20羽 旅烏が救いたい人
「あ、お帰り隼人」
小屋に戻ると夕陽が待っていた。……合わせる顔がない。
「……あれ? 玄雄は?」
何て言えばいい? 鏡の世界に取り残してきましたって? そんなこと言ったらこいつはどうなる? 夕陽だって、曲がりなりにも玄雄に救われたんだ。言えるわけがない。
「何か……用事があるんだってさ。困っちまうよな、どこ行くかぐらい教えてくれてもいいのにな」
こんなの嘘だ。今はこいつを不安にさせるわけにいかないんだ。夕陽を守りたいってのは、玄雄のたった一つの、偽らざる本音だったと思うから。
「……そっか。ねぇ、これ玄雄から預かったんだけど……」
夕陽が少し大きめの箱を差し出してくる。……何だよ?
「俺がいないときに渡してくれ、って」
なんでわざわざ……開けてみるか……。
これ……みんなの住所と人数分の鏡……。クソが、立ち止まってる暇はないってことかよ。そうだ、あいつがいない今、皆を守れるのは俺しかいない。
「俺ちょっと行ってくるわ」
「……どこに?」
「安否確認。鳳雛の家の皆の」
ここが、登坂啓朝の住処。デカいな……テントにしては。玄雄は何でこんなのまで把握しているのだろうか。今となってはその疑問の答えを確かめる術はない。
「すみませーん……」
「はいッ! どうしましたかッ!?」
テントの中には体の引き締まった細マッチョって感じの男の集団。何だこの暑苦しい空間は。あんなことがなかったらそっと入り口を閉めて踵を返していただろう。
「あのー、啓朝……登坂啓朝はいますか? 鳳雛の家の隼人……」
「おうッ! 登坂の知り合いかッ! 登坂ッ! 友人が来てるぞッ!」
喋り方も暑苦しい。
「あー、はいはい。……隼人かい。どうしたんだい?」
「いや、元気にしてるかと思ってな。……なあ、ここは一体……」
「ああ、テントでいろんなとこ移動しながらヒーローショーやってんのさ」
なるほど、あの人たちは“中の人”ってことか。そりゃ体も鍛えてるわな。
「お前も着ぐるみの中に入ってるのか?」
「ま、俺はまだ駆け出しだから。せいぜい量産型戦闘員ってとこさ」
啓朝は謙遜しているが、世界がこんな状況の時にヒーローショーで人々に希望を届けているのだ。俺は十分すごいと思う。
「……十分すごいよお前は」
「そうかい?」
冷静を取り繕っているがやはり少し嬉しそうだ。目元を緩めながら鼻の横をポリポリ書いている。……それに引き換え俺ときたら……
「……隼人、最近なんか辛いことでもあったのかい?」
「えっ。」
なぜ見透かされている。最近っていうか、ついさっきなんだけど。俺は玄雄を二度も見殺しにした。
「何でそう思った?」
「俺もヒーローを目指すもんの端くれ。力なき人々の悲しみには誰よりも敏感じゃなきゃいけねえ」
「力なき人々って……」
まあ、そうかもな。また何もできなかった。俺は……無力だ。
「だからこそお前さんをすげえと思ったのさ」
「…………は?」
「己の悲しみを隠して他人のために行動する。その姿はまさにヒーローさ」
やめてくれ、俺はそんな立派なもんじゃない。
「俺も見習わないと。ヒーローが下向いてたらみんな不安だもんな」
あ。
違うだろ、玄雄がいないから仕方なく? そうじゃない。俺は、俺の意思でみんなを守るって決めたんだ。
「……ありがとな、啓朝」
「少年の笑顔を守るのがヒーローの役目だからな」
啓朝がニシッと笑った。まったくこいつは……
「登坂、全部俺の受け売りじゃねえか!」
テントの隅の方で聞いていた啓朝の先輩が声を掛けた。……まったくこいつは。
「ちょっと先輩。ヒーローの舞台裏は明かさないお約束ですぜ?」
「生意気言いやがって。なあ、隼人くん?」
「ホントっすよ。……啓朝、これ持っとけ」
鏡を、玄雄が託してくれた鏡を啓朝に渡す。こいつがヒーローとして希望を届けるなら、俺がそれを守ろうじゃないか。
「何だいこれ?」
「俺の相棒に託された。これを使って皆を守ってくれ、ってな」
「……そうかい。俺も負けてらんないね」
俺だって負けねえさ。相手がロウソクの兵隊だろうと、運命の執行人だろうと、絶対に。あの天井ぶっ壊して、この世界に青空を取り戻してみせる!
「……ここは……」
鏡界の中だ。そうだ、俺は確か鏡界因子で操られた巌さんと彩さんに襲われて……ッ! まだ体が痛む。普通に戦えば俺が負ける要素ないのに!
……彩さんが喋ってるのが嬉しくて油断しちゃった。俺もまだまだ甘いなぁ……。隼人は無事かな。早く戻らないと、夕陽が待ってる……はず。
「は?」
ちょっと待って。何で? 鏡の中に入れない。どうなってんだ? ……嘘だろ、締め出されてる。
……白牢の使者って奴の仕業か? 迂闊に鏡界に入るんじゃなかった。俺がここに来るタイミングを狙ってたんだ、ここに閉じ込めて世界から締め出すために。……ん? ひとつだけ閉じてない鏡がある。
「…………俺の世界だ」
なぜここだけ開いている? 大人しく元の世界に帰れってことか? お優しいことだ。そういえば最初に襲われた時も、自分の世界に帰れって言われたっけな。……まさかとは思うけど、俺のこと気遣ってんのか? いや、それはないか。
「どうするかな、これ……」
何かあの世界に行ってから初めての経験ばかりだ。今までと違うことばっかり。ポジティブに考えよう、今までと違うことが起きてるってことは今までと違う結果になるかもしれないってことだ。兄貴を救えるかもしれないって……
『そうか、なら我々の利害は一致している』
…………! こいつ……白牢の使者!
『お前の兄を救いたいのだろう? 天道昇瀬が生き返ればお前の兄の心は救われる。それで手打ちと行こう、彼女は順調に復活へと向かっている。もはや我々が争い合う必要も、お前が旅を続ける必要もない。どうだ? お前にとっても悪い話ではあるまい』
……確かにそうだ。兄貴を救うならそれが一番手っ取り早いだろう。
それにこの旅は辛いことばかりだった。
兄貴が死ぬところも何回も見てきたし、それだけじゃない。
仲間だった奴が別の世界では敵同士だった。
別の世界に行けば誰も俺が仲間だったことなんか知らなかった。
皆が見てたのは自分たちの世界の“八田玄雄”だった。
誰も俺のことなんか見ていなかった。
本当にずっと辛かった。
だんだん自分が誰なのか分からなくなってきた。
酷い時は鏡を見ることすら怖かった。
それに、いつ“幻獣の翼”の副作用で人間に戻れなくなるかもわからない。
こいつの提案を受け入れて旅することをやめれば、そんな恐怖や苦痛からも全部解放される。……確かに、悪い話じゃないかもな。
啓朝1章登場回:地獄のヒーローショー編




