⑫新たな依頼
——アビリティワークス
エリオとフィリオーネの間に、しばらくの沈黙が流れた。
その沈黙を破るように、入り口の扉がゆっくりと開かれる。
「失礼します。エリオさんはいらっしゃいますか?」
こちらの様子を伺うように、そっと姿を見せたのは中肉中背の男。
エリオはその男の顔を見るなり笑顔で対応する。
「いらっしゃいませ。お久しぶりです、クァルポ様……本日はどういったご用件で?」
「ああ、いえ、お久しぶりです。その……少し、相談したいことがありまして」
困ったような表情で頭を下げつつ、クァルポは告げた。
エリオは首を傾げ。
「相談……仕事についてですか?」
「いえいえ!違うんです。エリオさんに紹介してもらった仕事は繁盛しています」
慌てて腕を振るクァルポを見て、更に疑問が募る。
「では、いったいどうされたのですか?」
「それが、うちで作った商品が……気づかないうちに失くなってしまうんです」
一瞬の間が部屋を包んだ。
「失くなる?」
エリオが小さく呟くと、二人の話を聞いていたフィリオーネもエリオに視線を向ける。
「ねぇ、その方は?それに、商品って?」
「は、エ、エリオさんっ……そ、その綺麗な女性は?」
クァルポはフィリオーネの存在に気付くと、あたふたと視線を泳がせながら尋ねた。
「彼女は、うちの新しい事務員ですよ。大事な従業員ですので、手は出さないでくださいね」
「な、めっ滅相もない!以前来た時にはいらっしゃらなかったので、気になっただけで……」
「ふふ、冗談ですよ」
エリオは軽く笑みを浮かべながら、フィリオーネへと向き直る。
「この方は、クァルポ・アーツ様。以前、仕事の相談に来られ、アビリティ装具の会社を紹介させていただいた方だ」
「それじゃ、商品っていうのは……」
「はい、うちの会社で作ったアビリティ装具のことです」
そう言うと、クァルポは項垂れるように肩を落とした。
「しかし、失くなるということは、盗まれた訳ではないのですか?」
「それが……それもよく分からないんです」
クァルポは困り果てた様子で頭を掻いた。
「店の倉庫から装具がいくつかなくなっていまして……最初は数え間違いかと思ったんですが、どうもそうじゃない」
「鍵は?」
「かけています。壊された形跡もありません」
エリオの視線がわずかに細くなる。
「店員の誰かが持ち出した可能性は?」
「それも調べました。ですが、それらしい者は誰もいなくて……」
言いながら、クァルポは一枚の紙を取り出した。
「こちらが、なくなった装具の一覧です」
エリオはそれを受け取り、軽く目を通す。
「力仕事用の補助装具、歩行用の姿勢補助装具……」
それをフィリオーネが横から覗き込んだ。
「介護用装具ばかりね」
「ええ。うちは主に生活補助の装具を作っている会社ですから」
クァルポは小さく頷く。
「それに、なくなったのは高価な物ばかりというわけでもないんです」
「……なるほど」
エリオは紙を机に置き、腕を組んだ。
「ここで話を聞くだけでは、解決の糸口は掴めそうにないですね」
そう言って、クァルポに声をかける。
「店の監視カメラの映像は確認されましたか?」
「もちろん、ですが……」
クァルポの顔に再び困惑の色が浮かぶ。
「店の皆で防犯用のカメラの映像も確認したんですが……気づいたら商品だけが消えていて、誰が持ち出したのか分からないんです」
エリオは何か考えるように、机を指で軽く叩く。
「映像には商品が失くなる瞬間が残されている、と」
短く呟き、椅子から立ち上がった。
「私も確認させていただいて構いませんか?」
クァルポが目を丸くする。
「え、ええ……どうぞ」
クァルポは鞄の中からタブレット端末を取り出し、画面を操作していく。
「私の推測が正しければ、犯人は何らかの認識阻害系のアビリティを用いている可能性があります」
「に、認識……?」
「ええ」
エリオは目を細める。
「姿を消せる能力か……見えていても、見えていないように感じさせる能力。といったところですかね」
フィリオーネが腕を組み、口を開く。
「つまり、犯人はそこにいたのに、誰も気付かなかったってこと?」
「その可能性がある」
エリオはクァルポからタブレットを受け取り、映像を確認していく。
倉庫に置いてある商品が消える瞬間の映像を、何度か繰り返し再生していると、エリオは口元に手を当てながら何かを考え始めた。
映像を見る限り、目視で認識することはできない……か。しかし、監視カメラを経由しているにも関わらず認識阻害の効果があるとなると……俺のアビリティを試してみるか。
エリオは遮断のアビリティを行使しながら再び映像に目を通していく。
「……見つけた」
「何を見つけたんです?」
エリオが呟くと、クァルポは隣から画面を覗き込む。
「ここだよ、商品が消える3分前に誰かが鍵を開けて侵入してる」
エリオが画面を指差しながら説明するが、クァルポには何も見えず目をシバシバさせていた。
「少し、拡大してみましょう」
指でなぞりながら画面拡大する。
若い男……画質が粗く、細部まで確認はできないが体格や服装から10代から20代といった感じだ。
「?エリオさん、私には何も見えないんですが……」
遮断のアビリティがないと、認識できないのか……いや、そもそもこれがアビリティ犯罪の類だとすると、俺がここで介入すべきじゃないな。
「クァルポ様、このことは警察には相談したんですか?」
「え?ああ、もちろんです。治安維持課のラウドさんだったか……あの人が対応してくださったんですが、このカメラの映像を見ても原因がわからなかったようで」
「わからなかったって、それで捜査もしてくれなかったの?」
「いや、そうではなくて、グランベルカ警察の本部の方で監視カメラの映像を詳しく調べるとかで、映像データだけ渡したところなんです」
「それじゃ、どうしてわざわざ私のところに相談を?」
グランベルカ警察が動いているなら、俺の出る幕はなさそうだが……
「いえね、この映像を見せた時に、ラウドさんが『エリオのやつならすぐ見抜けそうだな』ってボソッと言ったのが聞こえたんですよ。だから、相談してみようと思いまして」
「……」
あのオッサン、余計なことを言ってくれる……
薄く笑みを浮かべながら、僅かに眉をひくつかせるエリオを見て、フィリオーネは笑うのを堪えるように顔を背けた。
「そうですか。しかし、本部で調査してから動くとなれば数日はかかるでしょう……幸い、今日は予定もありませんし、これから現場で調査してみましょう」
「これからですか?私は助かりますが……よろしいので?」
「はい、少し気になることもあるので」
もし、この事件の犯人が未成年であれば、早いうちに更生させなければ大きな犯罪組織に利用される可能性も出てくる。その前に、調停委員としてなんとかしないと……




