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②ミラ・ルージュ

 私のアビリティが発現したのは二年前。


 18歳の誕生日を迎えて、少し経った頃だった。


 自室の壁に手のひらをついた時、ぼんやりと壁の向こう側が脳裏に映ったのだ。


 その時は、何が起きたのかよくわからなかったけど、自分の身体や部屋の中の物をあちこち触るうちに、それが透けて見えてるんだってわかった。


「え……これ、凄いアビリティなんじゃ……」


 そう思って、喜んだ。

 すぐに父と母にその事を伝えると、一緒になって喜んでくれた。


「凄いじゃない!透視系の能力なんて、生活は安泰よ!」

「ああ、良かったな、ミラ!」


 この力なら、私の将来は安泰だって、そう信じて疑わなかった。


 最初に面接を受けるまでは……


「透視?ああ、いいですね。で、どれくらい見えるんです?」


「触れているところだけです」


「範囲は?」


「10センチ、くらいです」


 面接官の人は、眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。

 

 え……どうして、そんな顔をするんだろう?

 透視系のアビリティなら、すぐに採用してくれるんじゃなかったの?

 

 書類をめくる音だけが部屋に響き、ミラの心は不安に駆られていく。


「それだと……使い道がないですね」


 面接官は、静かにそう言った。


「な、何故ですか?募集要項にも透視アビリティは優遇しますって書いてましたよね?」


「まぁ、そうなんだけど……触った場所だけが少し見える程度じゃあねぇ、弊社としては採用しかねるんですよ」


「そ…んな」

 

 その日から、私は同じやり取りを何度も繰り返した。

 

 透視系のアビリティだと期待し、ため息混じりに肩を落とす面接官たちの姿に、私の心は次第に焦りと不安で押し潰されそうになっていった。


 誰もが口を揃えて同じことを言う。


「その能力じゃ、役に立たない」


 私のアビリティが役に立たない……それは、私自身が必要とされていないのと同じだった。


 面接を受け、帰宅するたび、私は少しずつ言葉を失っていった。


「まだ決まらないのか?」

「いいのよ、焦らなくたって大丈夫よ」


 母の言葉は優しかったが、その表情はどこか飾りっぽかった。


「大丈夫」

 そう言われるたびに、胸が締めつけられた。


 大丈夫じゃない。

 このまま、誰にも必要とされなかったら私はどうなるの?


 それから、数ヶ月が過ぎた頃……


「おい、ミラの仕事はまだ決まらないのか?」

 

「知らないわよ、それよりどうするのよ!あの子が稼いでくれると思ってたのに、私たちの生活だって厳しいのよ!?」


「よさないか、ミラに聞かれたらどうする」


 壁越しに聞こえてきたその言葉に、心臓が鷲掴みにされたかのように胸が苦しくなった。


 それほど広くない家の中、両親のそんなやりとりは嫌でも耳に入ってくる。

 

 その翌日、これまでアルバイトで貯めたお金だけを頼りに、私は家を出た。


 だけど、バイトで貯めたぐらいの蓄えでは長くは生活できなかった。


 家賃

 食費

 光熱費


 どう切り詰めても通帳の残高は少しずつなくなっていく……


 もうあと、二ヶ月もすればお金が底をついてしまう。


 その事実が、何度も私の焦燥感を煽っていた。


 仕事は見つからない。

 アビリティも役に立たない。

 帰る場所もない。


 街を歩いていると、嫌でも目に入る。


 「即日払い」

 「経験不問」

 「身体ひとつでOK」


 店の前に立ち、自分の胸に手を当てる。

 そこで、ふと考えてしまう。


 ……私の心の中は今、何が見えるんだろう。


 心の臓、その奥にある何かが崩れていく。


 知らない男たちを相手に、身体を弄ばれる自分……

 想像しただけで、吐き気がした。


 口元を手で押さえ、ふらつきながらアパートへと帰ろうとしたその時……艶のある女性の声が耳に入った。


「あなた、こんなとこで何してるの?」


「……っ!」


 声のする方を見ると、赤いドレスに身を包んだ銀髪の女性が目に映った。

 胸元は大きく開き、ドレスの生地は身体の線にぴたりと沿い、歩くたびに白い脚が惜しげもなく覗く。

 香水の甘い匂いが、距離を詰めた瞬間に鼻を掠めた。

 近くで見ると銀色の髪はネオンの光を浴びて淡い藍色を煌めかせていた。


「この世の終わりみたいな顔して……ここは、あなたみたいな初心な娘が来る場所じゃないよ?」


 その声は、見た目とは裏腹に優しく、暖かかった。


「仕事を探してるんなら、ここに行ってみなさい。きっと力になってくれるはずよ」


 そう言って、胸元から一枚の名刺を渡してくれた。



 ――翌日、私は名刺に書かれていた場所へと足を運んだ。

 グランベルカの中央区、人通りの多い大通りから外れた、静かな場所。

 

 そこに佇む質素な平屋。


 『アビリティワークス』


 看板まで質素だった。


 本当に、助けてくれるのだろうか……どうせ無理だって言われるだけじゃないのか。

 そんなことばかり考え、なかなか扉に手をかけられず、気持ちを落ち着かせるように髪を触っていた。

 

 でも、私にはもう……他に行くところが残っていなかった。


 ミラは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 何度かそうしてから、扉を押した。


 これで駄目なら、

 もう、身体を売るしか生きていく道はない……私はそう思っていた。


 ――それが、

 ミラ・ルージュとエリオ・グランツの出会いだった。

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