次なる来訪、新たな話題
その後も俺たちは情報共有を続けた。
黒玉の正体、死神教の全容、記憶を読み取ったエミリーたち信者の処遇等々。
「そもそも彼らは末端の信者であり年端もいかない子供です。どういう経緯で入信したのかまでは把握させませんでしたが、それらの記憶を忘れて普通の人生を歩んでほしいと思っています」
「……まあ褒められたやり方じゃねェけど、死神教に関わった記憶だけを消したなら良いだろ」
記憶操作を可能とする彼の部下リベル=バルコット。
ライオスたちと同じ二年生で調査のためにロードスト学園に所属しているそうだ。
「しかしそれだけ大層な魔法を使えるのなら何かしら競技で活躍できそうだがな」
「あの子は気が弱く、ライオスのように目立つことが好きではないので」
「なるほど、本人の気質なら仕方ないが少し勿体ないな……」
残念そうな口ぶりに合わせて相応の感想を述べるが、俺個人としてはホッとしている。
記憶を覗き見たり消去できる程度ならまだ良いが、記憶の捏造や改変はその人の思考や人格にすら影響を及ぼしかねない。
それらの行為が可能だとしても倫理的に考えられる人間で、かつレイゼンの部下であったのは不幸中の幸いだと言えよう。
「……死神教に関する話も大切ですが、貴方についてもお話したい事があります」
「なんだ?」
時計を一瞥したレイゼンは改まった様子で話題を変える。
「この魔導大会で貴方の実力は魔導大会で参加していた選手だけでなく、近隣諸国の重役たちに大きく広まりました。それについては出場する前から理解していたと思います」
「ああ、何か問題でもあったか?」
「『表立った問題』は特には、しかし『裏工作』などの可能性は考えられます」
「裏工作って言うと……拉致とか誘拐とか?」
「流石にそのような強硬手段に出るとは考えられません。現実的なのは移住の斡旋、あっても刺客を送り込む程度かと」
「刺客って、それ本気で言ってんのか⁉」
物騒なことを平気で言うレイゼンに僅かばかり引いた。
移住の誘いはベレスにされたから分からなくもないが……。
「今年度の魔導大会、ベレス殿に惜しくも敗北しましたが総合的な魔法力の高さや潜在性はベレス殿と同等かそれ以上というのが重役たちの判断です」
確かに一年生の俺が正面からやり合えたのならそのような評価も過言ではない。
「じゃあベレスにも移住の勧誘や刺客が送り込まれた時期があったんだな」
「いえ、恐らくですが彼には無いでしょう」
「何でそう思う?」
「移住させるという事は有望な人材を奪うということに直結することになり、信用問題に発展しかねません。それらのリスクを踏み倒してまで欲しいと思えるでしょうか?」
「……リターンのほうが少なそうだな」
時も場所も人も選ばずに暴力を振るう人間性、王族すら軽く扱う実力主義。
どんなに有望な魔法師でもこんな人間を自国に住まわせたくはない。
「じゃあなんだ。俺はそのリスクを踏み倒してまで欲しい人材って訳か?」
「実力は勿論、周囲の人間を思いやり慕われている貴方なら多少のリスクは気にも留めないと思いますよ」
「……そうか」
そう思いますよ、みたいな軽い同意が得られるかと思ったら想像以上に褒められ、目線を逸らしてしまう。
「それに今以上の待遇を提供することが難しくないもの動機の一つだと思います」
「それはそうかもな」
ベレスのように圧倒的な実力だけで貴族以上の権力を獲得した彼に生活の豊かさで交渉を持ち掛けるのは愚策も良いところ。
逆に俺は実力があってもエンドリアス王国内では平民で両親の稼ぎのもとで生活しており、交渉を持ち掛けることも容易だ。
「お聞きしたいのですが今以上の暮らしが出来ると持ち掛けられた場合、貴方はどう答えるのですか?」
「……難しい質問だな、まあ前向きに検討するかな」
もしもの話、それも重大な議題を話すには場所と人間が悪すぎる。
「意外ですね、もっと愛国心のある人だと思っていました」
「お前は俺を何だと思ってんだっ……」
『先生に気に入られているのもそうだし、何より得体が知れない』
こいつの顔を見ていたら忘れたはずの声が脳裏にふっと浮かんできやがる。
「……どうしました?」
「訊きたいんだけど俺の事をどう思ってんだ?」
我ながら抽象的で具体性のない質問なのは理解できる。
しかし当時のライオスの発言を振り返れば妙に引っ掛かった。
「…………」
数秒の静寂の中、レイゼンは眉をひそませ必死に言葉を選んでいるように見えた。
「いや忘れてくれ、無意味な質問だ――――」
「アルム君は大切な生徒で、心強い味方だと思っています」
「ッ……⁉ なんか鳥肌立った今の発言」
その声が耳に触れた瞬間、腕中がざわりと逆立った。
「そんなにおかしな事を言ったでしょうか……?」
内容云々というより……。
「名前か、そうだ名前だな。初めてお前の口から聞いた気がするよ」
「そうかも、しれませんね」
レイゼンは照れているのか視線を落とす。
きっと歩み寄った俺に対して少しでも心を開いた的な気遣いだったのだろう。
「――――アルム君、入っても良いですか?」
静けさを破るように、扉にコツンとノックの音が響く。
この声色はカルティア先輩か。
「時間のようですね。話は済んだことですし、私はお暇します」
レイゼンは立ち上がりガチャリと扉を開けた。
「理事長っ⁉ 申し訳ありません、お話し中でしたか?」
「気にする必要はありません。用件は済んで帰るところでしたから」
謝罪するカルティアの背後にはマリアとミリエラもいた。
「ではお大事に」
「はい、ありがとうございました」
軽く言葉を交わし、レイゼンは病室を後にした。
「本当にお邪魔ではなかったでしょうか?」
「はい、むしろ良いタイミングで来てくれて助かりましたよ」
「ふふふ、それなら良かったです」
彼女はいつもの笑顔を取り戻し、罪悪感を払うことに成功する。
「ミリエラ先輩もマリア先輩もわざわざありがとうございます」
後ろの彼女たちにも感謝を告げるが、返事はなく視線が泳ぐだけだった。
「……しかしお見舞いならライザ先輩の試合が終わってからで良かったと思いますが?」
「いえ、アルム君には決勝戦が始まる前に話しておきたい事がありましたから」
「始まる前に? 一体どんな……?」
「『貴族制廃止』を成し遂げたい背景についてです」
紫紺色の瞳は逸らさず、ただ真っ直ぐに俺の左目を捉える。
「なるほど……」
彼女が王位を継承したい理由、聞くだけで息が詰まるような内容だ。
死神教や裏工作の話から一転、病み上がりの俺に新たな話題が投下された。




