エリオは鞄の中から資料を取り出すと、受付の男に手渡す。
「こちらが、私の考えた業務の提案書となります。よければ、ヴィデーレの事業企画部の方に確認していただければと……」
提案書に書かれていたのは、先ほどエリオが言ったように、点検のスケールを小さくし、一般家庭向けに展開させるというものだった。
そのための新たな支部を設けて、これまでのヴィデーレの大規模な点検作業とは別の運営スタイルを開拓していくことを事細かく記載していた。
男はその内容に目を見開くと、顎に手を当てて考え込む。
「あ、あの……エリオさん、あんな資料いつの間に?」
ミラは驚いた表情で尋ねた。
「昨日、ミラさんがうちに相談に来られてから作成しました。ヴィデーレなら、運営するノウハウも持っているでしょうし、悪い話ではないはずです」
そう話すエリオの顔を、彼女は呆然と見つめていた。
「……エリオ様、こちらの提案書については私の権限では返答しかねますので……今日のところは、お引き取りください」
受付の男は、静かにそう告げると深く頭を下げた。
「はい、今日のところはこれで失礼いたします。私の話を聞いてくださり、ありがとうございます」
エリオも頭を下げ、踵を返すと、ミラに笑顔で声をかける。
「さぁ、帰りましょう」
「え、は……はい」
建物を出ると、外の空気が少し軽く感じられた。
ミラが、ぽつりと呟く。
「……あの、どうなるんでしょうか」
「そうですね……ヴィデーレの社長であれば、私の提案に対して興味を持っていただけるでしょう」
ヴィデーレの社長、ディルクさんなら、新たな支部を立ち上げて、一般家庭に向けて事業を展開することに対しても『やってみようじゃないか!』と積極的に取り組んでくれると踏んでいる。
「自分に合った仕事がないのであれば、自分に合った仕事を作ればいいのです」
アビリティとは可能性だ。
その力は、新しい自分の未来を作り出すために使われるべきだと、エリオは考えている。
ミラは、エリオの言葉に目を見開いて……ゆっくりと前を向いた。




