28羽 弟妹エゴイズム
「昇瀬さん、腹違いさんの妹さんがいるんです。名前が確か……波里翠さん!」
波里さんが昇瀬さんの妹? そうか……そういうことか。隼人は……ビックリしてるな。そうだな、こいつなら大丈夫か。
「涼音、隼人とオオトリに行ってくれ。あの天井の根元まで、こいつを案内してやってくれ」
「はっ、はい! 承知しました!」
「お前は行かないのか?」
「俺は行くところがある」
おかしいと思ってたんだよな。いくら銀子さんが大事で守りたいからって自分から改造してもらうなんて。涼音の話を聞いて納得できた。兄貴が昇瀬さんの妹を守るためだったと考える方がまだ自然だ。
そしてきっとあの人も昇瀬さんを生き返らせたいと思ってるはずだ。会って直接確かめないと。
一応家の場所は知ってるけど……いるとすればそうじゃない。やっぱり銀子さんのところかな。
「何よ……」
「やっぱりここにいた」
思った通りだ。波里さんはちょうど銀子さん宅の前にいた。
「何か用? 銀子ちゃんの様子見に来たから早めに……」
「銀子さんが大事なんですね」
「友達なんだから当たり前じゃない」
「それだけですか?」
「何が言いたいの?」
「重ねてたんじゃないですか? ……お姉さんと」
「…………何で君が知ってるのよ」
銀子さんは、無口で何を考えているのかよくわからない。
昇瀬さんは、おしゃべり好きでとにかく明るい。
正反対に見えるけど、根っこのところはよく似ていると思う。2人ともお人好しで、それでいてぶれない強さも持っている。
だから波里さんは銀子さんのこと好きになったんだと思う。
「……初めはね、君達のこと調べるために近づいたの」
高校が同じだった銀子さんは一番手近だった。不死鳥の遺伝子を完成させるためには”幻獣の翼”の適合者が必要だった。銀子さんを通じて他のバードロイドのことも調べるつもりだったのだ。
「なのにさぁ……お姉ちゃんそっくりなんだもん。嫌んなっちゃうわよ」
波里さんはオオトリとつながってたんだ。内通してたと考えれば、あれやこれやも納得できる。この人も迷ってたんだ。だから最初に俺が渡ったの世界での最後の戦いにも来ることができなかった。……不器用だよなぁ。
「……波里さんは、どうして昇瀬さんを生き返らせたいと?」
「分かってるくせに。あなたがお兄さんを救いたいって思ってるのと同じ」
……ここまでは予想してなかったな。
波里さんが右腕をスッと体の外側に振る。俺達の目の前には透き通った大河が現れた。対岸に見えたのは鏡写しになった俺達の姿だった。
「この河の向こうにお姉ちゃんがいると思ってた。でもどこにもいなくて」
「……空飼の計画に乗っちゃったんだ」
「悪い? ただもう一回……お姉ちゃんに……」
「……俺もあまり強く言えないですけど、軽い気持ちでした選択が日常を壊しちゃったバカな男の子の話ならできますよ」
「興味ない」
「ひどいなぁ……」
「私本当は我儘なの。しっかり者の生徒会長なんて本当はガラじゃない」
「まあ、それは何となく」
「知った風な口きいてさぁ……あなたホントムカつく」
「じゃあ聞かせて下さいよ。その、本当は我儘なしっかり者の女の子の話」
「………………しょうがないわね。大した話じゃないわよ」
その女の子は優しいお父さんと明るいお母さんの間に生まれました。
可愛い一人娘として、お父さんとお母さんの愛情をいっぱい受けて育ちました。
女の子はお父さんとお母さんが大好きでした。
だけど実はその子のお父さんは“くず”だったのです。
お父さんは高校時代に恋人を妊娠させてしまいました。
その人は産みたいと言ったそうです。
お父さんは認知しないと答えたそうです。
認知するとかしないとかその当時はよく分からなかった。
