⑭契約の代償
クァルポの店の倉庫から盗み出した装具を、少年は地面に並べていった。
「1つ、2つ、3つ……と、よし、指定通りだな」
男は並べられた装具を確認すると、ニヤニヤと笑みを浮かべながら少年の頭に手を乗せる。
「ガキなのに大したやつだ、ノアの旦那が目をつけたのも理解できるぜ」
「……触んな」
少年は男を睨みつけながら手を振り解く。
「それより、ちゃんと契約通りに仕事してきたんだから報酬をくれよ」
ノア……それに、契約?
エリオは廃墟の外から聞き耳を立てる。
聞いたことのない名前だ、話の内容からしてあの男は取引先との仲介役か、物の回収班てところだろうが……
2人のやり取りに思考を巡らせている間に、仲介役の男は懐から紙包を取り出した。
「そんなに急くなよ、ほら今回の報酬だ…っと、念話だ。ちょっと待ってろ」
少年に紙包を渡そうとした瞬間、仲介役の男は耳元に手を当てながら誰かと交信しはじめた。
「ええ? はい、了解ですよ……っと」
念話を終えた男は、一瞬哀しそうな表情を見せたが、さっきまでと同じように剽軽な態度で少年に向き直る。
「ああ、坊主……残念なお知らせだ」
「な、なんだよ?」
男の言葉に、少年は少し戸惑う。
「旦那から、契約違反者に報酬はなしだってよ」
「はぁ? 何でそうなるんだよ!」
少年は声を荒げ、男に詰め寄る。
「ちゃんと指定された物を持ってきただろ! 誰にもバレてないのに! 何が違反なんだよ!」
男は困ったように肩をすくめた。
「俺に言うなって。決めるのは旦那だ」
「ふざけんな……!」
少年が怒鳴った、その瞬間だった。
ドクン――と。
少年の胸が大きく脈打つ。
「……え?」
少年の表情が固まった。
次の瞬間、全身から力が抜ける。
「がっ……ぁ……!?」
胸を押さえ、膝をついた。
心臓を掴まれたような痛みと、苦しさに苦悶の表情を浮かべる。
「な、んだ……これ……!」
少年は必死に胸を掻きむしる。
自分でも脈が急速に弱くなっていくのが分かるほど、血の気が引いていくのを感じた。
男は目を細めた。
「契約違反者には罰を……旦那のアビリティが発動したのな」
「ち、が……俺……何も……!」
少年は地面に倒れ込む。
男はその様子を見下ろしながら、床に置かれている装具を自分の影の中へと放り込んでいった。
「……あばよ」
苦しむ少年を背に、男は小さく呟くとそのまま自分の影の中へと沈んで消えた。
「影渡……移動系のアビリティか」
奴の跡を追うのは無理だな……それよりも!
「おいっ!」
エリオは壊れた窓から廃墟の中へ飛び込み、倒れ込んだ少年のもとへ駆け寄る。
「しっかりしろ!」
「ぅ……ぁ……」
少年の唇は紫色に変色し、呼吸も浅い。
心臓を押さえる手は震え、指先から急速に体温が失われていく。
まずいな……
エリオは咄嗟に少年の手首に指を当てる。
脈が弱い……いや、今にも止まりそうだ。
契約違反……罰。
アビリティが発動したと、さっきの男は言っていた。
つまりこれは、あのノアとかいう奴の能力によるものなのか?
