15羽 ほんとうの自分
「……あれ、ここは……」
「諏訪朗、目が覚めたか」
「ん? 何で大造がいんの?……うわっ!? 玄雄と隼人も」
どうやら体を奪われていた時の記憶は諏訪朗には残っていないらしい。操っていた奴の情報が聞きだせるかと思ったが無理だったようだ。まあ、人体実験のことは知らない方が幸せだからそっちのが好都合か。
「あー、そっかぁ、俺ぶっ倒れてそれで……どうせなら美人に介抱してほしかったなぁ」
「……お前は相変わらずだな」
「まあな。……何か、ダセえとこ見せちまったな。約束……」
「……今日のことはノーカンだ」
「お前がそんなこと言うなんて、珍しいな。そーいうことなら、さっさと帰るわ」
「隼人、俺らも帰ろうぜ。……あっ、大造、諏訪朗、これ」
「鏡?」
「俺こーいうの趣味じゃないんだけどなぁ……」
「お守りだよ、持っててくれ。な?」
有無を言わさぬという雰囲気で鏡羽根を手渡すと、二人は戸惑いつつも黙って受け取った。
あれから玄雄はずっと何やら考え込んでいた。わけの分からないことだらけだったし仕方ない。でも多分、俺の方が分かってないことは多いと思う。
「ちょっと急いだ方がいいかもな……今日はもう一件行っとくか」
そうは言われても、俺は玄雄が配って回ってるあの鏡が何なのかもよく分かってないし、玄雄が鳥獣化した姿すら見たことがない。
「なあ、あの鏡お守りって言ってたけど結局何なんだ?」
「あー、あれな…………あ、着いた」
……何だよ、間が悪いな。まあいいや、この続きはまた今度じっくり聞くことにしよう。
ここは白峰矢羽の家らしい。玄雄がインターホンを鳴らすが反応がない。留守かな? しかし鍵が開きっぱなしなのを確認すると、玄雄はためらいなくお邪魔した。何してんのマジで。
「おーい矢羽、いるかー?」
「その名を呼ばないでくれ!!」
玄雄が呼び掛けると、奥の部屋から懇願するような叫び声が聞こえる。呼ぶな、ってどういうことだ?
「……矢羽、そこにいるんだな?」
「俺ならここだが?」
玄雄は奥の部屋に向かって呼び掛けるが、矢羽は手前の部屋から現れた。あれ?でも声は確かに……
「君たちは……?」
「玄雄だよ。こっちは相棒の隼人」
「ああ! 懐かしいな……。よく来たな! ……ん? でもどうしてここが……?」
「細かいことはいいじゃん! それより、ほかに誰かいるのか?」
矢羽の疑問をムリヤリ遮って玄雄は自分の疑問をぶつけた。何て自分勝手な奴なんだ。それにどう考えても細かいことではないが。しかし矢羽は口ごもりながらも素直に答えてくれた。何て良い奴なんだ。
「…………二人いる?」
言っている意味が全く分からない。矢羽が二人いるらしい。……何で? 玄雄は深刻そうな顔をしている。お前は分かってるんだな。
「矢羽、もう一人の方と話してもいいか?」
「構わないが……名前は呼ばないでやってくれ。彼はそれを恐れている」
「分かった。行こう、隼人」
さっき叫び声が聞こえた部屋の前で立ち止まる。矢羽がついてきていないのを確かめると玄雄が口を開いた。
「……やっぱり漏れてるんだよ」
「漏れてるって何がだよ?」
「ハバタキだよ。ほら、この間夕陽が料理焦がしちゃったことあっただろ?夕陽の能力は焔だった。あいつはそんな初歩的なミスしない、ハバタキが暴発したんだ」
「じゃあ、なにか? 分身が矢羽のハバタキで、それが暴発した……」
「そういうことになるな。つまりどっちかが偽物だ。……今から確かめるぞ」
部屋のドアを勢いよく開くと、中にいた少年、やはり矢羽がビクッと肩をすくめた。
「……君たちは……?」
「玄雄。こっちは隼人」
「……ああ、懐かしい、な……。よく、来てくれたね……でもどうしてここが……?」
「そんなことはどうでもいい。お前は本物か?」
この野郎、こんな直球で! もっと言い方ってモンが……
「分からないんだ……自分が本物か分身か……もちろん自分が本物だって思いたいよ。名前を呼ばれると彼が先に答えるんだ。……きっと彼も自分の方を本物だって思ってるんだ。怖いんだよ……どうすればいいんだよ……」
矢羽は泣きそうになりながら玄雄に縋りついた。こいつはずっと不安を抱えてたんだ……
「矢羽、俺ならどっちが本物か、見極められる。お前にその覚悟があるか?」
矢羽の襟元を引き寄せて射貫くような瞳で見つめる。矢羽はしばらく目を泳がせた後、うつむきながら答えた。
「いいよ……だってもし……」
「逃げるな。どっちもお前だ。自分と向き合え」
「……偽物は、消えるのか? 誰にも……誰からも忘れられて……そんなの……」
「知るか。」
短く言い切ると、矢羽の服を引き裂いた。玄雄が胸に手をかざすと、大きな羽根が浮かび上がってくる。あれは中翼……
「玄雄! 何してんだ!」
「腹決めろよ矢羽」
「ま……待ってくれ……」
矢羽の静止も聞かずにそのまま中翼を引きちぎった。中翼がなくなればバードロイドとしての力は失われる。それでもこっちの矢羽が消えてないってことは……
「……お前が本物だよ」
矢羽は安心しきってその場に倒れ込んだ。玄雄は黙って鏡を置いてその場を立ち去った。
「おい、玄雄!」
「……これで良かった。こいつは優しいからな、無理矢理にでもやってやらなきゃいけなかったんだ」
玄雄の表情は哀愁に満ちていた。……そうだ、矢羽の分身は、本物の矢羽をかばうようなことを言っていた。だとしたらあいつは、矢羽を守るために? まさか矢羽も? ……ビビってたくせに消えるのは可哀想なんて……優しい奴だな。
“もう一人”の矢羽は、自分の存在が薄れ始めるのを感じた。きっと、本物の矢羽を、彼らが看破してくれたのだろう。彼は自分自身でも消え方を忘れていた。そのはずだ。本物の矢羽が、それを望んでいなかったから。しかし彼は矢羽の影だ、矢羽を守るために存在している。自分の存在が矢羽を傷つけるならば消えることが正しい。
『矢羽、聞こえるか?』
玄雄が分身の意識に直接語り掛ける。玄雄はいつの間にこんなことを……
「ああ、俺に悔いはない。“白峰矢羽”を、守ってくれよ」
『もちろんだよ。でも、お前のことも絶対忘れない』
「……君は優しいな」
そこはかとない満足感の中で、矢羽の分身は消滅していった。本物の矢羽ではなく、自分を偽物の矢羽として認めてくれた友人のことを思いながら。
矢羽の1章登場回:9話 鳥の王




