31羽 君の涙で青に染めて
「昇瀬……僕はどうすればいい?」
鳳空飼は迷っていた。天道昇瀬は生き返らせたい。だが他人の命を奪っての復活を彼女は望まない。当然彼女は答えてくれない。彼の心には影が差していた。
「じゃあ聞いてみるか?」
「玄雄……隼人……」
こういうことか。白い焔に包まれた昇瀬さんの体から真っすぐに蝋の柱が伸びていた。間違いない、ここが根っこだ。
「君たちがどうしてここに……」
「色々言いたいことはあるけど、今はどうでもいい」
この鳳空飼という男、俺の世界では八田白夜という。俺の兄貴だ。文句は無限に湧き上がってくるが、今はそうじゃない。
「……思った通りだ。昇瀬さんが拒絶してる」
「どういうことだい?」
「集まった命を受け入れてないんだよ。もう十分集まってたんだ」
だとしたら……やってみるか。
「一回ちゃんと話し合ってください」
受け入れろ。あなたのために集められた命だ。ヤタカガミを通じて天井の中の命を昇瀬さんに吸い取らせる。
「…………あれ? 私……」
「昇瀬……」
空飼の瞳が潤んだ。天道昇瀬が、目を覚ました。
「おい玄雄……何を……」
「いいんだ。選ぶのは彼女だから」
昇瀬さんを包んでいた白い焔は剥がれ落ちた。空飼は感極まって昇瀬さんを力強く抱きしめた。
「空飼くん……何か大人っぽくなった?」
「12年だよ……そりゃ変わるさ」
12年。それだけの間2人の時間は止まっていた。
さあ、選択の時だ。
「昇瀬さん、空飼があなたを生き返らせたんです」
「君は……? あ、そうだよ! 私死んだんだよ! 空飼くん、説明ぷりーず!」
死を自覚したとは思えない明るさで空飼に問いかける。空飼は口ごもった。
逃げるな、向き合え。
「君を生き返らせた……その……」
「空飼くん?」
「命を集めた。……他の人間から」
「……え」
「君を……君に生きていてほしかった。君のいない世界に、耐えられなかった……」
「むぅ」
真相を知った昇瀬さんは気が抜けそうな声を漏らしながら不満そうに頬を膨らせた。どうなる。
「空飼くん、私は今の空飼くんのことはちっとも好きになれません」
「…………」
「私の好きな人を馬鹿にしないで。空飼くんは強いんだから」
昇瀬さんは空飼の両肩をグイと押して引き剥がす。空飼は閉口した。確かに意外な言葉だ。
「空飼くんはね、本当は寂しいくせにずっと一人で我慢してたんだよ。それなのに周りには全然そんなところ見せないんだよ? すごいよね。そんな空飼くんがいてくれたから、私辛くても頑張れたんだよ。だからせめて私の前だけでも泣いてくれたらって、思ってたんだけど……結局最後まで泣いてくれなかったんだ。空飼くんの青空はどこまで続いてるんだろう、って……」
「違う、君が……君が照らしてくれたから、君がいてくれたから僕の心は救われたんだ。一緒にいてくれるだけで幸せだった、寂しさなんて忘れられた。強いのは君の方だよ。君は、最後まで辛そうな顔なんか見せなかった。死ぬのは……怖いはずなのに……」
「うーむ、私たち全然理解し合えてないね」
昇瀬さんは腕を組みながらわざとらしくまじめくさった。
「君の涙を見せてよ。自分の中に呑み込むのはもうやめて?」
「昇瀬……そうか、やっぱり僕はダメだな……」
「空飼くん! 他人同士なのだから分かりあえないのは当然だよ!」
「でも……それじゃあ……」
「それでもそばにいてくれたでしょ? 最後まで結構幸せだったんだよ?」
昇瀬さんは空飼を優しく抱き寄せながら笑顔で囁いた。空飼の瞳から大粒の涙がこぼれた。
「……やっと泣いてくれたね」
「ありがとう、傍にいてくれて」
この二人も……分かりあえたのかな。……はぁ、嫌だな。自分が嫌だ。これからする質問は答えが分かりきっている。
「……昇瀬さん。どうしますか?」
「うん、返すよ」
