30羽 呪いを解くのは
……ここは……真っ暗だなぁ。暗闇の中、ってこんな感じなんだなぁ……。
とうとうこの時が来てしまったか。間もなく俺は人間じゃなくなる。いや、もっと早い段階から人間じゃなかったのかも……
せめてもうちょっと待ってくれよ。あとはあの天井壊すだけだったのに。結局兄貴も救えなかったし……何にも成し遂げてないな、俺。
このまま終わりたくない。
今俺は眠っている状態だろうな。次に目を覚ました時どうなってるか……。理性はあるのか? 敵味方を区別できるのか? 善悪の基準は持っているのか? ……無駄な自問自答だなぁ。答えは全部ノーだ。次に目を覚ましたら、人間・八田玄雄は死に、ヤタガラスの化け物・八田玄雄が誕生する。
……しょうがない、そうなったら隼人に止めてもらうしかないなぁ。そのために強くなってほしかったみたいなところもあるし……。
ああ、いやだなぁ。そんなことになるぐらいならいっそこのまま……
「おい、玄雄! 何なんだよ……」
玄雄は眠ったまま動かなくなってしまっていた。疲れて眠りこけているってわけではない。ゆすってもはたいても微動だにしない。何か嫌な感じだ。早く起こさねえと……
「はぁ……はぁ……間に合わなかった……!」
「……玄雄!?」
息を切らしながらやってきたのは波里さんだ。何故か夕陽をお姫様抱っこしているが……いや、今はそれどころじゃない!
「間に合わなかった、ってどういうことですか!?」
「その子は……今ヤタガラスの力に呑まれてるわ」
ヤタガラスの力に……? 玄雄、お前どうなっちまうんだ?
『愚かな男だ……』
『お前と同じになっちまったよ。言われてみれば、初めて会った時からずっと心配してくれてたんだな』
白牢の使者と初めて会った鏡の中で、あいつは『大人しく自分の世界に帰るんだな』とそう言っていた。白牢の使者は……いや……
白牢の使者に歩み寄り、彼の身を包む黒い布を引き剥がす。布の下からは黒い羽が飛び散り、胸に鏡の輝く三本足のカラスが現れた。
『……“俺”は』
『……そうだったらしい』
そうだ、こいつは俺だ。多分、俺が旅を始めるよりもずっと前から旅を続けていたんだ。
そうだ、俺はお前だ。兄を救う旅を、思い出せないほど繰り返してきた。運命を捻じ曲げ続けた代償か、俺はあらゆる運命から拒絶された。
一人の人間が超えていい境界線などとうに超えていたのだ。その結果、一つの世界に留まり続けることができなくなってしまった。ヤタカガミの力は、大きすぎたのだ。受け入れられる世界がないほどに……
今の俺に、帰る場所はどこにもない。
そうだな……だったら、鏡の中で彷徨い続けた方がマシか。このまま、暗闇の中に身を預けて……傷つけたくないもんな。
俺の視界を覆う漆黒の暗闇がドンドン深くなっていく。闇の中って案外気持ちいいんだなぁ……なんか……サラサラしてて……柔らかくて……いい匂いで……
こうなったら、私の髪の毛食べなさい!
ああ、そういえば、そんなこともあったな……どうして今更こんなこと思い出すんだろう? きっとあれだな、走馬燈って奴だな。それか死ぬ間際の幻覚か。さてと、今度こそ……
……私は、玄雄が好きだよ。今ここにいる玄雄が
…………はぁ……あー、もう! 俺ってホントに最低だ! 何でこんな大事なこと忘れてたんだろう! 違うよ、そうだろ、俺は……
「……まだ“俺の世界”でやることがある」
『お前……どうやって……』
ヤタカガミは、俺の鏡はいつだって真実を映してきた。ヤタカガミに呑まれて化け物になってしまうというのなら、それは俺の心が化け物だったというだけのことだ。
俺は、やっぱり……
「俺のこと愛して認めてくれる人がいるなら、そこはどこだって俺の世界だ。……もう見失ったりしない。俺は、俺を愛してくれた人を全員救う。そのために旅をしてるんだ」
『……愛、か』
「お前にも……俺にもきっといるよ。だから……」
『……皆まで言うな。俺はお前だ。分かっている』
「救えよ、俺の愛した人たちを」
「……ああ!」
……ちょっと寝すぎたかな……。何か頭の上が騒がしいな……俺が死んだと思って泣き叫んでるのかな? だったら早く目を覚まして安心させてあげないと……
「夕陽さん! 王子様の呪いを解くのはお姫様の口づけと相場が決まってます!」
「えぇええ……口づけって……」
「こいつが王子様ってガラかよ。真面目に考えろ」
……人が寝てると思って好き勝手言いやがって。
胸の鏡が引っ込んでいく。三本目の足も消える。俺は“普通の”カラスの姿になっていた。……こっからもうちょい気合入れて……!
「玄雄……?」
「目が覚めましたよ!」
涼音が嬉しそうに隼人の肩を叩く。隼人は慌てて顔を逸らす。照れなくていいのに。波里さんがため息つきながら微笑む。夕陽が……泣いている。やめてくれよ、俺は、お前には笑っていてほしいんだ。……まあ俺のせいだから、そこはきっちりケジメつけないとな。
「ごめん、夕陽。俺、最低だ。お前はお前なのに……俺の勝手な理想押し付けて……ごめんな……お前には、お前の人生があるのにな」
ちゃんと伝えないと、俺の本当の気持ち。夕陽は……
まずもって……見た目がめちゃくちゃ好み。
でもそれだけじゃない。それだけじゃないって、今はもう知ってる。
友達思いで、いつも周りに気を配ってて、根性があって、真面目で、芯が強くて、それでちょっと寂しがりなところもあって、笑顔が素敵で……俺は……
「夕陽、俺は……“烏丸夕陽”が大好きだ」
「……そっか。フラれちゃった」
「でも……お前を守りたい、それだけは本当なんだ」
「知ってるよ」
……やっぱり敵わないな。ああ、この笑顔だ、この笑顔が好きなんだよ。
「……隼人、行こう」
「おう」
今なら分かるよ。俺は夕陽のことが大好きだから、どの世界の夕陽にも幸せでいてほしい。兄貴が俺を愛してくれていたのも同じなんだ。たとえ別世界の存在だろうと、兄貴にとっては等しく愛しい弟だったんだ。
だから、自分を犠牲にしてそれで助けられるなら、って……
悲しい運命は、根っこから焼き尽くしちまおう。
さあ……これで最後だ。