その女の子は、私にお姉ちゃんがいるんだ、と喜びました。
その言葉の意味を知った時、女の子はお父さんを心底軽蔑しました。
お母さんのこともです。
無責任に他人を放り捨てておいて自分たちだけ幸せそうに暮らしてるんだ。
私も同じじゃない。
お姉ちゃんは病気で入院していると聞きました。
お見舞いに行かないのか、と聞いてみました。
合わせる顔がない、と答えてくれました。
仕方がないので女の子は一人でこっそり病院に行くことにしました。
病院は遠かったけど頑張って辿りつきました。
「え!? 私の妹!? よく来てくれたね! お姉ちゃん元気100倍だよ!」
お姉ちゃんは私を見て嫌な顔をするどころか大喜びしてくれました。
あなたを捨てた人の子どもなのに。
あなた達のこと知らずに幸せそうに暮らしてたのに。
「翠ちゃんは関係ないでしょ? そんなことより! お姉ちゃんに! 何かやってほしいことない!? 何でもわがまま言っていいんだよ!?」
「えっと……じゃあ……元気になったら……一緒に遊んでくれる?」
「そんなこと? わざわざお願いしなくてもいいのに……」
「それがいいの! 約束!」
「分かった! お姉ちゃんとの約束ね!」
でもお姉ちゃんはその約束を守ってくれませんでした。
その後お姉ちゃんの病状が良くなることはなく、死んでしまいました。
お葬式に行かないのか、と聞いてみました。
やはり合わせる顔がない、と答えてくれました。
今なら引き摺ってでも連れていくわよ。
それでお姉ちゃんの棺桶の前で土下座させてやるの。
……でもその時まだ8歳だったんだもん。できないよそんなこと。
我儘を言ったから罰が当たったんだ、ってそう思ったわ。
そんなわけないのに。自分を責めたってお姉ちゃんは喜ばないのに。
「他の人を犠牲にしてまで生き返ってもお姉ちゃんは喜ばないのに」
そうだよな、そんなこと分かってますよね。
「……我儘なの。私がもう一回お姉ちゃんに会いたいだけ……」
俺も同じだ。兄貴を救いたいのも俺の我儘だ。
昇瀬さんが生き返れば、俺も波里さんも幸せになるだろう。
でもそれじゃダメなんだ。
兄貴は大事だ。でも俺の大事な人は兄貴だけじゃない。
そんな大事な人たちの幸せを踏みにじって得た幸せに何の意味がある?
俺より波里さんの方が分かってるはずだ。
それでも割り切れないんだ、当たり前だよ。
だったらその願いは俺が叶えてあげよう。
「波里さん、昇瀬さんに会いましょう」
「何言ってるの? 私がどれだけ頑張ってお姉ちゃんが生きてる場所を探したと……」
「俺の世界の昇瀬さん、生きてます」
「…………ほんとう?」
「はい。行きましょう」
眼前の大河を飛び越え、いざ俺の世界へ。荒々しい水流の音が次第に遠ざかっていく。……こんなにすぐ再来することになるとは。
「ねえ、本当よね……」
「後は姉妹水入らずでどーぞ」
ドアの向こうに波里さんを押しやり、ドアの隙間から様子を覗く。……これじゃ不審者だな。
「あ、翠ちゃん!」
「あ……お姉……ちゃん……」
きっとこの世界の波里さんは頻繁にお見舞いに来ているのだろう。昇瀬さんの顔を見た波里さんの背中が震えた。
「どうしたの? 体調悪い? あ、それ私か! はっはっは……」
「お姉ちゃん!」
笑えない冗談を言う昇瀬さんの胸に波里さんが思いっ切り飛び込んだ。昇瀬さんは戸惑いながらも優しく抱き留めた。
「今日は甘えん坊だね。何かあった?」
「……お姉ちゃん、私のわがまま聞いてくれる?」
「いいよ。何でも言って?」
「幸せに……なってね?」
「……分かった、お姉ちゃん頑張る!」
やっぱり……いいもんだな。
……次は俺の番だ。待ってろよ、兄貴。




