13羽 鏡の中の操り人形
『あの男は……そうか、もう随分近くまで来ているのだな』
運命の執行者「白牢の使者」は鏡界から玄雄を見つめていた。彼の危惧はただ一つ、運命が捻じ曲げられること、つまり玄雄の存在だ。
『天道昇瀬は順調に復活へ向かっている……なのに何故だ? やはり八田玄雄は危険だ』
鏡の中に手を差し入れるが拒絶するように弾かれてしまう。
『まだダメか。……こいつを使ってみるか』
鏡界の鏡を叩き割ると、破片を一つ拾い上げて「白い天井」の世界に投げ入れる。
『鏡界因子の導きにより、俺の代理人として働いてもらう』
とても恐ろしい夢を見た。どんな夢だったかはもう思い出せない、ただまぶたの裏がひりつくような感覚だけが残っていた。目を開けると目の前には夕陽の顔。何と幸せな目覚めであろうか。
「玄雄、うなされてたけど大丈夫?」
「うん、お前の顔見たら吹っ飛んだ」
「……はいはい」
「玄雄! 本当にここで合ってんだろうな?」
「大丈夫、信じろって!」
こんな森……っていうか樹海に人が住んでんのかよ。人の言葉喋る狼でも出てきそうな雰囲気だぜ。しかし玄雄は迷いのない足取りで進んでいく。
「……っと。隼人、音たてんなよ」
「あ? 何で……」
急に立ち止まってそんなことを言うんだからやっぱり何かいるんじゃないか? ……何だと……? うっかり木の枝を踏んでしまうと、次の瞬間破裂音とともに足元から煙が漂ってくる。……火薬の臭い
「だから言ったのに……大造! 俺だ、玄雄だ! 鳳雛の家の仲間だよー!」
玄雄が大声で呼びかけると、木の上から猟銃を抱えた少年が飛び降りてきた。
「何だ、お前らか。賊かと思ったよ」
賊って……こいつ普段どんな生活してるんだよ。
「久しぶりだな。熊食ってくか?」
「え! 食いたい!」
「く、熊? 自分で狩ったのか?」
「まあ、養子に入った先が猟師一家だったからな」
じゃあ必要に迫られてこういう生活してるわけじゃなくて割と昔からってことか……すげえなこいつ。
「今は一人で?」
「ああ、一人前の猟師になるために修行中だ」
「えっ、じゃあ家族は……」
「健在だ」
そっか、ここのところ身につまされる話ばっかりだったからなんか安心したな。……まあ環境は特殊すぎるが。猟師って大変なんだな……。
「ほれ、遠慮せずに食ってくれ」
大造が暮らしているという丸太小屋で熊鍋をふるまわれる。熊肉って初めてだ。……ちょっとクセは強いけど結構いけるな。
「玄雄、無理して食わなくてもいいぞ」
玄雄は一口食ったあと明らかに箸の動きが鈍っていた。元気よく「食いたい!」と答えてしまった手前、言い出せなかったのだろう。まあこの味だし好みは分かれそうだよな。
「ごめんな、大造」
「気にするな。……それよりさっきから耳なれない風が吹くな」
「おぉ……!」
大造の言葉に玄雄が瞳を輝かせた。まったくこいつはそんなことで……いや、まあ、うん、確かにプロフェッショナル感あってカッコいいけどさ。
外の様子を確認してみるが、特に変わった様子はなさそうだけど……
「やはりおかしいな。森の匂いがいつもと違う」
「……ああ、何かが俺達を観察してるみたいだ」
……玄雄と大造は何かに気づいているようだ。クソ! ちょっと悔しい!
「大造、この森にツバメっているのか?」
「やはりお前もそう思うか」
ツバメ? 玄雄と大造の見つめる先にはツバメが1羽飛んでいた。確かにこの薄気味悪い樹海には似つかわしくない感じがするな。
「……大造、悪いけどここから俺と隼人の狩りだ。隠れててもらえるか?」
「なるほど。ならここは任せよう」
玄雄と俺の? あのツバメが、白牢の使者の仲間だっていうのか?大造は玄雄に言われた通りそそくさと小屋に帰っていく。……その辺の見極めも多分プロなんだろうな。
「……さて隼人。あのツバメ、お前が狩ってみろ」
「また俺かよ……まあやるけどさ」
木々の間を器用にすり抜けながら近付いてくる。くちばしには日本刀のようなものをくわえている。
「かかってきやがれ!」
…………俺の真横を通り過ぎて玄雄の方へ向かっていく。あいつの狙いは玄雄か!それなりに素早いんじゃねえの? でも俺には及ばない!
「お前の相手は俺だ!」
『……またお前か。邪魔をするな』
ツバメの後ろにぴったりと追いすがる。隙見せた瞬間にキツイ一撃ぶちかましてやるぜ!
『お前の相手をするつもりはない』
「だったら振り切ってみろよ、ノロマ! ……ぁがっ!?」
ツバメが振り向きざまに刀を一振りすると、見えない壁にぶつかったような衝撃が頭に響く。
「……何だよ、これ!?」
『そこで大人しくしていろ』
その場から一歩も動けなくなってしまう。空間から自分だけ切り離されちまったみたいだ。
「隼人!」
『余所見をしている場合か?』
ツバメが玄雄の真上から刀を振り下ろす。玄雄は慌ててくちばしを掴んで止めた。
「……お前、諏訪朗じゃないな」
諏訪朗? ……そうか、あのツバメは……。あ、でも諏訪朗じゃないって……要するにどういうことだ?
玄雄は諏訪朗のくちばしから刀をもぎ取り、そのまま地面に叩きつけ思いっ切り踏みつぶした。
「……やっぱりな、鏡越しに声が聞こえる。……悪いな隼人、どうやらこいつは俺の獲物だったみたいだ」
何が起こってんだよ……。ツバメの背中から生えてきた刀が玄雄の足を貫いた。玄雄の足が少し浮いた隙に真後ろにスライドして脱出する。
『……その通りだ。俺は子安諏訪朗の体を借りているだけに過ぎん』
「鏡界因子か……。やっぱり何か訳アリみたいだな」
『手段は選んでいられん。“運命”は俺が正す』




