17羽 平和的サプライズ
「隼人、俺の鏡についてお前にそろそろ話しておこうと思う」
「……え?」
例によって今日も鏡を配って回っている。どういう風の吹き回しかは知らないが、今まで聞いてもはぐらかされてきたあの鏡について話してくれる気になったらしい。懐から鏡を一枚取り出した。
「しっかり見てろよ。……ほら」
玄雄が念じると鏡の中に映像が映し出される。……これは俺の小屋か?
「こいつを使えば鏡を持ってるやつの危機を察知できるって寸法よ!」
「なるほど……でもこれお前がいないと使えないんじゃねえか?」
「だからだよ。隼人にも使えるようにしておかないと……」
しかし玄雄は言いかけた所で「うーん」と顔をしかめた。
「だが今はその時じゃないな」
「……あのなぁ……」
だったら思わせぶりなこと言うなや! こいつが自分のことをちゃんと話してくれるのはまだまだ先のようだ。……俺に心開いてねぇのかな。いや、そんなこと、別にどうでもいいけどさ。
「ここだぜ。隼人、先に入ってくれ」
「お、おう……分かったよ……」
促されるままにこじんまりした一軒家の扉を開けたその刹那、真っ赤な拳が俺の顔面に直撃した。
「おぐぅっほぁあっ!?」
何でボクシンググローブが飛び出してくるんだよ!? 何のトラップだ!
「ふぅー……用心して正解だったな」
尻もちをついている俺をひょいと飛び越えながら、家の中へ。俺は囮かよ!? ていうか何でこんなところに罠が張られてんだよ……。
「隼人、立てる?」
「……必要ない」
玄雄が差し出した手を払いのけながら家の中に進入する……なっ!? 土間に足を置いた瞬間、頭の上にタライが落ちてくる。
「何だ、これ……」
「あちゃー、だから気を付けろって」
「言ってないだろ!?」
そうだったかな、ととぼけた顔をしながら頭をかいている。まったくこいつは……
「あっはははは!」
文句を言ってやろうとしたが、奥から出てきた、おそらくこの家の住人の男の笑い声で遮られる。
「はぁー……いや、すみません。君があまりにあっさり引っ掛かるのでつい……」
「相変わらず悪趣味っすね、しるしさん」
男の名は、葉渡しるし。独力でこの家をこんな悪戯心満載(物理)に改造しているらしい。彼が作ったトラップのせいで俺の体はボロボロだ。文句の一つでも言ってやりたいが、今の俺はそんなことを言える立場でないのも痛いほど理解していた。
「知り合いとはいえ勝手に家に入るのは感心しませんね」
ぐうの音も出ない正論である。しかし一番このことを身に刻むべき奴には全く響いていないようだ。玄雄、お前だよ。
「俺は気を付けろって言ったんですけどね」
言われてないし、そもそも問題はそこじゃねぇんだよなぁ。帰ったら夕陽に報告だな、あいつから言わないと響かねぇんだよ、結局。しるしさんが淹れてくれたお茶を飲もうと湯飲みを持つ……
「熱っちぃ!」
「……それは悪戯じゃありませんよ?」
それを見た玄雄が勢いよくお茶を噴き出した。クッソムカつく! 最近ムカついてばっかりな気がする。
それにしても、お茶がべらぼうに熱かったのは違うが、なぜこんなに罠を仕掛けているんだ……? まさか空き巣にでも入られたのだろうか。実際あの天井が現れてから多いのだ、火事場泥棒的に犯罪をやる連中が。
「なあ、しるしさん。この家のあちこちに罠が仕掛けられてるのってもしかして……」
「僕の趣味です。いいでしょう?」
違ったようだ。これが趣味……? まだ大丈夫、理解をあきらめるな。
「……と、言うとカラクリ屋敷、的なアレですか?」
質問を重ねると小さく咳払いしながら立ち上がり、やれやれと言った表情で首を横に振った。
「違いますよ、隼人くん。僕ねぇ……好きなんです、無防備な人間が不意打ちを受けて慌てふためいている顔を見るのが」
はにかみながら言った。……クソ悪趣味じゃねえか!
「しかし最近は……皆警戒してしまって、ちっとも驚いてくれないんです。だから隼人クンのあのリアクション……ブフッ! 実に愉快でした」
「……っざけんなよ、テメェ!」
「隼人、ステイステイ!」
小馬鹿にしたような態度に堪忍袋の緒が切れて思わず掴みかかりそうになってしまうが、玄雄に無理やり抑えつけられる。……俺としたことが、冷静さを欠いていたようだ。しるしさんは、おお怖い、と気楽そうに身をすくめるマネをする。
「……でも今日は久しぶりに楽しませてもらいました。しばしお待ちを。お礼と言っては何ですが、僕の特技を少し披露して差し上げましょう」
特技? それだけ言い残して、そそくさとどこかへ消えていく。…………戻ってくると、黒いタキシードに身を包み、これまた黒いシルクハットをかぶってステッキを振りかざしていた。あの恰好はひょっとして……
「さて、じゃあ見てもらいましょうか。“小さな奇跡”のショーを」
マジックでも見せてくれるのだろうか。シルクハットを脱ぎながら一礼すると、手に持ったステッキでハットを叩く。すると何ということだろう。ハットの中から勢いよく飛び出してきた鳩、のマークがあしらわれたボクシンググローブが俺のこめかみにダイレクトアタック。
「ごぶらは!? ……おいコラマジでいい加減にしろやぁ!」
「あっはははは! やっぱりいいですね」
「マジック見せてくれるもんだと俺は……」
「普通にやってもつまらないじゃないですか」
「あんたなぁ……」
だからって痛みを伴うものはやめていただきたい。楽しそうに肩をゆすっていやがる。……つられてこっちも楽しくなってくる。
「……ったく、勘弁してくれよ」
これじゃ怒るに怒れないじゃねぇか、食えない人だぜ。文字通り一歩引いたところから微笑ましそうに見ていた玄雄も口を開いた。
「また、皆の前でマジックできるようになるといいですね」
「……知ってたんですか」
近所の公園の鳩が集まる広場で時々子どもたちに向けて手品を披露していたらしい。だが白い天井が現れてからは公園で遊ぶ子どももめっきりいなくなってしまったのだという。
それで隙間を埋めるようにサプライズを求めた結果、このようなバイオレンスカラクリ屋敷が完成してしまったのだとか。……ごめん、正直理解できない!
「エンターテイメントは平和な世界にしか存在しえないと、改めて実感しましたよ。……あんな天井早くなくなってしまえばいい」
「あんなもん俺達がぶち壊してやりますよ。な、隼人?」
「……当然だ。あんたは心配せずにせっせと腕磨いてな」
「玄雄くん……隼人くん……」
しるしさんはそこで初めて余裕そうな表情を崩した。後ろを向いて顔を少しこすると、再び振り返って笑顔を見せた。
「ええ。次来るときには、もっと過酷な仕掛けを用意しておきます!」
「そっちじゃねぇよ!!」
しるし1章登場回:15話