「それなら……!」
エリオは少年の胸元に手を置くと、深く息を吐いた。
俺の力でなんとかできるか、試すしかない。
「……っ!」
遮断の力を行使した瞬間、少年の身体を蝕んでいた鎖が解けるように何かが弾けた。
「これは……」
エリオが息を呑んだ、その時だった。
「なるほど、面白いアビリティだね」
不意に廃墟の奥から、静かな男の声が響いた。
エリオは反射的に振り返る。
暗闇の中から、1人の男がゆっくりと姿を現した。
黒い外套。
細身の体躯。
片目を隠すように流した黒髪。
そして何より――
その男が現れた瞬間、空気そのものが冷えたような錯覚を覚えた。
「認識阻害を無力化し、ここまで来たのはそのアビリティの力だね」
男は微笑む。
穏やかな笑み。
だが、その目には人間味がまるでなかった。
「初めまして、探偵さん」
男は静かに胸へ手を当てる。
「僕の名は、ノア・シュヴァルツ」
男が名乗ると同時に、少年の身体がビクリと震え、少しずつ呼吸が落ち着き始める。
「っ……はぁ……はぁ!」
「安心しろ」
エリオは少年へ視線を向け、優しく声をかける。
「契約違反者は処分するつもりだったんだけど、契約そのものを打ち消されてしまっては仕方ないね」
ノアは淡々と告げた。
なんだ、こいつは……表情や声音から感情が読み取れない。だが、あの言い分からすると、この子の身体を蝕んでいたのは何らかのアビリティの影響なのは間違いない……
「ふふふ、そんなに警戒しなくてもいいよ」
射るように睨みつけるエリオに対し、ノアは両手を軽く上げながら敵意がないことを示した。
「僕は別に、君と戦いに来たわけじゃない」
「子供を殺しかけておいて、よく言う」
エリオは少年を庇うように前へ出る。
だが、ノアは困ったような表情で小さく肩を竦めた。
「殺そうとしたわけじゃないよ」
「何?」
「契約に違反した者には罰を与える。当然のことだろ?」
その言葉には怒りも、悲しみも、罪悪感すら感じられなかった。
命を代償に支払うことが、まるで当たり前のことのような口ぶりに、エリオは薄ら寒いものを感じた。
「……契約」
「そう、契約だよ。違反した時の代償に自分の命を賭けたのは、紛れもなく彼自身なのだから」
ノアは倒れている少年へ視線を向ける。
「この街にはね、突然に力を与えられ、その力に振り回されて、まともに生きることすら出来ない人間が山ほどいる」
ノアの言葉は間違っちゃいない……
この街ではアビリティによって価値が決められてしまう。価値がなければ生きていくことすら難しくなる。
この子のアビリティは認識阻害……存在感を薄め、あらゆる生物の認識から外れる能力。
使い方によっては便利な力だ。
人から認識されない。
その力は暗殺や探偵稼業ならともかく、このアビリティ社会の表立った仕事に、その力はほとんど使い道がない。
「だから犯罪に利用したのか」
「それは違うよ」
ノアは静かに首を振った。
「僕は、彼に仕事を与えただけ」
「……っ」
「能力によって価値を決められる世界で、能力でしか居場所を得られない者たちに、生きる手段を提示しただけさ」
ノアは淡々と、そう告げた。
エリオは直感する。
この男は危険だ……。
「その手段が間違っていると思わないのか?」
「どうして? 適任だろ? 盗みにおいて姿や気配が認識されないなんて、これ以上に相応しい仕事はないじゃないか」
それに、とノアは言葉を紡ぐ。
「誰もが綺麗に生きられるほど、この街は優しくないのさ」
廃墟の空気が静まり返る。
エリオは視線だけを少年へ向けながら、小さく息を吐いた。
「……お前、何者だ」
「同業者だよ」
ノアは微笑む。
「居場所を失った能力者たちへ、仕事を斡旋する」
その言葉に、エリオの眉が僅かに動いた。
仕事を斡旋?
それはまるで――
「君も同じだろう?」
心を読まれたようだった。
ノアは可笑しそうに目を細める。
「君のことは知っているよ、探偵さん……いや、エリオ・グランツ。能力によって人生を狂わされた者たちに救いの手を差し伸べている」
「……だったら分かるはずだ。犯罪を犯させることが救いじゃないことぐらい」
「犯罪……ね」
ノアは不思議そうに首を傾げた。
「では聞こう」
ノアが1歩、2歩と、ゆっくりと前へ出る。
「その少年は、どうやってこれから生きていく?」
「…………」
「誰にも認識されない力で、この街でどうやって生きていくんだ?」
エリオは答えられない。
理想だけでは救えない人間がいることを、彼自身よく知っていた。
「私はね、エリオくん」
ノアは静かに笑う。
「この街が嫌いなんだ」
その瞬間だけ。
初めてノアの声に、微かな熱が籠った。
「能力の強弱で、人間の価値を決める。この街の連中は、能力者を道具としてしか見ていない」
そしてその熱は、一瞬にして冷え切っていく。
「だから僕は、そんな彼等ために仕事を探すのさ」
「それが犯罪でもか」
「関係ないよ」
その言葉に迷いが一切ない。
「アビリティを使って、自分の居場所を作ることこそが理想なんだろ? 犯罪だのなんだのと、視野を狭めて力を否定することが正しいのかい?」
エリオは拳を握り締める。
こいつの思想そのものが危険だ。
「……なるほど」
ノアの視線が、エリオに真っ直ぐ向けられる。
その視線だけで、背筋に嫌な汗が滲んでくる。
「その理想では秩序が守られないな」
犯罪というタブーと、それを取り締まる組織がいなければこのアビリティ社会は争い、他者を虐げる世界になってしまう。
エリオは警戒の姿勢を続けた。
「……残念だな、君なら理解してくれると思ったのに」
ノアは穏やかに微笑んだ。
「でも、君の力が欲しい……僕と一緒に来ないかい?」




