⑮救済の形
廃墟の中に、重苦しい空気が漂っていた。
エリオは少年を庇うように前へ出たまま、ノアを睨みつける。
「断る」
ノアの誘いに、迷いなく返事を返した。
「即答だね」
「当然だろう」
エリオの声音は低く、怒りを滲ませる。
「能力を利用して、人を縛ることが救済とは言わない」
「縛る?」
ノアは小さく首を傾げる。
「彼らは自分の意思で、僕と契約したんだよ」
「命を担保に、犯罪を犯すことをか?」
「それを選んだのも彼等さ」
ノアは静かに言った。
「他に、生きる術が無かったんだから」
「…………」
「君は違うのかい?」
ノアの視線が鋭く細まる。
「能力に苦しむ者を救いたい……そう言いながら、結局はまともな道を歩ける人間しか救えないんじゃないのか?」
その言葉に、エリオの眉が僅かに動いた。
ノアは続ける。
「社会に適応できない者。能力のせいで仕事にも居場所にも恵まれない者。そういう人間を、君は最後まで面倒見れるのか?」
「居場所が見つかるまで探せばいい……それを安易に犯罪に手を染める必要はない」
「理想論だね」
ノアは薄く笑った。
「綺麗事だけで救えるなら、この街に落伍者なんて存在しないよ」
エリオは拳を握る。
「……っ!」
確かに、綺麗事や理想だけで全ての者を救い上げることはできない。
その人間の個性ではなく、アビリティを評価して優劣を決める……そうやって切り捨てられ、人生を壊された人間を何人も見てきた。
ノアはそんなエリオを見て、静かに目を細めた。
「まぁ、いいさ……気が変わったらいつでもおいでよ」
ノアは踵を返し、片手を上げた。
「君ならいつでも歓迎するよ」
「……っ! 待て!」
エリオが手を伸ばした瞬間、ノアは何かに吸い込まれるように姿を消した。
転送系のアビリティ……これも奴の力なのか?
「……いや、詮索は後だ」
エリオは思考を切り替えるように、少年へと向き直った。
「さて、こっちはどうしたもんか」
そう呟いた瞬間、エリオの端末に通信が入った。
「……ビビか、ああ……居住区の隅にある、廃墟の中だ……悪いな」
短いやり取りを済ませ、意識を失っている少年を抱えた。
そのまま、寝かせられるソファーを見つけて軽く埃を振り払ってから少年を寝かせた。
――それから、ビビが合流するまでの間に、ノア・シュヴァルツと名乗った男の言葉を思い出していた。
『その少年は、これからどうやって生きていく?』
『アビリティを使って、自分の居場所を作ることこそが理想なんだろ?』
ノアの言葉は間違っていない。
能力によって人生を狂わされた者は確かに存在する。
だからと言って、その力を理由に人生を諦めてほしくなかった。
「歪んだ思想で、彼等を犯罪に利用する連中をこのままにはしておけない」
ノアが消えた暗闇を見つめ、息を吐いた……その直後。
「あーにきっ! 呼ばれてビビ様華麗に参上っす!」
沈んだ空気を吹き飛ばすように、ビビが勢いよく窓から飛び込んで来た。
「いや、そんなに待ってない。来てくれて助かった」
正直、かなり疲れていた。
クァルポの店から装具を盗み出した少年。
彼を追って来てみれば、この状況だ。
ノア・シュヴァルツという男。
色々と考えさせられることが多すぎた。
「……あにき、なんか顔が死んでるっすよ」
「そう見えるか?」
「見えるっす」
ビビは苦笑しながらそう言った。
「まぁ、色々あってな」
「その少年絡みっすか?」
「ああ」
エリオは眠る少年へ視線を落とす。
「助けられたのは良かったが、問題はこれからだ」
「これから?」
「この子の処遇をどうするべきか……」
ビビは少しだけ表情を曇らせた。
「……そっすね」
「利用されていたとはいえ、装具を盗んでいたのは事実だ。被害者もいる」
「でも子供っすよ?」
「わかってるさ」
エリオは小さく息を吐く。
「責任を取らせるだけなら簡単だ。でも、それで終わらせたら同じことの繰り返しになる」
「なるほどっす」
ビビは少年を見た。
「じゃあ、あにきはどうしたいんす?」
「決まってる」
エリオは迷いなく答えた。
「体に異常がなければ、事情を確認して、仕事を紹介する」
「おお、スパルタっすね」
「もちろん、こいつの気持ち次第だ」
ビビはニッと笑った。
「きっと、大丈夫っすよ」
「だといいがな」
エリオは肩をすくめる。
「とりあえず病院っすね」
「ああ」
2人は少年を連れ、廃墟を後にした。




