12羽 現実なら喜劇がいい
「……どうぞ」
「おう、ありがとう! うーん、いい匂い!」
紅茶のいい香りが漂ってくる。俺はあんまり詳しくないけど、多分上等なやつだろう。玄雄と俺は、鳳雛の家の同輩・白鳥泉のところに来ていた。
「玄雄の話は大体わかりましたわ。この鏡をお守りに持っておけばよいのですね?」
「うん、そういうこと。話が早くて助かる」
本当だよ。随分物分かりがいいな。もう少し怪しんだりしてもいいと思うんだけど。玄雄は紅茶を少し口に含むと渋い顔をしながらカップを置いた。
「ところでさ、もしノワールの居場所知ってたらあいつにも渡しといてくれないか?」
ノワールというのは久々井ノワールのことだ。泉の家を訪ねる前に立ち寄ったのだが、空き家になっていたのだ。泉は特別仲が良かったからな。しかしノワールの名前が出た瞬間、泉は顔を曇らせた。
「ノワールは……その……私の部屋に来てくださいまし」
泉がためらいがちに言うので少し嫌な予感がした。まさかノワールは、もう……
「部屋って……ダメだよ泉。俺には心に決めた女性が……」
「玄雄、ふざけてると湖に沈めますわよ?」
ぜひそうしてほしいものだ。
泉の部屋では、ショートカットの少女が隅っこで丸くなりながら待ち構えていた。最悪の事態は避けられた……いや、もしかしたらこっちのほうが最悪かも知れない。
「……やあ、玄雄、隼人。悪いね、見苦しいところ見せちゃって」
ぎこちなく微笑むノワールは、全身のほとんどを白い蝋のようなもので塗り固められ、身動きをとれなくなっていた。
「ノワールは……私のせいでこのような姿に……」
「違う。泉のせいじゃない」
涙ぐむ泉をノワールがなだめる。聞くところによると、二人でいた所を白蝋守天に襲われ、命からがら逃げ伸びたもののノワールは少しだけ「蝋液」を浴びてしまったらしい。……泉をかばって。
蝋液って言うのは白蝋守天が分泌する液体で「白い雨」と同様の影響を持つ。でもおかしいな。蝋液を出すのは瀕死の相手だけだって聞いたけど。あの無機質な連中でも焦ることがあるのだろうか?
「この通り自分じゃ全く動けなくなってしまってね。これならいっそあの時……」
「滅多なこと言わないでください!」
泉の言う通りなんだけど……でもノワールがこう言うのも分かる気がする。意思はあるのに身動き取れないってどんな気持ちだろう……
「でもその割には肌もきれいだし、髪にもつやがあっていい匂いだ」
玄雄がノワールを嘗め回すように観察しながら評する。何やってんだこいつ、マジで沈めてやろうか。
「おい、玄雄お前何言ってんだよ?」
「そうだぞ、ちょっとキモイ……」
「最低ですわ……」
集中攻撃を受けた玄雄は慌ててノワールから距離をとる。
「いや、違うって……感心しちゃってさ……」
「感心? まあ、ちょっと聞いてやるか」
「ほら、指一本動かせないのにここまで手入れしてるってことはさ、誰かがやってあげてるんだろ? ……多分、泉だよな?」
玄雄の指摘を受けて泉とノワールは顔を見合わせた。……だとしてもさっきの行動はちょっとキモイと思うが。
「あ……え、ええ。そうですわ……」
「……泉、ちょっと外してもらっていい?」
ノワールが遠慮がちに頼むと泉はそそくさと部屋を出ていった。
「……泉はさ、責任感じてるんだよね。私がこうなったのは自分のせいだと思って」
「それは見てたら大体わかるけど……がはっ!?」
玄雄の後頭部にチョップを食らわせる。黙って聞いてろ。
「本当はさ、私が自分から居なくなるべきなんだよね。……でもこの体じゃあ……泉はいくら言っても聞いてくれないし……。泉はトラジディが好きだけどさ、でも、私はやっぱり、大切な人には幸せになってほしいな。……私なんかに縛られないで、幸せに……」
「縛られて何が悪いんだよ?」
玄雄が震えた声でピシャリと遮った。さっきみたいに止めようとしたが真剣に言ってるっぽかったので思いとどまった。
「幸せになってほしいから見捨てろって? そんなことできるわけないだろ。それで勝手に死なれたりしたら……残された側は一生呪われたままなんだ。 どんなに大変でも大切な人を救えるのが一番幸せに決まってる」
「だけど、泉がそこまで私のこと……」
「負い目とか責任感だけでそんな大変なことできるわけないだろ。勝手に相手の気持ち決めつけるなよ」
「……変なの。何でお前が泣いてんのさ」
「……思い出しちゃってさ」
「何を?」
「泉が淹れた紅茶クソマズかった……」
台無しだよ、おい。
「邪魔したな、もう帰る」
「隼人~引き摺るなよぉ~」
扉の横の壁にもたれかかっていた泉が顔を上げた、不安そうに瞳を潤ませていた。
「あの……ノワールは何と?」
「……後で本人から聞いてみたらいいんじゃねえか? やっぱりお前ら仲良しだよ」
「そう、ですか……良かったですわ……」
それを聞くと安心して顔をほころばせた。こっちはこっちで不安感じてたってことか。
「ノワールったら、本当は悲劇なんか好きじゃないくせにいつも私に付き合ってくれていましたの」
「そうだったのか……」
「……でも私も、現実だったら喜劇がいいです。悲劇はお話の中だけでたくさん……」
……そうだよな。だからこいつもノワールのこと……やっぱりこいつら仲良しだな。なあ、玄雄、お前もそう思うだ……
「そうだ、泉。一つ頼まれてくれないか?」
「え、ええ。何でしょう? 私にできることなら……」
……玄雄の奴、何を頼むつもりだろうか。
玄雄と隼人が帰ってきた。こうして二人を迎えるのにもすっかり慣れてしまったという気がする。……でも今日はちょっと違う。女の子を一人連れて帰ってきた。
「おかえり。その子は? ……あ、ひょっとして泉?」
「そう! じゃあ泉、早速お願い」
「ええ。夕陽、その辺に座って下さい」
わけの分からないまま座らされると、肩から大きな布をかぶせられる。泉は私の髪を取り出したクシですかしている。
「どのぐらいの長さにしましょうか?」
その質問でやっと状況を飲み込めた。泉は私の髪を切りに来てくれたんだ。……多分玄雄に頼まれて。……久しぶりだな、髪切るの。
「隼人、出るぞ」
「え? いや、別にいいだろ」
「バカ野郎、女子の散髪って着替えと同じだからな?」
「初めて聞いたわ、何だそれ」
玄雄と隼人がギャーギャー言い争いながら小屋を出ていく。騒がしいなぁ……本当に……ありがとう。




