最後の一羽
……あの後どうなった? 俺は自分の部屋で眠っていた。何で帰ってきたんだ? 帰って来てるってことは……
あの世界ではバードロイドが生まれない歴史になった。俺があの世界に旅をする理由も、隼人が過去に飛ぶ理由もなくなったから、俺がここに戻ってきた……そういうことかな。
兄貴も救えた、ってことかな。……長かったなぁ、ここまで。俺のわがままもこれで終わりだ。
「玄雄ー! いつまで寝てるの!」
「はいはーい!」
母さんが掃除機を掛けながら俺の部屋を開ける。今日からはいつもの日常だ。何物にも代えられない平凡な日々。兄貴はもういないけど、兄貴だってそれを望んでくれてるはずだ。
俺は、兄貴が昇瀬さんのために命を絶ったのだと思っていた。それは、今になってみれば、俺の勘違い、現実逃避だったのだと思う。
兄貴にとっては、どの世界の俺も等しく大切な弟だったんだ。会ったこともないくせに。兄貴は俺達を鳥かごから解き放つために、その選択をした。分かってたことじゃないか。
兄貴の昇瀬さんへの愛を、自分のために兄貴が死んだことを否定するための言い訳にしてた。同時に兄貴の俺への愛も否定することになっていたとも知らずに……
「遅かったな玄雄~この寝坊助め!」
え。なん……で……。ウザったくなるほど聞き飽きた声、だけど二度と聞くことはないと思っていた声。マジで? こんなことってあるのかよ?
「兄貴……何で生きてんだよ……?」
「朝からひどくない!?」
信じられない。夢でも見てるのか? 頬を思いっきりつねってみるが、普通に痛い。
「僕が生きてちゃダメ、なのか……?」
「いいに決まってんだろ! 生きて……生きて幸せになれよ!」
「ど、どうした? なんか変なものでも食ったか?」
兄貴が心配そうに見つめてきた。弟思いの兄貴なんだよな。こんな嬉しいことって……しかし兄貴は俺のそんな感動もいざ知らず時計をチラチラ見ている。
「おっと、約束に遅れてしまう。玄雄、兄はもう行くよ!」
「えっ、約束って?」
「デートだよ。お前も早く彼女作れよー」
親指を立てながら玄関へ走っていく。デート、兄貴が? 彼女、それってもしかしてもしかして……
兄貴が玄関のドアを開けると同時に元気いっぱいの女性の声が聞こえてきた。
「やっほー! 白夜くん!」
「うわっ! 駅で待ち合わせって……」
「待ちきれなかったんだもん!」
こんな……嬉しいことがまだあるなんて……
「兄貴、その人が?」
「そうそう。私の恋人の天道昇瀬さん」
「おっ、君が噂の弟くん?」
その女性は昇瀬さんだった。なぜだろう、視界が少しふやける。
「よかったな、兄貴……」
「ど、どうした?」
「玄雄くんは優しいんだね!」
玄関を出ていく兄貴と昇瀬さんの背中を見送った。昇瀬さんの退院祝いだそうだ。一緒に行きたいところが沢山あると。
なんか、都合よすぎて逆に怖いな……とは言いつつも顔がほころぶのは抑えきれない。でもどうして俺の世界にまで影響が出ているのだろうか……
「ま、いいか! そろそろ学校行こっと!」
通学路には燦燦と朝陽が降り注ぐ。この道を通るのも久しぶりな気がするな。旅するようになってからロクに学校行ってなかったし……友人たちは元気にしているだろうか。
あ……
肩まで伸びた黒曜石のように黒く艶めく髪をたなびかせながら、俺のすぐ横を通り過ぎていく美しい少女。俺のことは気にも留めずに。そうだよな、流石にそこまでは都合よくいかないか。
「あの……」
足を止めてこちらを振り返る。その少女は俺の顔をまじまじと見つめている。心臓が今にも飛び出しそうだ。え? 嘘だろ? そんな都合のいいこと流石に……
「これ落としましたよ?」
俺のスマホだ。流石にないよな……まあ、よかったよ。あんまり都合いいと怖いしな。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。それじゃあ」
軽く会釈をしてそのまま立ち去っていく。良かった、良かった。これで……いいのか? 俺が好きなのは……でも……
ダメだ。俺も、自分の世界を生きなくちゃ。
「待って!」
「……何ですか?」
「あの……せめてお名前だけでも!」
町娘かよ。名前なんか知ってるよ。少女は不思議そうに首をかしげる。
「大袈裟ですよ、私、烏丸夕陽って言います」
「そう……ですか。……いい名前ですね」
「あなたは?」
少女は目を細めながら尋ねてくる。真っ黒な髪にはじかれた朝日が青空に溶けてゆく。ああ、本当にきれいだなぁ。やっぱり俺は……
「八田玄雄。普通の高校生です」
それが俺の生きたい世界、この世界で歩みたい人生。
この世界の俺は、どこにでもいるような普通の人間なんだ。でも、そんな俺も、この世界も、全部全部!
「大っ好きだー!!」
「えぇ!? な、何!?」
無限に広がる青空に向かって叫んだ。どこまでもどこまでも……ありがとう、俺の可能性!
完結です!!ありがとうございました!!




