月下の恋路
薄暗い王城を徘徊してから数分が経ち、何度か道を間違えながらもラビスの目的に到着する。
「疲れてるのに本当にごめんね」「大丈夫だよ……」
彼女も悪気があったわけではないし、賑やかなあの空間に居続けたよりはマシだ。
「ここがアルムと来たかった場所」
そう言って彼女は扉を開け、月光が降り注がれた庭園に足を踏み入れる。
白い光が石畳や草原を淡く照らし、時間がゆっくりと流れているようだった。
「よくこんな場所知ってたな」
「ベレスさんに教えて貰ったんだ」
「ベレスにっ! 何もされなかったか⁉」「大丈夫だったよ……!」
聞き流せない真実に気怠かった身体は嘘のように軽くなる。
「本当にっ! 本当に何もされてないんだな⁉」
「話しかけられた時は怖かったけど、普通にここの場所を教えてくれただけだよ」
「……そうか、それなら良いけど」
何考えてんだあの野郎、彼女の首を絞めたことを忘れてんのか……?
「っていうか何でベレスはわざわざ庭園の存在を教えに来たの?」
「私も詳しくは聞いてないけど、『アルムが疲れているようだからいい場所を教えてやる』って言ってたから多分アルムを気に掛けてじゃないかな」
「あいつが、ね……」
ベレスなりの気遣いだとしても正直、感謝よりも怒りが湧き立ってしまう。
「まあそう怒らずに、あそこのベンチで休憩しよっ」
「そうだな」
俺たちは背もたれのない長椅子にゆっくりと腰かけた。
「凄くきれいだね、迷ってまで来た甲斐があったよ」
「そうだな……」
穏やかな風が草木を揺らし、庭園の池が静かに月光を映し出す。
王城に設けられたため決して広くないが、庭全体が神秘的な色に染められていた。
「本当に来た甲斐があったよ」
そしてこの景色を彼女と一緒に見られたのが何より良かった……。
「アルム、横になる?」
柔らかな深緑色の瞳を向け、自身の太腿に触れるラビス。
「良いのか?」「私は全然、アルムが嫌じゃなかったらだけど」
庭園と晩餐会の部屋位置は正反対、生徒に見つかることはないか。
「じゃ、お言葉に甘えて」「あ、待って」
上体を右に下ろそうとするが彼女に止められてしまう。
「そのまま寝たら右腕が痛いでしょ? 仰向けで寝たほうが良いと思うけど」
「……ラビスがそう言うなら良いけどさ」
俺はベンチのすみに膝裏を付けると上体を倒し、彼女の温かな膝上に身を委ねた。
ラビスはほんのり頬を赤く染め、俺は見ないようにすっと瞼を閉じる。
「アルム、あたま触って良い?」「ああ……」
そう言って右目の眼帯を避けながら言葉よりも優しい仕草で頭を撫で始める。
「アルムが起きたらこうしてあげたいなって、ずっと思ってたんだ」
「そうだったんだ……」
「うん、でも理事長先生とかカルティア様とか偉い人が来てそれどころじゃなかったから。だからこの場所を教えてくれたベレスさんには感謝してる」
「本当にお人好しだな。あんなクソ野郎は唾でも吐いとけばいいんだよ」
「あはは。お人好しなのはアルムのほうだよ」
「そうか?」
「そうだよ。多分だけど、アルムがそう言ってくれるから私はあの人を許せたんだと思う」
「……よく分かんねェな。でもだったらその逆もある」
「えっ?」
「お前がベレスを本気で嫌っていたなら俺も敵意しか向けなかった。だからお前の優しさが俺の言動を変えてくれたんだよ」
「……私も分からなくなっちゃった」「はは、俺も分かんなくなった」
テーマも方向性も定まっていない他愛もない会話、だが心は癒される。
それは庭園だからでも膝枕だからでもない、ラビスだからなのだろう。
「ねぇアルム、この大会で頑張ったご褒美に何か欲しいものはある?」
「どうした急に……」
「私たちのために頑張って、走って、戦って、傷付いて、だから頑張ったご褒美に私からプレゼントをあげたいなって」
「俺はこの状況がお前からのプレゼントで十分なんだけどな」
「もう、確かに手持ちのお金は少ないけどそういう事じゃないんだけどなぁ」
目を瞑って分からないが顔を膨らませ、俺の右頬を突っついているのだろう。
「本当に何もいらないの?」「本当に……」
眠気に襲われ、瞼がより一層重く圧し掛かるのを感じる。
「ホントの本当に?」
「本当だよ、キミと居られればそれで十分だ」
「……私と居られればそれで良いの?」
「ああ……」
「ずっと……一緒に居て欲しい?」
「ああ……ずっと一緒に居てくれ……」
意識がどこか遠のいたまま彼女の言葉に続ける俺だったが、突如としてラビスの言葉が聞こえなる。
「…………」
静寂であるにもかかわらず、先程とは異なる状況で逆に意識が冴え始める。
「…………」
――――――――待って、俺今なんて言った……⁉
「あの、さっきのは――――ンッ……⁉」
俺は自らの意思で口を開くと同時に額に茶髪の毛先が触れ、少し遅れて俺とラビスの唇が重なった。
呼吸が、鼓動が、時間さえも止まっているように感じてしまう。
「っふ……!」
恍惚とした視線を落とす彼女だが隠しきれない心の乱れが柔らかな唇を揺らす。
10秒にも満たない触れるような優しいキスの後、彼女は黙って元の姿勢に戻り俺は思い出したかのように呼吸を再開した。
「……ラビス、今のは」「アルムに大好きって伝えたよね」
俺の言葉に被せるように言葉を紡ぐ彼女。
「ラビス……?」「私に大好きって伝えてくれたよね」
月光に溶けるような声で艶めかしく囁く彼女。
「じゃあ私たち、両想いだね……」
俺の口は塞がれてしまったように言葉を紡ぐことができない。
「わたしを、貴方の婚約者にしてくれますか?」
彼女から一世一代の告白に俺の鼓動が高まりを見せ、結われた口が解ける。
「……はい」
雰囲気と先の展開、そして彼女への想いが深く交わり婚約という形にたどり着く。
感情と理性の境界の中、言葉よりも確かな温もりで俺たちは未来を約束した。