昇瀬さんが微笑むと、胸の間に中翼が浮き上がってくる。中翼の周りには、それを守るように白い焔が燃え盛っていた。
「空飼くん、ありがと!」
「ありがとう。……じゃあ」
昇瀬さんは燃え盛る白い焔の中に手を突っ込んで羽根を掴んだ。……そしてそのまま、引っこ抜いた。
「……やっぱりお人好しだな」
天道昇瀬に注がれた命は、白い天井に帰っていく。さあ、ここからが勝負だぞ。雛を失った親鳥がどうなるか……
「おい、玄雄! あれ……」
「始まったか……!」
白い天井が、ブロック大の破片に割れて崩れ落ちる。そしてその破片は、白い鳥へと姿を変える。
「行くぞ! 隼人!」
「おう!」
社長室の窓をたたき割って外へ飛び出す。世界中で同じことが起こっている。そして、雛を死なせた奴を、奴らが襲いに来る。
「なんだこの数……」
「狙いは俺達だ! 耐えろよ!」
無限にも思えそうなほど大群の白蝋守天が、白い天井に代わって大空を覆い尽くす。そして、俺と隼人に、運命を歪めた者に襲い掛かってくる。
……だが俺と隼人の敵じゃねえ!
隼人が超光速で貫く。俺がヤタカガミで焼き尽くす。
この繰り返しだ。だがこれは……地球って広いなぁ!
「キリがない……」
「玄雄! このままじゃジリ貧だぞ!」
隼人の言う通りだ。いくら俺達が強かろうが体力には限界がある。まだ空には隙間すら見えない。こいつらいつまで襲ってくるんだ……このままじゃ……
「玄雄、今から俺は過去に飛ぶ!」
「はっ!? お前、こんな時に一人にするなよ!」
「12年前だろ!? お前の鏡借りるぞ!」
そうか、こいつ……無茶だけど……隼人はそういうやつだ! だったら……
「頼むぞ隼人!」
「よっしゃ! ここは預けるぞ!」
こいつらは、俺が焼き尽くす。送り届けてくれよ、真実を!
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……着いたか。12年前、天道昇瀬さんの病室。俺はカッコ悪く床に倒れていた。ベッドの上の昇瀬さんが目を丸くして見つめている。
「え……何?」
「あんたの命を救いに来た!」
「鳥さんはお医者さんなの?」
玄雄の鏡をかざして昇瀬さんの方に向ける。今更こんなところに来て言うのもあれだが……こういうことしちゃっていいのだろうか。歴史を変えた影響で未来が変わってどうのこうのとか……
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あー……マジで終わりが見えない。際限なく襲い掛かってくる白蝋守天を振り払いながらため息が出そうになる。隼人は無事に過去へ飛べただろうか……
「まだだ……この空は……俺の……いや、あいつらのものだ」
そうだ、この鏡はいつだって真実を映してきた。俺の心が求める限り、いつだって……
「……さあ、取り戻そうぜ」
つむじ風とともに、手元に何十枚も羽根が集まってくる。形も色も模様もバラバラだ。でもこれが可能性なんだ。
そこに命がある限り可能性は広がっていく。
そして可能性が重なり合ってまた新たな可能性が生まれる。
お前らが勝手に決めていいものじゃないんだよ。
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運命の根っこはここにある。この牢獄から、可能性を解き放たなくちゃいけないんだ。だから……
「「……真実を導け、ヤタカガミ!!」」
仲間の思いが俺に重なった。俺のもとに集まった羽根を、天高く舞い上がらせる。
「それでも青空は……」
舞い上がった羽根が幾重にも重なって無限に広がっていく。
「日の出は……」
無限に広がった羽根は、天を覆う運命に突き刺さる。
「……ここにある」
運命の牢獄は崩れ去った。俺の頭上には、青色の天井がどこまでもどこまでも広がっていた。




